愛のために僕は生きたい
愛のために僕は死にたい
愛ってなんだろう
自己犠牲の精神かしら
愛なんて得体のしれないもの
のために生きるなんてできっこない
それでも愛のために生きていられたら
幸せな気がする
それほど愛は偉大だと思う
恋でもいいかもしれない
でも恋はひとりよがりだと思う
それでもいいけれど
ひとりよがりなので限界が早いと思う
尻すぼみになると思う
その点 愛はひとりじゃない
二人だったり三人だったり何万人だったりする
恋は有限だが愛は無限だ きっと
無限の愛に包まれて生きれたら
ああ 何て幸せなんだろう
母のゆりかごだろうか
父の背中だろうか
愛の証明はどこで取れるのか
誰がはんこを押してくれるのか
お役所仕事じゃないのか
それは婚姻届けか
残念ながら結婚は愛の終着点じゃない
愛の無数にある始まりのひとつにすぎない
もしもそこからずっとずっと愛し合って
おじいちゃんおばあちゃんになっても
ずっと仲が良くって浮気なんかしないで
浮気してもより大きな愛で許してあげて
そうしたら愛の終着点に辿りつけるのかも
いや それは違う
もっと子供が出来て孫もできてひ孫も見れて
何十人とか大家族じゃなきゃいけない
それはまた別の愛の形
ふたりっきりでも子供がいなくても
愛をちゃんと全うできると思う
そうじゃなきゃ愛はごく一部の人しか幸せにしない
そうさ 愛はみんなに平等だ
彼女なんていなくても結婚なんてしてなくても平気
愛おしいと思う心が愛だ
ペットだっていいんだ
ペットだって馬鹿にしたもんじゃない
天塩にかけて育てたペットは人間よりも
従順な愛に応えてくれるだろう
愛の与え方はひとそれぞれだ
愛の受け取り方もひとそれぞれだ
動物にだってもちろん当てはまる
飼い主の愛を一心に受け取れるなんて
ああ なんて幸せなんだろう
僕は君がうらやましいよ
そうか 僕はペットを飼えばいいのかもしれない
そうして一心不乱に愛を注げば
僕自身にもペットからの愛を注がれるのかもしれない
たぶん愛は一方通行じゃないんだね
愛は双方向なんだね
いや方向なんてどこからでもだね
イエスキリストやお釈迦さまなんて
崇められて今でも愛を全方向から受けてると思う
愛は生きていなくてもいいんだ
死んでいてもいいんだ
自分が死んでいても
相手が死んでいても
ちゃんと存在するんだね
でも自己愛が強すぎるのもおかしいね
自己愛の究極にいきつくところは
自殺かもしれないね
自分だけを愛して自分のために自分の最後を自分で決める
でもこれは愛とは違うかもしれない
これは恋なのかな いや愛なのかな 難しいね
簡単に考えたほうがいい
僕は最近 愛を感じるんだ
自分への愛だね
詩を書いているときにそれを特に感じる
再確認する 今日誰に愛されたかを
大げさな話じゃない
他愛のない話しかしなくても
仕事の同僚でも恋愛対象じゃなくても
楽しく一緒に仕事をして
そこにも愛はあるのかもしれない
ちょっと大げさかもしれないけど
男と女だけに当てはまるものじゃないし
年齢なんて関係ないし
血縁も関係ないし
だから愛は小さなものから大きなものまであるんだね
愛は矮小であり巨大でもあるんだ
愛について語るときっと終わらない
愛の話だけで何万字も書けるかもしれない
それは愛に恋してるだけかもしれない
恋に愛してるだけかもしれない
それでもかまわない
僕は愛に生き
愛に死にたい
作品データ
コメント数 : 9
P V 数 : 514.0
お気に入り数: 1
投票数 : 3
ポイント数 : 0
作成日時 2024-06-01
コメント日時 2024-06-08
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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閲覧指数:514.0
2024/11/21 22時53分17秒現在
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>僕は愛に生き >愛に死にたい 非常に共感します。いちばん優しい易しい教えが、一番尊い教えです。人間はバリアを作るために宗教 を作ったのではなく、簡単に理解して大事にできるために、世の仕組みを作ったんですね。 それらが逆転しているなんて思うこともありますが、世に残ってある全ての宗教は正しいのです。 みんなが悲惨を乗り越えるために、優しく易しい教えを、皆が伝えあってきました。 世界の成り立ちの理解はとても難しくても、教え自体は簡単にも学べるもの。 あらゆる宗教の創始者は、愛にあふれた人ばかりだったでしょう。 人の世界理解は相当な深みにまで達しています。流言飛語に人心惑わされるときも、 光があることを否定しようとする心理はありませんね。もうすぐ、夜明けですよ。 個人的な眼の具合と絡めながら読んでいるため、こんなコメントになりました。 良い詩を読ませていただいて、ありがとうございます。 作者である相野さんも、私も、同時に存在していることは疑いを入れず、思考の流れ方も 多様ですから、より多様性の増すように、こんなコメントになりました。
0黒髪さま コメントありがとうございます。僕自身は無宗教ですが、神様はいてると信じてます。そう思っているほうが自分や他人に優しく生きれると思うからです。優しく生きるといっても、資源は限りあるから奪い合いになったりもするのかもしれません。何者にも何事にも分け隔てなくというのは難しいのでしょうね。独占欲もありますしね。でも、簡単に考えたほうがいいんでしょうね。
1良いね。正直な感じ。 プラトンの饗宴を思い出した。
0野良さま コメントありがとうございます。プラトンの饗宴ですか。機会があれば読んでみたいと思います!
0ご自分の日常のレベルで愛を考察していて好印象でした。
0愛とは何か? 人間にとって永遠に答えの出ないテーマを考えさせられます。
0湖湖さま コメントありがとうございます。日常で愛を求めているからですね。孤独なのです。
1田代さま コメントありがとうございます。答えが出ていたらみんな苦しまないのでしょうね。考えることが何かの答えに繋がればいいです。
1愛は形にはないから定義は難しいですね。 それでも試行錯誤しながら愛についてあれこれ考えるのも良いのかも知れません。 本当に人と人とが信頼し合って愛し合っていれば争い事はなくなるのかも知れません。
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