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三河の風
家からほんの歩いた先の その野原の中で 夜も深い中で たった三人、原っぱに一人たつ楡の木の下 ささやかな宴を開いたのを いまだに覚えている 宮本君はどこかの山奥のお酒 杉浦君は半島の先の魚を 僕はといえば場所の準備をしたくらい いや、僕のやったことはもう一つあった 杉浦君の農園の他の野菜でサラダを作ったんだ 縦に真っ二つに切られた 日本画の朧月のようなゆで卵に ジャガイモの中に混じった 薄桃色のソーセージを添えた そんなサラダを ランタンは必要なかった 空の上で ゆで卵によく似た朧月が 僕らを照らしてくれたから 信州の清流と同じくらい よく透き通った酒を 何杯も重ねていくのは 勸君更盡一杯酒の精神 杉浦君は半島の先を揺るがすような サスペンスという肴を話してくれた 僕には想像もつかない漁村の人々の心象が 蜘蛛の糸のように絡み合う物語だ 宮本君はといえば 忘れられたようで生きている 僕らの古い影のお話を持って帰って来た このお酒が生まれた場所のささやかな物語だ 僕はといえば 何のお話も持ちわせてなかったから 少し申し訳なかったけど そんな時 ふわっと僕の髪を誰かが撫でた 麦の穂がさらさらと揺れる音と共に 秋の風 森の奥で生まれたそれは 僕らと楡の木を そっと通りすぎていった 「この風を知っている」 最初にそう言ったのは 宮本君だった 「故郷の屋代でも全国各地で話を聞いてたときも。 時折、こんな風が吹いていくのを感じた」 次に杉浦君がこう言った 「うん、そうだ。うちの畑をそっとゆらしていくのはこの風だ」 そうして僕は静かに語った この風が生まれたところを何度も見てきたこと 森の奥から生まれたそれは 麦の穂を撫でていったあと、楡の木を通り過ぎ 世のことごとくを包んでいくことを それからずっと優しい風が 森の奥から吹いて 宴に興じる僕らを撫でていった 年という霜はこの星の上で幾層にも積み重なる 杉浦君の暴き立てたサスペンスのせいで この街が半島と同じ名を名乗れなくなったり あるいは 宮本君の書き記した古い影たちが 本当にまだ生き残っていることを ぽつりぽつりと思い出す夜があったり 楡の木は気付かぬ間に枯れ 一枚も葉をつけなくなって あの二人に置いていかれた僕は 人生だけがさようならを意味することを あらためて思い知ったりした それでもあの日と同じ風が この星が瞬く今日の夜にも 森の奥で生まれては 僕の髪をふわっと撫でていく
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三河の風 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 205.8
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2024-11-26
コメント日時 2024-11-26
項目 | 全期間(2024/12/04現在) |
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叙情性 | 0 |
前衛性 | 0 |
可読性 | 0 |
エンタメ | 0 |
技巧 | 0 |
音韻 | 0 |
構成 | 0 |
総合ポイント | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
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- 作品に書かれた推薦文