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フィラデルフィアの夜に 55
フィラデルフィアの夜に、針金が昇っていきます。 煙突は下から覗き込むと、外から見た長さよりもずっと高く高く見える事があります。 良く忍び込んでいた廃屋の煙突もまた、そんな煙突でした。 煤だけが微かに残る暖炉に入り、煙突から空を望むとそれはそれは雲の上にまで続くかのよう。 本当はそこまでの高さはない事は分かっていても、そんな煙突が不思議でたまりませんでした。 誰にも言わず、見られもせず、廃屋に入り込んでは、冒険と言いつつ煙突へ遊びに言っていました。 あの日もまた、廃屋へ。 ただ、何かが暖炉へ、煙突へ、向かっている。 何か塊の様な、何かが。 灰色の何かが、廃屋に集まっていました。 蟻の様に、軍勢の様に、巡礼の様に。 一糸乱れず、小さな多くの何かの物体が、暖炉へそして煙突へ向かっている。 人の如く二本の足で歩きながら、球形で転がりながら、蟲の如く無数の足を駆使しながら、 蛇状でくねりながら。 精巧な針金細工たちが、進んでいく。 それぞれ形は違えど、暖炉へ、煙突へ吸い込まれていく。 よく見れば、煙突からは針金が垂れさがっていた。 それに皆が縋り付き、昇っていました。 ゆっくり、ゆっくり、針金細工たちを踏まないように進んでいく。 この先に何があるのか、好奇心を抑えきれず。暖炉の中に、煙突へ続くそれを。 針金を掴んだ。 昇っていく。 引き上げられるみたいに。 針金細工たちが手伝っていた。 体をさらにくねらせ、何かの文字を形作る。 「هل تريد الذهاب معي」 わからない。 「함께 가고 싶은 거야?」 わからない。 「ไปด้วยกันไหม?」 わからない。 「តើអ្នកចង់ទៅជាមួយខ្ញុំទេ?」 わからない。 「Anh muốn đi cùng không?」「Je, unataka kwenda nami?」 「一緒に行きたいのか?」「想一起去吗?」 「Apakah Anda ingin pergi dengan saya?」「Gusto mo bang sumama sa akin?」 「Adakah anda mahu pergi dengan saya?」「Чи надтай хамт явахыг хүсч байна уу?」 「Ĉu vi volas iri kun mi?」「Хочешь пойти со мной?」 「ເຈົ້າຢາກໄປກັບຂ້ອຍບໍ」「¿Quieres ir conmigo」 何もわからない。 でも言う。 「I want to go together!」 針金たちが、その体を作り変えて、強く引き上げ、より押し上げていく! 高い煙突の、さらに高い天上へ! 丸い煙突の先が、近づく。 天へ手が届く。数多くの針金たちの力を借りて。細い空から降りてきている針金を頼って! 煙突の淵に手が届く。 そして煙突の先を見ました。 それは七色で。それは眩むばかりの光の渦で。暖かくて。 思わず、煙突の中へ落ちて行ってしまったのです。 気が付けば、自分一人でした。 あの針金細工たちはいません。煙突には針金が降りていません。 あの冒険は嘘だったかのよう。 全身にこびりついた煤を払えるだけ払い、帰ろうとした時でした。 何かが落ちてきます。 煙突の先の空から、地上の暖炉へ。 そこには針金が落ちていました。 「Come again」 そう、形を捻じり綴られた針金でした。 今もたまに廃屋へ冒険に来ます。 あの時みたいな針金たちに出会う事はないけれど、あの暖炉を覗き込みます。 いつかまた、あの天上へ行ける体と心を保ちながら。 あの文字の形に捻じり綴られた針金を手にしながら。
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フィラデルフィアの夜に 55 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 102.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2024-12-03
コメント日時 2024-12-03
項目 | 全期間(2024/12/05現在) |
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叙情性 | 0 |
前衛性 | 0 |
可読性 | 0 |
エンタメ | 0 |
技巧 | 0 |
音韻 | 0 |
構成 | 0 |
総合ポイント | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
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