桃色の頬の少女と、父の書斎 - B-REVIEW
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ことば

ことばという幻想

純粋な疑問が織りなす美しさ。答えを探す途中に見た景色。

花骸

大人用おむつの中で

すごい

これ好きです 世界はどう終わっていくのだろうという現代の不安感を感じます。



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桃色の頬の少女と、父の書斎    

 入部した部で一緒になったというだけなのだけど、それは夢が空から降ってきたに等しかった。そして半信半疑で目を見開く度、彼女は夢のその美しさに打たれることになった。    「おい、〇〇、聞いてるか?」「あっ、ごめんなさいっ…」瞬間、走馬灯のように彼の幻覚を見る。彼女を見つめるあの瞳のーアーモンド型の切れ長の、茶色がかった瞳のー視線は万華鏡のように、あまたの角度から彼女の瞳を次々と浸していった。我に帰って、ノートに静かに目を落とす。教室後ろの左端。特等席で触れる、吹き込んで来るそよ風からはどうしてだか、季節外れの桃の香りがするのだった。    「そんなことがあったんだ」いつものように、長い脚を彼女の歩調に合わせながら彼は言った。なんだか目眩がするようだった。ただでさえ、彼の動きは時間が引き延ばされたかのような感覚をもたらす上に、たとえば夏へと季節が巻き戻るーそんなことだってあり得るのかもしれない…そう思いながら、彼女は得も言えぬフワフワした心地になっていた。    唐突に、ハトが大好きなんだと彼は言う。そうしてそれとなく空を、鰯雲が綺麗な青空を見る。そこには何か、重大な秘密をたったいま打ち明けたのだとでもいうようなトーンがあって、思わず彼女は笑ってしまう。「わたしも好きよ、クルルルル♪」ーと、いきなりのキス。ただし、ホッペへの。「びっくりした〜」と晴れやかに笑ってみせる。「あんまり可愛いものだから」ー「君は桃色の頬をしている」    夜。夢はすべてを曖昧にしていくようだった。たしかに私は鰯雲を見た。そこには"いまは秋です"と書かれていた。だけれど風は、この星のすべてに吹き渡る。だとしたら、季節を横断するそよ風があったっていいじゃないか。風の神さま女神さま。彼女のちょっとした悪戯が、過ぎ去りし季節からの桃の香りを運んでくれたのだ…  世界は変わり得るという不可思議が、桃色の頬の少女を包んでいた。夜の夢のなかで彼女は、背に生えた彼とお揃いの青い翼で、入道雲のさなかをともに天翔たのだった。 ☆★  「風邪の時はねぇ、みかんをたあっぷり食べることよお」と、おばあちゃん。この町にはめずらしく、外には雪が降り積もっていた。おばあちゃんが出て行ってしばらくすると、相変わらずのおじいちゃんの声が響いてきた。「やかましいのぅ」「わいはな、わいはな」と一呼吸置く。それは勿体ぶるためだったー「未来のノーベル賞作家ど!」  ガガガガガ…と、タイヤの音。スタッドレスタイヤと雪の擦れるザラついた響きはカッコいいと、ふと思う。大ホラ吹きの反面教師のお陰で、日常というものの持つささやかなニュアンスへと開かれたか。それがたしかに日々というものに、ひいては彼女自身に所属していることがうれしかった。  「〇〇、〇〇の好きなバターサンドを買ってきたよ」「ありがとう。私ね、バターサンドの仄かに香るお酒の匂いが大好きなの」と言い終わるや、自分が赤面していやしないかと不安になる。"香る"、"仄かに"、"大好き"…急に足元がソワソワしてきた。あたかも父へとしなだれかかるようなトーンだったな…でも、ありえないと、彼女は自分に言い聞かせた。それは当然予想され得る発言であり、父へのー仄かな?ー好意(の現れ)云々は、そんな"たまたま"語られてしまった発言から事後的に生成された、ただの陳腐なフィクションにすぎない。  みかんは思った以上に甘ったるかった。ガガガガガ…と、今度は車の出ていく音。おばあちゃんが、無理やりおじいちゃんを連れて行ったのだろうとぼんやりと思う。昔母が毎朝のように切ってくれたグレープフルーツが、このいま無性に恋しい。気づけば物音一つしていない。もちろん、父は書斎にいる。それにしても、どうして父の書斎というのは厳しいのだろう?ザワザワとした硬質な何かが、胸をたしかに浸していくのを感じていた。


桃色の頬の少女と、父の書斎 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 29
P V 数 : 1688.4
お気に入り数: 0
投票数   : 1
ポイント数 : 0

作成日時 2024-11-09
コメント日時 2024-11-24
項目全期間(2025/04/24現在)投稿後10日間
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閲覧指数:1688.4
2025/04/24 15時52分24秒現在
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    作品に書かれた推薦文

桃色の頬の少女と、父の書斎 コメントセクション

コメント数(29)
西山智さとぽん
西山智さとぽん
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(2024-11-09)

季節風が吹いて居て素敵です。

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はちみつ
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(2024-11-10)

 『女への扉』  穏やかな陽射しには"この町は平和です"と書かれていた。昨日彼女は胸中父へとしなだれかかったけれど、その残滓もいまやこの朝へと散ったよう。  「ねぇ、おばあちゃん。スッキリした朝って、本当に心洗われるわよね」「いきなりどないしたん?〇〇ちゃんがそないなこと言うなんて、珍しい」「ねぇ私、いつまでも女の子でいたいの」「ほっほっほ。なにがあったか、どげんがしたか!」と笑う笑う。「でも、そう思っとくくらいで丁度ええ。真面目に言うとなやっぱり、人の心ん中にはいつまでも子どもがおる。その証拠に、歳食えば食うほど子ども時代が懐かしゅうなる。心のたがが緩んで露出してくるんやろうな。ホンマ、キラキラしとるよう。でもな、キリッとした若い姉ちゃんなんかもな、やっぱりときおりは昔の自分に水やった方がええ。世間は砂漠みたいなもんじゃけえのう」と、一息つく。「じゃあ、私はまだオアシスにいるのかな?」「上手いこと言うやないか。そん通りじゃ。でもすぐよ?ホンマすぐよもうすぐよ?だからのその心意気、ぜったいぜったい忘れんときや。大人の階段登っても、その脚が長く綺麗になってもの、目元涼しいクールビューティーになってもの、それから…」と、おばあちゃんは自分の胸に手を持っていって楕円を描きながら、「こな〜いなってものぅ」と、ニヤッと笑った。   なんとなくまた炬燵に入った。昨日と同じく炬燵に入った。手に持った籠には、カカオ88%のダークチョコレートがどっさり。傍らには、昨日の残りの甘ったるい甘ったるいみかん。でも、ダークチョコレートと組み合わせれば高貴なおやつの出来上がり。バクバクと、どうしたんだろうそれにしたって、チョコへと伸びる私のか弱い手が止まらない(泣)バクバクといえばそういやバクは、夢を食べる動物だ。もう彼との想い出は霞んでしまった。振り返るとママゴトみたいだったけれど、それでも彼は本当に優しかった。バクが夜な夜な私の夢に忍び込んで、甘い記憶をせっせせっせと食べ尽くしてしまったのかな。転勤族だった彼は水色の空から降ってきたと思ったけれど、還っていったのは灰の都なTOKYOだった。けれど灰のさなかでチラチラと燃える炎を、ときに燃え盛りもするかもしれない真っ赤な焔を、あるいは彼は手にしていたりするだろうか。  外に出るとやはり冷たかった。けれど彼女はその頬を、まさに冷たい風に浸されるままにしておきたかった。おばあちゃんの言葉の端々からは、「しかと受け止めたよ」というしっとりと温かい重みが漂っていた。いまや彼女は自身の少女時代を、しかと繋ぎ止めておいてくれる錨を手にした心地がしていた。そんないまこそは、次なるステージに踏み出すタイミングのように思えた。"キリッとした若いお姉ちゃん"と言った祖母の言葉には違和感があると、さらに彼女は思う。"お姉ちゃん"を"姉"へと、彼女は言い換える。すぐに"姉"は生々しさを加味され、"女"になった。いまや私は「女への扉」の前に立っているのだと、彼女は思った。それは重厚に塗り込められた金色の扉だった。その向こうには乾いていながら、それゆえに狂おしいような何かが待っているだろうことを、彼女は即座に直覚した。

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はちみつ
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(2024-11-10)

 訂正です(汗)"若いお姉ちゃん"ではなく"若い姉ちゃん"と書いてますね、初めに。なので、あくまで祖母は「お」をつけた、"若いお姉ちゃん"と言ったと読んでいただきたいです。  それにしても物語、閉じちゃいました。自分としてはもっともっと長く続けたかったのでつまり、失敗作(苦笑)。でも表現したいニュアンスは詰まってるかと思います。抒情的かつ内省的かつ(ある程度)鮮やかな人間模様のミックス、みたいな感じと言えばいいでしょうか(笑)。  あの作品はいわば「処女失敗作」だったなーそんな風に振り返ることのできる日を、夢見て。

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はちみつ
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(2024-11-10)

 何度もすいません。もうちょっと訂正です。"お姉ちゃん"を"姉"に言い換えた、というところですが、ここを"お姉ちゃん"を"姉ちゃん"に言い換えた、と読んでください。  そもそも一人娘で姉はいない設定だったりするので(笑)。それにしても、そんな広がり全然書けてないので、それこそ塗り込める技術を模索したいですね。  お読みくださり感謝!では。

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(2024-11-10)

前言撤回です(笑)。続けられそうです! とはいえ、あまり気負わず、まったりを意識して書いていければなと。

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(2024-11-10)

   「おい、〇〇、聞いてるか?」ーデジャヴ。いけないまた寝てた…それにしてもデジャヴである。あのときは完全に没頭していて彼について考えてるって意識すらなくって、逆に注意されて初めて彼のこと考えてたことを、バーッと巻き戻るように意識したんだったな。ねえ△△くん。でももう私、あなたのことを、あなたの質感ってやつをほとんど思い出せないの。でもね私バクちゃんを、あなたが残した聖獣みたいだって思ってるんだ。私の中でバクちゃんは藍色!夏の空を飛んだ夢の中で、あなたと生やしてたお揃いの翼の青は少し黒みがかった青だった。そこからの連想だとは思うんだけど、それにしても可笑しいよね、あなたとの夢を、甘い記憶を食べちゃったバクちゃんが、言ってみれば敵のような存在のはずのバクちゃんを、あなたが私に残していっただなんてね。知ってる、半分妄想ってやつだって。でもね思うんだ、完全に否定はできないのなら、やっぱり半分くらいは本当なんじゃないかって。いずれにせよ大切だと思うことはね、バクちゃんはあなたとの夢を、その小さな身体に宿しているし、これからも宿しつづけていくはずだってことなの。

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はちみつ
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(2024-11-11)

 切り絵が夜空に揺れていた。視線を集中させると、それは彼の形をとった。「△△くんだったのね」「忘れちゃったのかい」「ごめんなさい」ー煌々とした街灯に亜麻色が浮かび上がって、彼の髪は亜麻色だったんだと思った。でもそれはあるいは、昔少しかじった少女漫画の雰囲気に記憶が押されてのことなのかもしれないとも、思った。「ねえ、あなたはもう女を知ったの」「いいや」ー「知っていて欲しかったかい?」「そ、そんなこと」ーその言い方は演技だった。でも、いわばそんな表面こそが瞬時に本当に成り代わることを、彼女はすでに知っていた。瑞々しい恥じらいが迸った。胸が夜空へと開かれた。星たちは儚くも健気で、踊っているようだと彼女は思った。「ねぇ、わたしスターになりたいの」「お星さまになりたいのかい?」とわざとらしく彼は笑う。「いいえ」ー上手く切り返そうと一寸止まって、「私、人形(ひとがた)の星になりたいな」「それはおっかないな」「ごめん滑っちゃった(笑)」「でも、分かるよ」「ほんとのホントに、分かってくれる?」ーと、彼は黙った。そして、ハトが好きだと告白したあの昼間のようにそれとなく空を見上げたけれど、もちろんいま広がっているのは夜空で、ふと彼女は彼が、夜の黒へと吸い込まれていくかのような錯覚を抱いた。あまたのつぶらな銀の粒々が、なんだか自分を仄かに哀れんでいる気がした。

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(2024-11-11)

✕切り絵が夜空に揺れていた 〇切り絵が夜風に揺れていた

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(2024-11-11)

 翌朝起きるとやはりというべきか、彼は遠くなっていた。それはたとえば季節外れだけれど、なんだか七夕の短冊みたいに思えて。でも彼の願いは書かれていない。自分の願いを話したことなんてなかった彼の、虚しく名だけが書かれた紙が、あの夢の夏に取り残されたように揺れているー「ワン!」「うひゃあ」おじいちゃんだった。「どないしたんや、そないしょぼくれなさって」「乙女の悩みよ」「彼氏でもできたんか!」「だったら、どうするの?」「張り手千枚見舞ったろか。そんでもギラついた紅い頬しとったら、漢やのう」…あの折たしかに、私へと犬は現れていた。そのリアリティはそれこそ彼よりよほど強かった。胸を検分するとその理由は、やはりつぶらな瞳のバクらしかった。バクへの切なる浸りきりこそが、類似性というものを介して犬を、それも似たような瞳のつぶらなポメラニアンの、あの折のごく自然な現れを準備していたのだろう。私なんだかいつの間にか、動物たちに好かれてきてたりするのかな。星と同じくつぶらで澄んでもいるけれど、なんだか私、あなたたちに見つめられると昼夜を問わず、あたかも橙の炎に胸をくすぐられているようで、たとえば南国の姫君になったような心地がするんだ。

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(2024-11-12)

 「ねぇおばあちゃん、南国っていえば、おばあちゃんはどんなところを思い浮かべる?」「そらもちろん、ケアンズやな」「なんでケアンズなの?」「なによりも青や、エメラルドグリーンのキレーな海さね」キレーとはなんと素直で美しい表現だろう。でもその裏で汗と腋臭が踊っている。キレーはそれをないことのようにする。白人はアジア人よりも生々しいと彼女は思う。私は生々しい女になりたいのかな?とも思う。おばあちゃんの話は今日はなんだかまどろっこしい。刈り込みたくて半ば急かすような、その急かし方はでも小鳥みたいで。漠然としたイメージさえ浮かべばよかった。それは、たとえばおっきなビン入りオレンジジュースが遥かな海風に吹かれるところ。おばあちゃんの会話体験を抽象すると、白人女特有に思えるさわやかな陽気が広い空の下パアアッと咲いた。私はいまおばあちゃんとともにいる。彼女と対置されるようにアジア女としてともに浮かんだ。ケアンズの森、ポッサムの瞳が光る闇夜は南アジアをも包んでいる。りんりんりんと虫たちの音たなびいて、風鈴(が)りんとアジアンらしくほっそりと伝う、南国へと。緑なす森アオザイ映えれば、なんだか私湿ってると、彼女は思う。それは金の乾きを否定するかのよう、あくまで大人だけれどもどこか子どもだ、さわやかさよりもしなやかさに力点がある、雨靄の木立のさなか出逢っているこの女(ひと)は。

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(2024-11-12)

 青と水色のあいだくらいだろうかと、彼女は思った。でも遠のいてしまった彼のように話すことはできない、分かってると自分に言う、でも夢だからこそ切に静かに開かれた。月灯りの下雨露に濡れた緑が迫った。青には雨粒1つなく、あまりに清らかでかえって妖しい感じすらあった。しかし、それゆえにそこにはまさに"私は水を司っています"と書かれていたー"シュルル…"ハッとする。蛇だった。よく見ると赤みがかっている。加えてなんとなく短い。"蛇の赤ちゃん"という言葉が彼女をピッと軽やかに打ち、ほとんど同時に彼(彼女?)が彼女となんらかの関係にあることが分かった。「可愛い子ちゃんばい可愛い子ちゃんばい」アジアン婆がいつしか来ていた。すると青姉さんは遠のいた。私の姉でもおばあちゃんの孫ではないのだと直覚した。林の気配が可愛い顔へと凝集しているようだった。押し出されるように歩き出した。一寸赤蛇が間を空けた。"蛇神様"との言葉が舞い降りた。「待っとくれ〜」とおばあちゃん。相も変わらずシュルルルルと付いてきてくれる蛇神様。仕えることで仕えられる、そんなことだってあるのかな。なんだかここは私の魂の故郷みたいね。

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(2024-11-13)

 夜の帳が垂れ下がるほどに夜への夢はかえって胸元離れていった。耳澄ますも虫の音しない夜の黒には"がらんどう"ないこと強烈あることしていた。林ざわめき蛇神高貴ない代わり、蛇赤ちゃん紋切り型ふんわりヒラヒラしていてー「私の赤ちゃんはお気に召して?」「赤ちゃんなんて言わないで」「でも、赤ちゃんじゃない」「違うわよ」「なぜ?」「赤ちゃんというだけではない」としゃちほこばるもいまのじじつはじじつそう、翌朝起きるとやはりというべきかねっとりと、したもの胸に絡みついてしまっていて、凛と、朝の登校風の徘徊桜の、枯れ枝への見上げ咲かせる哀の紅、胸元へとベトナムの夜手繰り寄せんとするも雨靄、「だからね私、ベトナムの森へと立ち返ることが必要なの」「ベトナムといえば色とりどりのフルーツやね」「それも暗に大切な要素になってるかも。でもそれよりもしとやかなアオザイの女(ひと)に学びたいの」「マンゴーみたいになっとるんでっしゃろ?(笑)」「コラ、笑いに走らない」「カーハッハッ!よか、よか、4日で分かるど」「だからあ、笑いに…あっ、つまり4日待ってみろってこと」「そや!でもただ待っとるだけやアカン。漠然とでも眉間の上あたりに漂わせといて、暇を見つけてはせっせとそこへと胸を漂わせるこっちゃね」「開く、じゃなくて?」「細かいニュアンスの違いのようでけっこう、おっきいかものぅ。鮮度が落ちたもんに無理やり開いても変にデタラメな加工を施すことになりかねんでな。いわばあっちに、アオザイの女に自ら動かさせ、語らさせるゆうたらええかな」「さすが未来のノーベル賞作家だね(笑)ちなみにね、わたし青姉さんの胸の大きさには、不思議と注意払ってなくて分からないの。お年頃なのにね?」

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(2024-11-14)

 淡い朝陽たゆたうキッチンに立っているとスーッと彼女は私の左隣に立っていた。正確には彼女の真空を歩み来たってきたかのような"立ち来たり"が事後的に、私に朝陽のたゆたいを見させたのかもしれない。まさに彼女は厳粛な静寂のうちに歩み来たって、そうして立つことにおいて私へと来たのだ。その"来た"のニ層性が大切な気がする。真空と言いつつ漠然と、私はトンネルのようなものをイメージしていた。でも彼女がトンネルを抜けたら即この世界だったわけではなくって、この世界のいわばどこでもないようなどこかに彼女はきっと滞在していた。それがどのくらいの時間だったかはようとしてしれないにしても。朝陽が淡かったのは、きっとそんな夢のような実在の名残だったのだ。  子熊のあしらわれた靴下を履いた自分を、私は可愛いと思う。でももう革靴を履かなくてはならない時間だ。彼女に今日は逢えるだろうか。そういえば彼女の胸は普通だけれど、なんだかその内には神々しいものが満ちている気がする。廊下に立つ想像をするだけで、風の肌触りがするみたい。いかなる時間に彼女が来たるのかは分からない。でもそれが目も眩むようなこの世界の、たしかな一つの教室からであることを、いまや私は知っている。彼女は彼女ではない。それでもやはり、彼女は彼女であるに違いない。たとえば視線がビビッと合う折りの雷なんかへと、身をしかと構えつつも、私は彼女へとたなびいてゆきたい。季節の開いてゆく香りの、さなか揺らめき泳ぐように、ちょっと哀しげなルージュ差してみたりなんかしながら。なんて。

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はちみつ
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(2024-11-16)

 健気なキツネのような女(ひと)だと思った。彼女に見つめられた折りまったき若さがパカアッと飛び込んできた。そこだけ異次元みたいだった。  さきに"健気なキツネのような女(ひと)だと思った"と書いたけれど正確には、それは事後的に思ったことにすぎないと言えばすぎない。すぎにないと言えばすぎないとわざわざさも"本当はすぎなくないんじゃ?"と思わせるような思わせぶりな書き方をしたのはもちろん僕が、そのもったいぶりのさなかに彼女という存在の重みを込めたからにほかならない。"込めたかった"ではなく"込めた"。つまり既に込め込めてから時間が経っている、僕はだからあなたたちがさきほどからすでに「彼女≒健気なキツネ」という等式を僕が大事に大事に胸に抱いていることを認識してきていることを期待している。  なぜ僕はこんなまどろっこしい書き方をしているのか。それはたぶん往々にして世間の人たちがそんな空想を馬鹿にしているとまでは言わずとも、少なくとも尊重してはいないだろうことについて僕が静かに憤ってきているからだと思う。そもそもとしてのっけから"健気なキツネのような女(ひと)だと思った"と書いたのは、そんな静かなる憤りが胸のなか顔を出す機会を伺っていたからだと思う、それはそうと"健気なキツネのような女(ひと)"というイメージをーフレーズを、ではなくてー思いついた折りにはあるいはすでに、その切なる空想を他人であるあなたたちの胸へとそれこそパカアッと飛び込ませたいという意図は暗に生まれていたのかもしれないと、書き始めてからこのいままでの間のいつ頃からかそう思っていたことにいま気づいた。  つまりここで最初に戻れば僕が"健気なキツネのような女(ひと)だと思った"という「後」に思ったことを「先」に思ったこと("彼女に見つめられた折りまったき若さがパカアッと飛び込んできた")の先にあえて配置したのはまさに、その意図("その切なる空想を他人であるあなたたちの胸へとそれこそパカアッと飛び込ませたいという意図")が十全に達成されることを期待していたがゆえのものであるだろうけれど、ここでつとに大切だと思うのは、というよりはこれから僕がまさに話してゆくことへの導入として強調したいのは、"健気なキツネのような女(ひと)だった"という一文の"健気なキツネのような"なる形容にはすでに、その内に「(彼女の)若さ」が内包されていることを読み手は漠然と察知するだろうということ、そのことなのだけど果たしてあなたは察知してくれていたろうか。  結論を先に言うならば、つまり僕はあなたへとなにかしらの「物語的なるもの」を語ろうとしてきていたのだと思う。というか"そうだったのだ"と心をさしあたり総括して、いまや胸にしかと居着いている、しかし漠然とした彼女と森のイメージが緩やかに形を変えてゆく経過を記述していきたいという願いをいま、小さくもたしかな橙の炎みたいに感じてる。ほかでもなく僕は物語りたかったのだけれどその物語りはまさしく、現実というよりは現実でありながら夢でもあるようなそんな位相にまつわる物語りであり、いわば僕は聞き手であるあなたの胸のなかにそんな(一般的な物語から見た折りに)幻想的なるものの気配を最初にサーッと流したかった、ということになると思う。流し込みたかったではなくあくまで、あなたの胸へと流したかった。サーッとと言ったけれどその"ッ"に着目してほしい、そこでそれこそスッと切れている、正確には遠のいている(と言いたい)。  だからこそ"彼女に見つめられた折りまったき若さがパカアッと飛び込んできた。そこだけ異次元みたいだった。"と続く2文からどこか浮いているのだと思う、この浮きに幻想の揺らめきめいたものを託していたんだと思う。揺らめくことにおいて幻想はあると言いたい。確固たるイメージは提示されたちょっと後くらいから力を失っていくように思う。ただ、だからこそ"健気なキツネのような女(ひと)だった。"と事細かくは書かなかったーなんて言うと嘘になる。それこそ確固たる方法論の下に書き始めたわけではない、しいて言えばスッと言葉が出たから書いた、だからなぜ"健気なキツネのような女(ひと)だった"と書き始めたかはいわば靄に包まれている、しかし結果としてそれでいまあなたの胸に"健気なキツネのような女(ひと)"がサッとあなたのその、眉間の上からいくらか離れたあたりの(あなたの)軽やかな見上げによって見つめられるだろうあたりを漂っているのだとしたら僕の目標は、ささやかな始まりの目標は達せられていることになるだろう。  イメージのさなかで彼女はなるほどたしかに立っている、しかし彼女は泳いでいるのだ森と、そして草原と一体となって、…とそれはいま僕が初めてあなたに伝えたイメージであり感覚だ、しかし僕はあなたがごく自然に緑なす森をも、爽やかな風吹きわたる草原をもともに彼女とあらしめて(くれてきて)いると漠然と考えてしまっていたのだけどあらしめると、他でもなくあらしめると言ったのは彼女が森から草原からあくまで半ば浮かび上がるようにしてあるからであり凛、と、その凛としたクールネスに僕は始まりの息吹を見て取りたいと、やはりいつ頃からか思い始めていたようだ。  どうでもいい情報のようでしかし大切だと思うことには彼女は漫画のキャラクター的で瞳が大きい、しかしことさらに潤んではいない、正確に言えば現実に会った彼女を移した時点で彼女はほんのりとキャラクター化していた、これは記憶として確かに思う、ほんのりとはでも幻想としてほんのりとしていることを意味しない、むしろ逆にほんのりとキャラクター的であるがゆえに夢が咲いている、それは現実というものと幻想というものの区別の撹乱の上に咲く夢幻、という他ない気がするのだけれどここに至って、僕は彼女を物語ることの不可能を(いま)知った、僕は彼女のことが好きだ。  一輪の花もなく、波のように彼女へと寄せる緑のさなか亜麻色の彼女だけが咲いている。亜麻色の瞳の底は、見えなかった。  黒みがかった森から出つつある、出立の途上にありながら現に出て立っている、その様態でありながら、いやまさにその様態であるからこそ君はどこまでも澄んでいる。君の瞳はキリッと光る、薄氷を擬したダイヤモンドのように。

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(2024-11-16)

 淡い朝陽に包まれた丘があった。そこには昼も夜もなく、永遠の朝陽の淡さへの包まれがあった。「〇〇ちゃんよ、ここはえーの〜」と祖母は言う。小鳥がチュチュチュンと跳ねてくる。祖母と小鳥を胸に足し合わせてみれば、"まったき平和"と解が出た。でも考えてみればあちこち岩が転がっていて、たとえば大昔かなんかにここで激しい戦いが行われたのだと聞かされたとしても、私はさして驚かないだろうと彼女は思った。  ピリッとしたものを感じて右を見た。右の端からおとなしめの男子生徒がこちらを見ていた。すぐに目を逸らしながら、その直前の彼のえもいえぬ哀しげなトーンが甦っていた。丁度ゴミを捨てる段で良かったと彼女は思った。もし仮にもっと前に見つめられていたならばそれこそ、このいまあたりまでピンと張った見えない糸を彼とのあいだに感じ続けなくてはならなかったろう。それは言わば錆びかかった金糸だった。か細くも着実にこの身の内へとその、仄かな哀しみを纏った鈍い光沢を忍び込ませては、そうして不遜にもこの胸に何がしかの揺らぎをもたらさないわけにはいかないのだ。鞄を持って足早に下校路を行きながら、季節が春で良かったと彼女は思う。…と、凍える薄明かりのなか切なる夢の膜へと金糸が密やかに破り入った。彼女の肌に鳥肌が立った。"そんな目で見ないで!"ー抑え続けていた言葉を虚空へと投げつけていた。

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(2024-11-16)

 「おはよう、〇〇」「おはよう、有里紗。今朝は早いじゃない」「遅い方が良くって、ベイビー」「ベイビーなんて言わないで」「でもあなた、赤ちゃんみたいな純真な目をしてる」「そ、そんなぁ…」と彼女はなんだか萎れてしまったのだけど、それはやさしいため息を伴っていた。「キュオルルル…」とバクが鳴き、深緑色の瞳が彼女をしかと見つめていた。"緑の家"とのフレーズがアマゾンのイメージと一緒になって飛び込んできた。「ねぇ有里紗、あなた大きな蛇みたいね」「まあ、そんなこと言われたの初めて」「いやらしいメス蛇(笑)」「そんなこと言って」と座った状態のままに腰をくゆらせながら近づいてきて、「またここ、お触りしてほしいんでしょ」「ねぇ私、男の子が怖いの」「そっか、あんた両方行けるんだったね」「何が"そっか、なの?」「つまりね、仄かにでも関心があるからこそ怖いだなんて思っちゃうんじゃないかと思うの」「私はあんな大人しい子、なんだけどそんな子、全然ぜんぜん、好きじゃないわよ」「ホントの、ホントに?」と有里紗はゾッとするほどに真面目な視線を向けてくる。「な、なによ」「べ〜つに〜」「ホント何?真剣に聴いといてすぐそんな態度変えてさあ」「や、〇〇ちゃんもやっぱ、お年頃なんだなあって、それで十分かなって。急に変えたのは悪かったけどホラ、あたしが気まぐれなのはアンタもさすがに、もう分かってきてるだろ?」  これじゃまるでツンデレじゃない。でもあの大人しい男の子へは私はたとえどんなに"ホントはホントは"なんて攻められたって意地でも胸は開かないぞ。空想のなかで有里紗はだいたいそれなりには批判的だ、というより自己を吟味するためにこそ彼女は通学前にいつも"彼女"と語らうのが習慣になっていたのだけれど、それにしても今朝ほど痛いところをズバリ突かれたことはかつてなかった。有里紗はまさに蛇みたいになってきたわね、それも人の心の弱い部分にスルスルとよじ登ってきては突っついてくる厄介なメス蛇。そんな私たちの行く明日をバクちゃんは静かに見守っていてくれる。そんなバクちゃんの瞳がたまたま緑だからって"緑の家"が浮かぶどころかほとんど飛び込んできたのはなぜだろう。私、あの小説生々しくて好かなかった、美しいとも思わなかった、でも人間全体を捉えようとするならば美しいところだけとはいかないんだろう、そうだ空間が緩やかに開かれていくような感覚を強く抱いた覚えがある、その快感の記憶がバクちゃんの綺麗な深緑と写し鏡のように照応したのかもしれないな、でも私はもっと透き通った水彩のような空間をこそ泳ぎたい、それはそうと遠いあの夢の人は虚ろな人ではあったけれど決して哀しげな人ではなかった、男の子の哀しげな視線ってどうしてこうも胸に絡みついてくるんだろ…

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(2024-11-17)

 「おい、〇〇、聞いてるか?」「あっ、すいませ〜ん」瞬間、"あっ、私いまオトナしちゃってる"と彼女は思った。そしてずっと前にやはり同じく「おい、〇〇、聞いてるか?」と聞かれた折りに自分の放った"あっ、ごめんなさいっ…"という言葉が自然と思い返されていた。"あっ"は今回も言った言葉で、なんというか反射的な取り繕いのような言葉だろう。でも"ごめんなさいっ"はただの謝罪の念の表れではない気がする。とくに"っ"にアクセントが置かれていたという事実の重みに、彼女は再び「恥じらい」へと開かれた。あの夜彼女は彼に"あなたはもう女を知ったの"と訊いた。"知っていて欲しかったかい?"と言う彼に"そ、そんなこと"と彼女は答えたのだけどその"、"といまの"っ"は違うようで実はけっこう同じだったりするのではないか。  「乙女の恥じらい」という言葉がいつ頃からか浮かび上がっていて、それがゆえに彼女は"なんにせよ、私はもうそんな季節を通り過ぎたのだ"といわば総括しようとしたのだけどすぐに、その"なんにせよ"に悪い意味でのオトナらしさを見て取った、それは思考停止を意味していた、「要するにこういうことでっしゃろ」とおじいちゃんもカッカと笑った、だから再び「恥じらい」へと立ち返った、私は中年のおじさん(先生)にも女の子女の子したかったのかなと思った。ところで中年といえばお父さんも中年だ、男女問わず中年の人には土のような感じがある気がする、土といえばおばあちゃんやおじいちゃんも土だけれど崩れかかったやわらかみある土だ、でもお父さんはなんとも硬い、隙がないと感じる、それは土的なものにやはり男性的なものが加味されてのものだろう、だからお父さんはなんだか怖い、そしてその"なんだか"のさなかに不気味な何かが泳いでる、やさしい声色の裏側なんかからたとえばそれは覗いている、でも考えてみればそれは先生だってそうなはずなのになんで、私はお父さんにだけそんなことを思うんだろう…

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(2024-11-17)

 この夜おじいちゃんへと有里紗はしなだれかかっていたーというのはもちろん私の空想なんだけどあるいは、これは"夢想"と言い換えるべきなのかもしれない。これはあまりに鮮やかでそして、生々しいものだから。「ええ乳しとるやないか」と笑ってるのだけどその、胸なんかではもちろんないとはいえでもなんでおっぱいじゃなくって乳なんだろう、乳といえば父だけれど、それはさすがに偶然だろう、あるいは彼女は牛的なのか、このいま"牛のお乳"が彼女をまさに雌牛のようにしているそしてそれはこう言ってはなんだけど様になっている、とすると元々私の無意識に彼女を雌牛になぞらえたいという気持ちがあって、それがおじいちゃんに乳なる言葉を発せさせたのか、しかしではそもそも有里紗がおじいちゃんへとしなだれた、正確に言えば私が有里紗をおじいちゃんへとしなだれさせたのはなぜだ、私の無意識の気持ちはその折りというか前からすでに立ち上がっていたのか。  しかし彼女は今回ばかりは考えをサッと切り上げることにした。ともかく、と彼女は思う、私はおじいちゃんへの有里紗のしなだれかかりにおいて雌牛のしなだれかかりを連想しているということ、正確に言えば有里紗のしなだれかかりに雌牛的なものを重ねようとしていること、それこそがいまの私にとっては決定的に重要なのだ。  おじいちゃんの眼差しは相変わらずユーモラスで牧歌的でさえあるかのようだ。しかしおじいちゃんから"おじいちゃん"を取り除いてまじまじと見れば、奇怪な軟体動物が顔していた。その口元がグニャリと歪むようなそんな瞬間へと、このいま私はまさに自らを開こうとしている。それはグニャリを妖しく、まるで深海からいままさに浮かび上がらせつつあるかのようなそんな気配を、仄かに翳った面(おもて)のどこでもないようなどこかに隠している。  あのしなやかなはずの有里紗はしかし、まさに雌牛のような鈍重さで彼になされるがままになっていた。錆に錆びて色の分からなくなったのだろうそれは鈍い、いまの彼女の語彙にはない独特の色合いをしていた。しかし大きい。彼女はふっと、用途の違うはずの金糸を、あの大人しい男の子の金糸を思い出した。瞬間、それは対比的に極大化したかのようだった。気づけば二人は影になっていた。しかしすべてを見届けた。夜の黒へと有里紗は溶けた。

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(2024-11-18)

 さすがに今朝は有里紗との対話はお休みだった。"だった"というのは既に異なる内的世界にいるからで、いままさに私へと深緑の、しかしくすんだ深緑の蛇が現れているところだ。「シュオオル…」と、私はこのいささかおっきな蛇が雄だと即座に分かったのだけど彼は唸った。サッと風が巻き起こった。でも今朝はここまでだと、私は「デタラメな加工」というおじいちゃんの言葉を思い返した。  語りの都合で言えなかったけど私はまた、この森はほかでもなく日本的だといつの間にか森に投げ出されてしまっていたかのようないわばその瞬間に思った。また大切だと思うのは風を巻き起こしたとはいえ彼はまったき風の精というよりは風と水のあいだの精だということ、もっと言えばしかしあくまで風の側にアクセントがあるということそれらのことだ。…と語っているとチョロロロロ…森の左奥あたりからか細い水の流れが見えている。  でもやはり今朝はここまで。正直いまイメージはかなり鮮明になってきているから、その意味ではそれこそ胸の開き時なのかもしれない。でも何かが私を立ち止まらせる。あるいは私のなかでまだ、このあたかも古代日本のそれのような森を歩く準備ができていないのかもしれない。

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(2024-11-18)

 サッというのでもキリっというのでもない。といってヒラヒラというのでもない。彼女は真空のうちを飛んできて、そうして私の右隣へと現れたかのようだった。  「蝶ど!蝶ど!」とおばあちゃんはまるで小さな女の子みたい。「調度ひ〜ん」と空気は萎れる、まるで夏の終わりの向日葵みたいに。「なんでぇ、人が悦んどるときに」「わかった、お詫びにそれこそ調度品こうたる。それも夢のような色したのぅ」「あんたのチョイスはどうせテッカテカの金色やろ」「カーハッハ、わいがそないな安っぽいもん選ぶかいな」  押し出されるように二階に上がった。蝶の気配は胸からそれこそ永遠に消えてしまったような気がした。目を瞑って海風なんかを感じたところで、実はあまり意味などないのかもしれない。私たちはいつでも無慈悲に、明日へと吹かれていってしまうものだから。北に吹かれ南に吹かれ闇へと吹かれて、それでもいまも背に吹く風を、乙女心に信じてる。そうして私は、半ば無意識に服を着替えて戻ったのだろう。  「ええ女になったやないか」「えへへ〜んだ」「ついに彼氏ができたんか!」「だったら、どうするの?」「そらもう、嫉妬に燃え狂うに決まっとるわ、夜通しのう」と、おじいちゃんはこちらを見ながらニヤァっと笑う。「ねぇおじいちゃん、私のこと、好き?」「へっ?へっ?どないしたんや愛果ちゃんよ急に、そないなことゆうて」「冗談よ」

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(2024-11-18)

(了) お読み下さっていた方々、本当のほんとうにありがとうございました!♪♪

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(2024-11-23)

以下に続きの作品を書いていきたいと思います。しかし、自分としては上の作品は作品で完結したものだと考えており、以下に書いていくのはいわば、「あり得る未来の一つ」という位置づけです。そんな認識の下お読みいただけると幸いです。

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(2024-11-23)

 「なんか馬鹿にしてない?病気になったからって、狐だなんて」  「そんなつもりやないんよ?そうやなくての、わしは狐が好きなんよ。その狐とあんたが重なって見える。いままでがそやなかったいう話やないんやけどな、あんたが病気になって、つとに可愛ゆう思うてしまうわしがおるんよ」 「わかるような、わからないような」  そう言い残して会話が終わらぬうちに台所を後にしたのは、ちょっと拗ねたところすらも、それこそ可愛いと思ってほしかったからだろうか。部屋に入った瞬間ピッと違和感をおぼえた。すぐにそれはベッドやカーペットがピンクだからだと気づいた。ピンクの部屋に黄色い狐はまったく似合ってなくって、それで彼女は自分が狐を受け入れていたことを知った。   忘れないうちに飲んどかなきゃとエビリファイの錠剤を押し出すと、無菌室のような病棟の雰囲気に再び包まれたようだった。高い天井が真っ先に思い浮かんで、そうだそれで特有の浮遊感のようなものを感じたんだと思い返す。そこから想像は一気に診察の場面へと飛んだ。ピリッとしたというよりもはやキッとしたと言ったほうがいい、そんな緊迫したものを感じさせる30過ぎくらいの男性だった。室内に響くキーボードは乾いていた。私の話してる折りはほとん目を合わせてくれなかったな、記録しながらだから仕方ない、でも自分が話す折りは一寸睨めつけるように見てくるのだ、なんだか悔しくって仕方がない、まさか同意しないなんてことはないですよね?とでも言われてるみたい、そこまで言うこと、ないじゃない。  そこまで考えた折り、「いたいけな狐」は彼女の胸に乗り移った。診察が終わって薬をもらうのをシュンとしながら待っていたあの折りから、私は可愛いそうな可愛いそうな狐だったんだ。部屋のピンクを改めて見るとツルッとしてるなと思う。色も質感も狐たる彼女とは対極的ながら、しかしだからこそそれらはまさに彼女を浮かび上がらせるためにしつらえられているかのよう。  「キュルルルル…」と彼女は声を発してみた。狐がそんな声なわけがなかった。でもそのどことなく、人とも動物とも言えぬ不可思議な位置から響いてくるかのようなその響きを「キュルルル…」、何度も何度も聴いてみるのだった。  翌朝彼女は、いつも6時半に起きるところを5時に起きた。町内にある神社に行くと決めていた。初夏ですでにそれなりに明るかったけれど、境内に入ると木々に覆われ仄暗くなった。暗いけれども暗がりとまでは言えない、言わば明をそのうちに包んだ暗こそが、彼女の求めていたものだった。  「クウン…」と今度は彼女は明確に犬のような、健気な動物の位置から声を発していた。上向いた瞳に緑の葉擦れが飛び込んできたような気がした。"思った以上に雰囲気に本能をくすぐられたようね"と彼女は思った。そうして登り切った彼女は、境内の石の腰掛けにゆったりと座った。  "なんでまた神社なんかに行っとったん?"  "おばあちゃん、私のこと狐みたいだって言ったでしょ?だからね、狐であるとはどういうことか、それをぼんやり考えたいなあって思って、行ってきたの"  "えっ?そんな大真面目に受け取らんでええよ!?ということは、あんたは自分で狐みたいな雰囲気になろうとしとったってことかいな"  "うん、でも正確にはなろうとしてたっていうより、なっちゃってたの、気づいたときには"  "ほええぇ"  クスクス笑っているとウグイスの鳴き声が聴こえてきた。「ホーーホケキョ」の長い「ーー」を反芻していると、自分への愛おしさが溢れ出してきた。まるで自分のフサフサの毛が町中へと一本、また一本と、たんぽぽみたいに瑞瑞しく飛び広がっていったようで。自分は先生に睨めつけられるだけの存在じゃないんだということが、頭ではなく胸の底から分かった気がした。  「キュルルル…」と、彼女は再び発していた。人と動物のあいだの、女の子ならぬ"狐の子(きつねのこ)"。それは期せずしておばあちゃんが授けてくれた、ほんのりと温かい処方箋だ。

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(2024-11-23)

 その夜、彼女は夢を見る。  狐の彼女はその背に(その尾に、と言うべきか)黒い森の鬱蒼とした気配を感じながら、このいま遥かなる雪原を前にしているところだ。朝陽が遠き面に射しして淡く淡く光っている、美しいけれどどうしてだろう、なんだか涙が出そうになる。一寸躊躇したのち彼女は一歩を踏み出した。遠大な旅の第一歩であることを悟りつつ。  …と、建物の群れがぬうっと大地から生えてきた。次々生えて視界は塞がり、気づけば大地も灰色に変わってしまっていた。代わりのように牡丹雪が、やはり灰色の空から舞い降り出した。煉瓦造りの家々の窓から漏れ出る光の、その橙色との照応に彼女はいわば、退廃のさなかの艶とでもいうべきものを見て取った。それは希望というよりもやはり艶というのが正確であるように思われた、果てまで家々が連なっていて雪原はもはや見えない。白と橙はそんな世界の灰色にいわば抱かれていた。気づけば彼女は人に戻っていた。"私はあなたたちにしなだれかかるようにして夕闇を行くだろう"

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(2024-11-23)

 それからしばらく経ったある日の早朝に、彼女はその内面につむじ風が巻き起こる音を聴く。  いつものように彼女は、病気になってから日課となっていたウォーキングをしていた。あの神社の石段の傍を通り過ぎようとした折りのことだったー「おう、愛果ちゃん」ハッと驚き身を反らしてしまった。「あっ、ごめんなさい…」「いやいや気にせんといて。驚かしたオレが悪いんやから」「はい…」とあくまで自分はしおらしい、なんで私こんなにも"女の子"なのと、泣きそうになりながら快感だった。「どう?大学生活は。楽しんでる?」ーそれは彼女の胸をのっぴきらないマグニチュードで揺さぶった。「わっ、わたし、ちょっと体調、崩しちゃって、それでその、いまは大学、お休みしてるんだ」と精一杯に笑ってみせた。「えっ、マジ?そら大変やなあ。でもさ、軽々しくこんなこと言ってなんやけど、ホントそのうち良くなると思うで。愛果さん元気に見えるし、それに可愛さ、変わってないもん」彼はそう言い、白い歯を見せニカァっと笑った。  彼の去った後も彼女は石段の傍で立ち尽くしていた。『風の憧憬』という透き通るようなゲーム音楽の名曲が、自分の胸を文字通り風となって駆け回っているかのようだった。いい曲だとは思ったもののやはりゲーム音楽の『おおぞらをとぶ』のように聴き込んでいたわけではなかったからなおのこと、ほかでもなくこの時に思い出されているということの重みが、彼女を再び神護の林へと密やかに運んだ。やはり仄暗さに包まれた。しかし自分はいまやたしかに女(ひと)なのだと、キュウウッと胸を締め付けるような切なさを抱いて抱いて、抱きしめながら石段を登る。  あの日と同じく境内の石の腰掛けにゆったりと座った。緩やかに見上げた木立のあいまに自分が在ることの不思議が揺れていた。病気になった。狐になった。人に戻った。そして、彼に会った、そうしてほとんど嘘をついて、いまこうして私はまたここにいる…それら一連の出来事に確固たる意味があるとは思わなかった。しかしその意味が不確かなことこそがまさに揺蕩いを連れて来ていた。それらは鮮やかな夢となり、木立の向こうの遥か水色へと翔た。  「おぅ、遅かったやないか。大丈夫か?」おじいちゃんが心配してくれる。でも前だったらそれこそ"男と会っとたんか!"とでも言うところだ。優しさをジンと感じながらもなんだか寂しさが込み上げてきて、彼女は笑った。その背後で、自分をときにいやらしい目で見てきていた祖父の好奇が泳いでいるだろうことも知っている。でも不思議と嫌じゃない。隠されることでかえって強烈に自分へと向かってくるかと思ったらそうでもなかった。現のことごとくが、大空を行く瑞瑞しいそよ風のようだと彼女は思った。 ☆ 風の憧憬 https://www.youtube.com/watch?v=iN4TSrFHyRg

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(2024-11-23)

 その夜、彼女は再び灰色の世界の夢を見る。どうしてだかグニャリと家々が曲がりくねって立っていた。自分も曲がっているのではないかと不安になったものの、それはどうやら大丈夫らしい。  …と、黒のシルクハットを被った中年の白人男が左手前の家の陰からヌッと姿を現した。彼女は身構えながらもこの黒ずくめの男が真っ白なハトを飛び立たせる様を想像していた。しかし彼はそんなそぶりは露とも見せず、実に慇懃に両手を身体の左に伸ばして"ようこそ"のポーズを取った。自然と気位が高くなった。  「ねぇ、こんなグニャグニャした町を歩けというの?」「歩けといいますか、愛果様の世界にはこの町しかないのですよ」と彼は困ったような顔をした。振り向くと、森だったはずの場所には黒い渦が巻いている。すがるように再び彼の方を向くと、彼女を見つめながら彼は静かに頷いた。

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(2024-11-23)

 目が覚めてからもグニャリが収まらない。夢にこそ現れなかったものの、彼女はそれをもたらしたのが他でもなく先生であることを、正確に言えば彼の睨めつけるような視線であることを直覚していた。牡丹雪はさながら空へと架けた夢、橙の光はさながら彼がくれた切なさ。それらはまさに彼の睨めつけによって命脈を断たれたに等しいのだとしたら。  泣きたいわけじゃない。マグマのような怒りが湧き起こるわけでもない。ただただ力なくうなだれたくなる、そんなトーンを感じていた。自分は先生の前では無力なのだと思う。どんなに薔薇色の体験をしたところで彼は言うだろうー"それは良かったですね。でも高揚しすぎるのも良くないですからね"そうだ彼はすぐにそう、スッと「でも」へと繋いでしまう、私はそこで話を止めたいそして目一杯共感してもらいたいそして言って欲しいのだ"この調子で良くなってゆきましょう"と、やわらかい眼差しで。なんでなにもかも逆なのよアイツは!と、しかし彼女はいよいよ激してきた。  「ねぇおばあちゃん、私ウォーキングに行くの止めにするわ」「へえ、なんでまた」「あのね坂田くんに会っちゃったの」「おお信吉くんか、元気やったやろう」「うん、相変わらずね。でも私、また会っちゃうんじゃないかって思うと恥ずかしくって」「気にすることない思うけどなあ」向かいに座ってそう言う祖母の前で祖父が、彼女と同じく前を見ながら、しかし物憂げに実質どこでもないような宙を見つめていることに彼女は気づく。  もちろん、それは自分を案じてくれてのことだと分かってはいたもののそんな祖父のトーンは彼女を外へと押し出す決定打となった。重苦しさに耐えられずに外に出た。またあの場所で水色の空を見たかった。彼に会わないようにと身を隠しては視線を走らせ移動しまた身を隠す、そうしているうちにえもいえぬ哀しさに襲われて、途中の公園で彼女は泣いた。白い朝顔が目に入ると、涙は溢れに溢れて海になったー"私も白いの。とてもとても、白い娘(こ)なのよ。なのにどうしてこんなにも、上手く生きることができないんだろう…"

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(2024-11-24)

 その夜灰色の世界は落ち着きを取り戻していたから、彼女は夢へと自ずとめり込んでいた。橙の明かりを見るとさながら魂の故郷の光であるかのように思い、舞い降り来る牡丹雪の仄揺れる軌跡にいまは亡き母の身体をかさねていた。このあいだはそんな細かなこと意識さえしなかったなと思いさらに雪の粒を食い入るように見る、けれど雪はあくまで雪で涙の結晶のようではなかった、私の涙が降っているのかとも思ったがやはりそれは出来過ぎというものか。  そんなことを考えていると、今度は手前というには心持ち離れたやはり左側の家の陰から、シルクハット男がまたしても姿を現したのだけれど慣れのためだろうスウッと現れたように思った。  「おそようございます」「そりゃ、夜にしかここには来れないからね」「いいえ、愛果様はもう、目を瞑りさえすればいつだってこの場所に来ることができます」その瞬間、すべてが穏やかな明るみへと収束していくような心地がした。男の顔は浅黒くなって目は細まり、そうしてあのドキッとするような親しみがやって来たけれど不思議と驚かなかったー「まさかあなたがお父さんだったなんてね」「愛果、お前はいま本当に大変なところにいるね」「大変なんてもんじゃないわ」と彼女はあくまで気位が高い、父に対してこんな風な口を利けることがとてつもなく快感だった。  朝起きると身体がほかほか温まっていた。そんな幸福の余韻のさなか彼女は分析を始める。そもそも私は元々、お父さんとあまり話をしてこなかった、病気になってからはもちろん"大丈夫か?""無理だけはするなよ"等気を使ってくれたし優しさ感じもしたけれど、それだけと言えばそれだけで。でもそこに先生のあの「キッ」があった。そのトーンには私の世界の牧歌的な要素たちを危機に陥れるような、いわば乾いた脅威があった。そこで私の無意識はお父さんの優しさを、いままでまったく逆に向かってこないでと遠ざけてきたお父さんのあの、円熟した男性特有だろう隙のない硬質さの裏でそっと泳ぎ来たるやわらかな水流を、その渇きを是が非でも潤そうとすがるような気持ちで求めたのではないか…

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(2024-11-24)

 それはまた生ぬるくもあった。そのねっとりとした質感がツルッとしたピンクの上で揺れている。変なのと彼女は、一人ごちる。そうして椅子を揺らし続けていたかった。いわば女(おんな)になりつつある少女、とでもいうようなこの安定した不安定のさなかで、切ない夢と影絵と、そしてこの甘ったるくもゾクッとするような気配を、微睡むように食み続けていたかった。けれど診察は、もう明後日に迫っている。  "ねぇ父さん、近いうちに一緒に診察に来てくれる?"  "いいのかい?一対一が基本のような気がするけれど"  "いいの。あらかじめ先生に訊いてみるから"  「アッ」と彼女は思う。コテコテの女王様然としたトーンはもはやそこにはなかった。いま私は女性(じょせい)になってると、彼女は思う。女というより女性。しかしそこには一体、いかなる意味があるというのだろう?  彼女は仏壇に行く。そして蝋燭に火を付けた。煙がしなやかにくゆる。そこに母の身体をふたたび見ることになるだろうことは分かっていた。でもその予定調和へと没入することは止められなかった。  「ねぇおばあちゃん、行こ!買い物、行こ!」と気づけばはしゃぐように声をかけていた。このいま私はまた少女に戻ったかのよう、一体私、どうしちゃったのかしらーそうして祖母を運転席へと押し込んだ。  「何があったん、愛果ちゃんよ」  「いいからいいから。車の中でたーっぷり、話すからさ」愛果は言った。 (了)

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