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アコースティック
紙コップ工場で働く彼女を 外れにある操車場で僕は待つ 積み上げられた枕木に腰掛け 束ねた綿毛を飛ばしながら この町を出て行った奴等は 今頃どうしているだろう 錆の浮いたレールの下で 黄色い花になったのかな 覚えたてのコードフォーム まだ小指がぎこちないけれど 彼女の手をそっと握ったあの日 正午のサイレンが遠くから 旅の終わりの儀式のように 彼女は手を広げレールの上を ゆっくりと僕の方へ 俯いたままやってくる 白とオレンジのストライプ 紙コップでできた糸電話 昔あそこはボーリング場だった 僕もトロフィーが欲しかった 声にならない彼女の震えが 糸を伝わって僕の耳に届くよ ハローハローこの町を出て行くのかい ハローハロー出て行くのかいこの町を サイレンが遠くから再び 彼女は顔を上げ 乗り遅れまいとするように 赤茶けた砕石に足を取られながら 黄色い道を駆けて行く 屋根には塗装の剥げ落ちた ピンが今も立っているだろう そっと耳に当て何処までも 転がり消えて行く足音を聴け 見えなくなった彼女に向けて 覚えたてのコードフォーム まだ小指がぎこちないけれど 僕は 一度だけストロークする
アコースティック ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1019.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-03-04
コメント日時 2018-04-01
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
はじめまして。 始め、美しい彼女(個人的に白いワンピースで麦わら帽的な(笑))が作者の元に近づいて交わしたことを思い出す、、みたいな想像だったのですけれど、実は停車(停泊)している車両の面影であったのだな、っていうのがわかると、急に美しい世界にみるみる変わってゆきました。 アコースティックは、おそらく、列車の警笛ではなかったでしょうか・・・。 音や音楽がお好きでいらっしゃれば、時にはハーモニックなフォーンが奏でられたり。 それを音楽的センスで捉えられてて、残り香を醸し出すには十分な世界でした。 とても感動させられました。美しい響きが確かに聞こえました。。
0イチゴミルク さま、はじめまして。 コメントを頂きありがとうございました。 素敵な解釈をして頂き、光栄です。 時として、作り手の自分が一番、対象を理解していると思ってしまうことがあります。 今回、新しい読みの可能性を示して頂き、拙作ながら作者自身、楽しんで再読しております。
0こんばんはよろしくおねがいします 題名がそうであるからか、私が単に「アコースティック=ギター?」という単純な発想しまできないからか 詩が「曲をつけるべき詩」に読めました ギターで弾き語りながらこの詩を歌ってくれたらなあって きっと「ハローハロー」の部分がサビになるのではとも。
0李沙英さま、コメントを頂きありがとうございました。 僕は下手の横好きでギターを弾くのですが、 歌詞として拙作を見ていなかったので、新たな発見です。 しかし、歌のほうは致命的に下手なので弾き語りは難しそうです(微笑) 仲程さま、コメントを頂きありがとうございました。 以前、北海道の廃線跡を見る機会があり、その記憶をたよりに書いてみたものです。 なつかしい感じは、ひょっとするとその影響かもしれません。 若者が直面する人生の分岐点みたいなものを感じていただけたら幸甚です。
0頭の中で鳴ったコードはFでした。Fin. それはともかく、ギブソンが経営危機に瀕していると伝えられる現在、しかも音楽には多種多様な表現言語とそれに応じた多数の入り口があるにもかかわらず、それでもまずアコースティックギターをつかんでコードを覚え始める若者像は非常に懐古的だと私は感じます。一方で詩の中には、そんなかつての若者が経験したはずのボーリング場が賑わう様子ではなく、まさにいまのボーリング場の廃墟が描かれています。「僕」は時の流れから取り残された古い青春の影ではないでしょうか。
0再びで、同じく横レス申し訳ありません。。 原口様すごい読解力で、本当にそのままだなぁって感じました。脱帽してしまいました。(なんか自分の最初のコメントが恥ずかしくなってきました^^;)
0原口昇平さま、コメントを頂きありがとうございました。 アコースティックギターは世代を超えて受け継がれていく楽器のような気がします。 先輩が弾いていた、兄貴が弾いてた、父親すら「どれ貸してみろ」と弾きだしたり。 (僕の弾くきっかけは、兄がビートルズ「イエスタデイ」の冒頭コード「F」に挫折したからです……) >「僕」は時の流れから取り残された古い青春の影ではないでしょうか。 親の仕事の都合で転校が多かったため、「故郷」とか「地元」といったものがないのですが、逆に「ノスタルジー」という形で、それに対する欲求が出てきたのかもしれません。 「そこに住み続けていたかもしれない自分」が、幾人も存在していると言う感じです。 (ストリート・ビューでかって住んでいた場所をみると、その変貌具合に驚かされます。家は建て替えられているか、更地。ある小学校は、なんと駐車場になっていました) 自分語りばかりで、すいません。 最後に「青春の影」チューリップは大好きな曲です(微笑) 仲程さま、イチゴミルクさま、再びのコメントありがとうございました。 読み方は一様でないので面白い。 作り手が一番の理解者ではない。 他の方の解釈を読んで、自説が変わっていくのも当然。 と僕は思っています。 ですので、恥ずかしがらないでくださいね。
0アコースティックという言葉の意味を知らなくて、それはあまりにも、ギターとくっついているからだとおもうのですが、だからこそアコースティックとは音響という意味であると知ったときに糸電話という語がとても強烈なものとして僕の中に現れたように思います。だからこそ紙コップ工場っていうのが途端に輝き出すというのか、紙コップ工場という言葉にアコースティックを感じただけでなく、それが詩の導入としておかれたことに感動しました。とてもささいなものかもしれないけれど
0百均さま、コメントを頂きありがとうございました。 返信が遅くなりました、すいません。 彼や彼女が自分の気持ちを表出する際に、ストレートにではなく糸電話であったりギターであったりとワンクッションというかバリアがあるわけです。青春時代における他者とのかかわり方って、そんな感じだったなと思い出しながら書いてみました。
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