彼は祖父の弟の息子であるから、私の遠い親戚ということになる。父親によると、彼は少なくとも秀才であり(高校の数学教師に数学を教えていたそうである)、高専から現役で京都大学理学部に進学した。彼は教授になりたかったらしく、大学院進学を希望していたが、父親が教授を目指すような困難な道は止め地元に戻るようにと無理やり説得した。大学院進学を断念した彼は、高校の数学教師となった。その後、結婚し子どもにも恵まれ、彼の人生は順風満帆のように見えた。ある日、母と祖父の家に向かう途中で彼とすれ違ったことがある。彼は子どもを抱いた妻とともに歩いていた。母が「知之(仮名)、最近は、どうなの」と声を掛けると、彼は「いろいろ大変なんよ」と答えた。私は他愛のない言葉として気にもしなかったのだが、実際に大変だったらしく、暫くして、彼は突然、高校教師を辞め離婚した。退職と離婚理由は持病の悪化との話も聞こえたが、本当のところはわからない。その後、彼は市役所職員となった。父親の話では、息子は市役所でも人の数倍の速度で仕事をこなし将来を嘱望されているとのことだった。ところが、ある日、彼が死んだと知らされた。死因は心臓麻痺とのことだった。私は、心臓麻痺は本当だろうか、自殺ではないかと、直感的に考えたが、翌日、新聞に「市役所職員の○○知之さんが自殺した」との記事が載った。排ガスを車に引き込んでの自殺であったらしい。彼の元妻は葬式には来なかった。
人生にもしは禁物だが、彼が大学院に進学していたならば、教授になれなかったとしても、今も生きていたかもしれない。私達が生きてゆく道筋には複数の曲がり角があり、どちらに進むかによって、その将来は異なってくるが、最善と思われた選択が悲惨な結末をもたらし、あまりの愚かさに後悔しかないような過ちが平坦な道に繋がることもある。人生は不可思議なものだ。そして、今、私達が生きているのであれば、その人生は意外と悪いものではないのだろう。彼の最後から知るべき教訓は、自身の歩みと未来に意義を見つけることによって得られる心の平安が人生において何よりも大切なものであることなのだと私は思い返している。
作品データ
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作成日時 2024-06-01
コメント日時 2024-06-01
#現代詩
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2024/11/21 23時21分16秒現在
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具体的だ。
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