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幸福の形、不幸の形
幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う。 -トルストイの『アンナ・カレーニナ 第1編』冒頭 そんな言葉があったことを思い出す 私にとっての幸せとはなんだろうか? 昔、毎日母親の家事を手伝ったことがある そして、家族と旅行にいったことがある 私はそれが嫌いだった そのせいで友人と遊べなかったからだ 常に勉強をするという不幸であった 家出もした 頬うちもしたしされたこともあった でも、大学に行き一人暮らしができた 親のありがたみなんて一切ない暮らしで 友人と夜を越して遊んだ 長年の成果で初めて自由という名の幸福の形を得ることができたのだ 勉強なんて知らない、卒業できるくらいに怠けた そして、人生最高の研究室に配属された 研究が楽しくて2年間、学問を延長した 大学生活の遊んだことを取り戻すため 死ぬほど勉強し、死ぬほど答えを求めた 遊ぶことが不幸に思えるほど 努力した 拳を机に叩きつけたこともあった そして、私の道の中で最高傑作ができた朝 恐怖心に襲われた これから過ごす社会で 嫌いな両親に二度と会えないことに 私が実家に戻る度に昔の祖母と手のしわが似て ヨボヨボになるまで私のわがままを見守ってきたことを 私がボロボロになった時初めて気づいてしまったのだ 私にとっての幸せとはなんだろうか? 答えは不幸の形にあった 私が嫌いだった旅行や手伝いがもう二度とできないかもしれない 私が見守ってくれた人間を守れないかもしれない そんな親が「祖母の面倒が嫌だ」と話したことを覚えている 幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う 不幸の形は見方によっては幸福の形なのかもしれない
幸福の形、不幸の形 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1125.8
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-02-18
コメント日時 2018-02-24
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
花緒様 >勉強なんて知らない、卒業できるくらいに怠けた は単位がとれるくらいに頑張ったです。 文章が変なのはこの詩はその時の感情をその場で書いたものなので読み返しなしなのが、原因ではないかと思います。
0「私の道の中で最高傑作ができた朝」私の中で、ではなく、私の道の中で・・・とても気になる表現でした。 最高傑作ということは、創作表現を主とする研究室で、無我夢中になって「勉強」した、ということなのだろうと思いつつ・・・ あえて日記風の、あるいは手記風の「語り」を用いているのかなと思ったのですが、作中話者(この場合は、限りなく作者自身を投影しているのでしょうね)は、「誰に対して」語っているという想定なのか、お尋ねしたくなりました。 まだ若々しい両親と過ごしていた、当たり前だと思って気にも止めていなかった「平凡な」日常。退屈でめんどくさくて、何となく縛られているような堅苦しさもあって、そこから離れてせいせいしていた、はずなのに・・・という感慨を、どのように表現していくか?ということなのかなと思いました。 八十代の方が、息子は私が歳を取るってことを知らないのよ、とぼやいていたことがありましたが・・・老いていくこと、衰えていくことは止められない。若い頃には、両親はいつまでもこのまま元気、そんな錯覚に襲われる(意識的に見ないようにしている)ものなのかもしれません。あるいは、自身の老いと共にその事に気づく。気づいたときには、親は既に無い。
0>まりも様 私の道の中で最高傑作ができた朝は 私の人生の道の中で努力し最高傑作ができ、それはこれ以上の努力ができないかもしれない恐怖です。 >八十代の方が、息子は私が歳を取るってことを知らないのよ 私はそれを気づいてしまい、それは若さ故の過ちを勉強と努力にぶつけ、まだ両親は元気だが、昔に見た祖母の手と同じに見え、急に不安に襲われました。 この詩は真実で悲しみだった。でも、伝えないといけないと思って書いた。
0過去を回想しながら幸福の形、不幸の形を考察する。先ずは私にとっての幸せの形ですね。大学時代、学究時代。両親、祖母。 「幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う 不幸の形は見方によっては幸福の形なのかもしれない」 こんな結論にも様々な葛藤があったんだと思いました。ちょっと穿った見方をするとトルストイはアンナカレーニナを書いて居ますので、自分の作品を肯定せざるを得なかったのでしょうが、これは言わずもがなの事なのかもしれません。自分の作品に対する自己言及、自己肯定感なんかも詩に成るのかもしれません。幸福な小説を書いて居たら、「幸福」の方を擁護?していた見たいな、イフを考えさせられました。幸福の方こそ、様々な形があって幸福の方こそ類型的ではないんだ見たいな。そんな格言も空想出来ました。
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