※六、十
※六、十から成る
※六、十より他は、紛れ込んだ百足の悪夢の群れ
一 【創造】
自我を解放すれば、忽ち人々の輪から外れ孤独に回る衛星になると悟ってから、そう短くはない。閉じこもるそれは野生の本能か、はたまた腐りかけた純粋悪の果てか。私の日常的に緩んだ受容感覚が、それのひっそりとした呟きを録音し、ビデオテープにして誰も入れない冷暗所に閉まっていた。私は時折その部屋に入っては、テープを何本か無作為に選び出して、聴き込んでは止め、聴き込んでは止め、その幽霊よりもおぞましい超常的な肉声を子どもにも聴かせられるように作り替えたりした。粘土遊びである。
しかし冷暗所は『霊安』所でもあるのか、死体が落ちていることもあった。ビデオテープの狭間に引き込まれた、埃と塵と黴でできた綺麗な肉体が産まれて死んだと分かる。私はそれが常に欲しかった。それを急いで外に運び出しては、庭の深い湖に船のように浮かべて、ひとまず眺める。周りの草花がせせらぐ音や、死体から浮かぶ泡の音を一つ残らず楽譜に起こし、遺言なるものを体現する死体をスケッチし、それが沈み行くのをただただ待ち尽くした。
そんな生活に入り浸り、私は今日も窓の外に映る動かない空と、行進して更新される街並みを見つめている。
カーテンは頼り者だった。
二 【使命】
空からの使者は意外にも、渇いたミミズである。今にも飢え死にしそうなミミズである。粘る耳の穴から私の脳に入り、訳の分からない記号遊びを始めた。ミミズは額が肥大化して、千切れそうになる頭を赤べこのように振っていて醜い。
骨の腐臭が貫いてくるほど薄くなる皮膚。私はどうやら奴隷になっていた。ただ、一体何者の奴隷になったのかは分からない。窓の外に映る大きな古時計ではないことは確かだ。地下を泳ぐ魚たちでも当然ない。いつだったか、契約書を渡されていた。奴隷になったことの証明書である。随分遅れて渡されたものだった。
長く伸びる、粘液まみれの梯子を降りて、吐き気のするひょうたん部屋に落ちると鳴き声がする。血生臭い洞窟の奥から死にかけのカラスが鳴く音がする。かまいたちの成りすましが吹く。この音たちが契約書だというのは、誰にでも明白である。
三 【背反】
落ち着く。落ち着く。何が落ち着く。コンコン。天井に何かいる。
泥に浸かるのが心地いいのは君も分かると思うけど、だからってカバのようにはなりたくない。(選択肢の有無の問題)
とりあえず、安泰、安寧、安心、安全、これらにこき使われてしまった「安」さんは文字通り価値の低い存在になってしまった。「安」さんが本当にお前らの心に寄り添っていると思うか。所詮、天国からの小便を浴びているに過ぎない。
そんなことはどうでもいい。とにかく落ち着かぬ場所が落ち着くのだ。今にも切れそうな糸のような精神を、網膜の殻に包んで、酒乱し精力の滾った若い悪魔たちの巣窟に置く快感。
勿論、私はもう一手間加える。マゾだのサドだのくだらない二項対立に興じるカバはとうの昔に鏖殺した。悪魔がその薄い殻に触れれば、ひとたび生命の繊維が弾けて、美やら大義やらを詰め込んだ閃光が放たれる。これは一種の馬鹿げた妄想か。喧しい。お前らの原始人のようなしがらみが喧しい。心中を避けるなよ。いいか。コンコン、だな。すべてが悪魔のコンコン
四 【夢】
傲慢ガスで才能が破裂する夢。ハラワタから始まり、あばら骨、肩、頭蓋、それらが身体から逃げ出していく夢。最近は肺も革命を起こそうと躍起に息を集めている。私の体は最悪だ。不健康という意味ではない。器の上の水をほんのちょっと浮かしただけだった。水玉に映る、硝子でできた畔から処方箋を貰っていた。心の眼すらも近眼ならば、私は本当に遠くに行けない。餓鬼が井の中にビジョンを投げ込む。老いとは。
そういえば昨夜、もう一つ夢を見た。女神が微笑む夢だった、珍しい。しかし、女神の顔だけが視界を占めていたのには少し違和感があった。そこから今現実に引き戻されているのを鑑みるに、きっと私は女神に首を絞め殺されていたのだろう。そう、確かそんな距離だった。
五 【都会】
流線形に固まった光の麺が、上空を覆う中指の第二関節から突き出ている。迎えに来る。ジェットコースターが私を迎えに来る。虹色のトンネルに引き込まれる。決してブラックホールなど……。
抱えていられるか。私は今にも変身だ。変身になるのだ。私の爪も地球に被さる賢いオゾンだ。興醒める眼の奥に貴方という塵が入ろうと、私の脚はマントルを掘ろうと齷齪する。このままでいい。そのイチゴオレを吐き出す前に、このままでいい。
ちょいと換気をしよう。逆再生による換気だ。私は私の書く文章が嫌いだ。これは文章か? いや、落書きだ。私は私の落書きが嫌いだ……。?
イメージを書き始めるところからだ。寝る前の、チュートリアルドリームを君も見たことがあるだろう? 中指が浮いていたのだ、上空に。厳密に言えば大きい手だ。その中指から、何かが生えて欲しいと思ったのだな。意識と無意識の共同作業だ。それをそのまま描くとはなんとナンセンスな!! 私はその時恐怖した!! そこは大都会だった! 今、その生命体になぶり殺されると一瞬思った! その感覚が、必要ないと言わんばかりに私はツラツラと続きを連ねた! 何も関係のないことを! 関係があるかのように書いた! 本当に落書きだ。本当に……。←この、汚い兎の糞のような沈黙も、私も、ひどい落書きだ。
六 【文献】
怒りはまだ続く。解放の詩を唄おうと教鞭をとったこの内なる指導者は何も分かっていない。思い出そうか、思い出させてやろうか。私よ、私を。
たとえば私は今日二人の女を見た。女性ではない、女だ、黙っていろ。一人は綺麗な曲線を描く太腿を顕にして、地面と呼応しているかのようにリズムよく歩いていた。震える脚の細緻が充分に眼に焼きついた。しかし隣に歩く女の方がエロティックだった。長い白いスカートを履いていたのだ。ポイントは、夜の明かりだった。私はとっくに月を味方にしているため、奴は光量を弁えてくれた。神秘界のプロだ。その光に照らされた女の、尻から脚までの下半身のシルエットが浮き出てきた。まさに、現代においてベールのエロスの体感を達成した。隣の女の脚はブリキになって、身の程を知って老年の街路樹を誘惑するに諦めた。
私は、蝶に釣られる赤子のように見入った。尻の溝の腺がどこまで長く延びているか、砂漠の向こうを凝らす旅人のようにみつめた。女は知らない。風の幸せを運ぶ窓際で紅茶を嗜む自分を、黒い向日葵がじっと見てることを。
もっと着込め、もっと着込めと思っている。シルエットがいくら消え去っても構わない。私のエロスの弾丸は、確実に獲物の脳天をなぶり抜き、視姦を完遂する。そう思っている。……そう、今、私も搾取された。轢き殺されて薄く道沿いに横たわる狸のように、私も誰かにたった今犯された。やった。
七 【懺悔】
ぷりぷり。
おい。そのケツしまえ馬鹿。苦痛の兜の中に堕落した味噌スープが浮いているから、俺は朝日にこんにちはだ。門出。
ここにいても立ってもしょうがない。そして、お前を白亜期に置いてきたことを覚えて、俺は凄まじく孤独の洞穴に絵を描くんだな。あそこに見えるのは酸素か? ん? 酸素か? どうでもよかったな、これな。被弾した腕の慌てをギョッと見る!! どうでもよかったな、これ。長々。悠々とした星たちの遊泳を観察していると、袖口を引っ張り出す君の、爪が長すぎて俺の盲腸が潰れた。そこに希望が元々無くとも、俺は堂々と哭くとも。そして馬鹿なお前を荒々しく抱き込んで夕陽オレンジを吸った海になるとお前は予想したな? それは違う。俺はお前をただただただただただただただただただただただただ見ていた。喘ぎ声に一服。
八 【先人】
幹線道路からバチバチぶら下がる文字の果実が、星を装ってこっそり私に近づいて、「なぜきみ裸?」と聞いてきたので、私が「暑いからだ」と言うと、「ぼくをなめれば寒くなる。なめろん」とほざくものだから、怪訝そうに、いや反面敬意を示してなめ回して、そうして私はふと、遠くにある踏切の陰から覗く変態的な少年と目があった。
私が彼めがけて走り出すと、「あらあらドクズだこと」と果実は空に逃げ、私は汗の代わりに陰毛を撒き散らしながら、全身の毛を撒き散らしながら、皮膚を融かしながら、骨を解体させながら、グミのように燃えながら、過去と未来を突き刺す終焉の槍を嗤いながら、一旦立ち止まりながら、どういうことだ? と思いながら、と思っているだろうなしめしめと思いながら、彼の目の前の踏切をへし折って踵を激しく切り返す。
ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
俺は踏切投げ世界一だ! 果実が腐りながら弾けた。うめえ! 落ちてくる汁うめえ! 少年よ飲んでみろ! 少年! 少年!!
少年はいなかった。踏切が閉じ、カンカンガタガタドン引き列車の日常的通過。道路に落ちてるペシャンコ少年。これ君の味? 君の、味? ああ君の味か。うめえ! ひどくうめえ!
再び口内氷河期は到来することとなる。
九 【故郷】
焼きそばが腐ってるよ。何もかも腐ってるんだよお。世の中は腐ってません。世の中はいつでも清浄。空から天使の食べかすが、僕の地頭に税をかけてるんだよお。ふりかけは茄子の煮込み味が良いよな。ワンツーアッパー! 天使の食べかすは本当に綺麗だねん。脳震盪が良い温度になったから、スープに成りたくてお前は上京してきたんだろ!? その熱い想いを思い出せよ! ラッキーセブンありがとう。どこまでも旅路は続くなんて、それはおねしょだったんだ逆に。手首が渇いた、唐突にね。苦し紛れのスーパーカー解体ショー、視聴率はどこまでも黒髭の眼帯だね。ね。ほんと好きに成っちゃう。脳震盪沸騰中! 食べかす投入! 神ができちった! 話すことはもうないよ~たけし~。けむし~。ケイティ~。僕らはここから夜景を見てギルティ~。ふらっと立ち寄れ万歳街! ここには奴隷の刺身一切れ! あなたの薬指の爪と取引だ! 泡が立ってるのに、私たち、どこまでも仮病人のまま。この旅路を進んでいくそうよ。ラッキーセブンも錆びたでしょ。唐辛子が熟す頃なのよ、きっと。たけし~。
十 【完全脚論】
少し前に発現した、革命児の戯言に面白い考えがあったため、私は筆を取れた。これは実際に、一週間前に開かれた第11回美脚後期学会にて私が論じたものであり、その後日談にあたる。
先ほどの革命児というのは、先月「脚と葦」の雑誌にて編集長特別賞を受賞した者で、確かにその訴えは、我々本能の動きを絶妙に言い得ていた。以下、彼の言葉を引用する。
「一人は綺麗な曲線を描く太腿を顕にして、地面と呼応しているかのようにリズムよく歩いていた。震える脚の細緻が充分に眼に焼きついた。しかし隣に歩く女の方がエロティックだった。長い白いスカートを履いていたのだ。」【文献】より
これにはコペルニクス的転回が行われているのは言うまでもなく、彼はこの後にも論理をかざしているのだがそれは少しばかりポエティックに富んでいる。この心情のゆらぎ、すなわち「私」界における美脚学が彼の作品発表に対して、今どのような潮流を見せているのか。それを紐解いていきたい。
まず、これは一般大私にも公開されるのを考慮して、これまでの美脚学の歴史を簡単におさえておきたい。美脚学の発端は2012年、冬ごろにあったと考えられている。ある魅惑的で巨大な女性現象が二件、「私」を襲った事件があった。その現象はどれもホットパンツファッションであり、さらには黒タイツといったシークレットプレイスのエロスも持っていたがために、「私」の性状が崩壊した。性現象調査研究所に、私民らの不満の声が集まったあの衝撃はまだ記憶が新しい。その現象の研究・分析の経過はここでは割愛させていただくが、その二つの現象は後に神格化されていき、それらの奥にある美を求めようと発足されたのが「美脚社」だった。現在の美脚学の根幹を支えている。
その発端からは様々な派閥が乱立していった。黒タイツ派の主張が、美白派の台頭により勢いが下火になったことや、「他」界から流れくるスレンダームーヴには、美脚界全体が断固として、内外一致豊穣説を掲げ対立を強めた(内外一致豊穣説とは、脚の健康的な存続を前提とした、内にある肉の締まり(質)、外に見えるふくよかさ(面)などのバランスが最重要だとする、強力な権威を持つことになった考えである)。
そのスレンダームーヴとの対立が起きるまで、ゆうに四年。2016年には一般大私にも美脚界の活躍が目に留まり、皆がよく知る「シルエット」ブームが起こった(「シルエット」ブームとは、その脚が一体誰の者の脚か、脚を見るだけで個人を特定できることを競い合う、若者に流行った娯楽である)。しかし、このブームには美脚界も少し嫌疑の態度を見せ、若者の興味もじきに薄れていった。
ここから美脚界は少し低迷の一途を辿る。2019年には「完全脚論」(=「私」の置かれている環境を限定とした、完全美を体現した脚を持った女性現象の発生により、その完全さを分析し崇拝する議論。もちろん、対抗論も少なからず出てはいた)をめぐって議論が激化し、その飛び火が恋愛界や人道界にも行ってしまった。これにより美脚界は他の界隈からの圧力に苛まれることになり、純粋な「美脚」そのものへの議論が損なわれる状況に立たされた。
しかし、そこから2年後の2021年、美脚界は勢いを取り戻すこととなる。まず、「他」界のファッション流行が美脚界のニーズに合致することが多くなり、新しく得られる資料が増えていったことが一つ要因にある。また、徐々に「他」界にも内外一致豊穣説の価値観が散見されるようになり、美脚界にルネサンスのような復権運動が始まっていった。美脚が眼球民の生活必需品として浸透していくのもこの頃である。
もう一つの要因として、触覚論という新理論が打ち出されたのも関係している。これはまさにパラダイムシフトのような新展開で、美脚界に新鮮な風を吹かせることとなった。触覚論とは要は、今まで美脚を視覚でしか捉えられなかった二次元的議論の中に、恋愛界の偉業によりもたらされた触覚体験が加わり、美脚をめぐる議論に三次元の要素が入れ込まれた論である。これはまさに画期的で、内外一致豊穣説や美白派の権威がますます強まることにも繋がった。
しかし、この触覚論は恋愛界からの輸入と同時に、発展の制限が課せられていた。それは恋愛界及び人道界による、資料採集に関する至極全うな締めつけがなされており、輸入されたとしても美脚界にそのデータへのアクセス権限は殆どないと言えるものだった。
ただ、そうは言っても触覚論により美脚界が近年目覚ましい発展を遂げたことは事実だ。以上これまでが、簡単な美脚界の歴史とする。
さて、革命児の作品に戻る。先ほどコペルニクス的転換と述べた所以が、今なら読者にもお分かりいただけるではないだろうか。つまり、これまで11年間議論の前提とされてきた「視認できる脚体」なしに、この革命児は「視認できない脚体」の想像に美の重きを置いたというのである。これは決して、ただの妄言にはとどまらない。確かに、おそらくこの論理がもしも美脚社発足当時、いや、数年早く起こっていたら、妄言だと一蹴されていたかもしれない。しかし、現代の美脚研究はそうも言えないところまで来ている。
脚のサンプルを収集、保管し、自動的に分析を行う「LEGS - F01」が開発された2016年。あの「シルエット」ブームを引き起こしたこの発明品は、ブームが去った後も更に改良が重ねられていた。年々アップグレードが施され、今は「LEGS - F08W」の形になっている。この製品は、完全脚論の研究の際や近年の(触覚論を除いた)美脚研究に大いに貢献してきた。おそらく、革命児もこの製品を望遠鏡さながら常に持参していたのだろう。
日夜問わず正確な美脚観察を行える高性能な「LEGS - F08W」を使い、おそらく大変勤勉に美脚を学んできたその革命児は、ふと、それを使わずに自身の眼で対象を見つめ始めた。これは、今まで美脚界で行われていなかった対象の拡大である。そして彼はこれまでの膨大な美脚記録をもってして、たとえそれが現れていないファッションだとしても、その様相が推測されうると考えたのだ。これは、今文章に起こしてみても俄に信じがたい論理である。しかし私は、この論理における「推測」の部分は引き続き「LEGS」製品の開発に委ねるとして、その裏に広がっている美的感覚を捉えたいと考えた。
美脚界でよく話題に挙がるコンプレックスの問題を取り上げる。美脚を有する主体はよく、スレンダームーヴや美白派の意見に圧迫され、それらがコンプレックスを引き起こすものだと言われている。この問題の一つは、内外一致豊穣説により少し緩和されつつあると思われるが、いまだ美脚現前を躊躇う主体も多くいるのは確かな事実である。ここには、そもそも論として美脚現前に関わるファッションが好みではないという意見があるが、これは難しい問題であり、その好みではないことの原因を追求できる余地があると思われる。しかし、ここでは深く触れずにあくまでコンプレックスを軸に進める。
要は、そのコンプレックスの壁を一枚乗り越えて、美脚は我々の前に立ち現れるという、誰もが暗に了解する前提があるのだ。その壁の程度には個人差があるが、現前している限りその内に眠る美的要素をリスペクトし、余すことなく対象の分析をしてきたのが美脚界である。そして、その前提というのは美脚主体の自信の現れが少しでもあり、その情報は大元のエロティシズム界にも強く影響する。
では、現前しない美脚とは、一体どういうものなのか。たとえば革命児の言うロングスカートの中には、コンプレックスのみが充満しているとは決して言えないのである。それは彼の言うようなわずかな尻の曲線によって、美脚の実体が想像されることにより美の要素も内包されているのが分かるということなのだ。つまり、ロングスカートのような美脚を隠してしまうファッションの中というのは、シュレディンガーの猫のようにコンプレックスと美が両方混在し、私たちの審美眼にその価値判断を突きつける一種の美脚現前の在り方があるのである。
学会にて、この思考の概念を私は「シークレティシズム」と名付け、強く研究者たちに推した。そしてのちには、「LEGS」が取り扱う美脚対象の拡大も視野に入れるべきだとも主張した。研究者の怪訝な反応を見るからして、これは触覚論のような強い衝撃とは言えないかもしれない。また、この考えは、コンプレックス問題や他のエロティシズムの価値観が入り込んでいるため、完全脚論時代とは逆に我々美脚界の内部から、美脚そのもの(現前され視認できうるもの)を軽視する動きに陥るのではないかと警鐘を鳴らす者もいた。しかし、どうだろう。果たして純粋な美脚そのものを私たちは捉え切れる立場にあるのだろうか。完全脚論が破綻し、触覚論の台頭により美脚の捉え方が多様化した現代、どの角度の議論も結果的に美脚の追究に結び付いていくのではないか。
捉えられない美脚をどう捉えるか。まだこの動きは始まったばかりだが、私は今後の美脚界で「シークレティシズム」の一端を担い、同志と共に更なる美脚研究に貢献できるよう努めていきたい。
以上、長くなってしまったが、後日談および決意表明としてここに記録する。
2023年11月1日 脚名鉄聡(あしな てつとし)
十一 【悲しみ】
自己紹介をやめたいと思う。俺はこれからお前の虐殺を始める。ここまでが助走だ。しょんげり。まあそんなガッカリするな。お前は立派だ。お前があの太陽を貫いた日、俺は嬉しくて日本酒の瓶を叩き割れたんだ。
まずお前(1)は腕時計で絞首刑にする。時間の針がカチカチと、あの夕暮れを洗濯機で混ぜ合わせて、皺だらけの父の顔にふと、すり替わった後に、その大層なステューピッド紙を剥がして、お前の口に突っ込む。
お前(2)は餓死と凍死、尊厳死の全てを担え。棺桶のように身体を開いて、そこから出た光の剣山を俺が「へ~」と言いながら撮影するから、藻を全身に巻いて窒息死してみてくれ。あとはとにかく孤独死も頑張って達成してもらいたい。お前は優秀だ。頑張れ。
お前(3)は、とにかく死についての詩を唱えて舌を噛み切って死ね。いや、そんな早く死ななくてもいい。ああ、あの夕陽キレイだな、今日の星は一段と明るいなと思いながら死を砲丸投げのように、フラストレーションを極めて、オナラで飛び上がって宇宙で死ね。そうして火星人を真似した地球人に火星で見つかって、宇宙の化石だ! と称えられたとこで一度生き返るだろうから、セカンドライフは何か変な病気で死ね。
お前(4)はもう死んでるからどっか行け。
お前(5)は俺だな、俺とぶつかり合って死ね。いや、生きるのもアリだ。賄賂の生をお前が受け取る覚悟さえあれば、俺はお前と生きる。断ればその賄賂で首を切り裂いて、俺がその首にダイブしてお前に成って生きる。融合死か、融合生か。まぁ、俺は処刑人だから、お前に拒否権はない。それでも、なぁ、疲れたんだよ。俺の濡れた髪をドライヤーで乾かしてくれないか。ドライヤーはその机の上にある。賄賂もそこにある。転売してもいい。俺にはもう要らないみたいだ。なぁ、木の床が腐ってしまうよ。早く俺の髪を乾かしてくれないか。今日は、どこかに出かける予定があるんだ。
十二【放浪】
何から離れていたのか、離れすぎてもう分からなくなってしまった。やあ。君はなぜ立ち鏡の向こうで、白い壁の背景に笑っているんだい? 君と直面して、僕の身体は僕の心に追いつけなくなってしまった。____ありがとうなんだよ?
予兆があった。彼らは負債を帳消しにしようとする懇願書を提出しに来たけど、それはただの時間稼ぎに過ぎないと弾いた。結局は僕が、ここを旅立とうとしていたことを一番強く拒んでいたのは僕だった。そう気づいた頃には、鼻で笑えた。
今、全身に出始めている痒みさえ、私にはもう、やっぱり微笑ましい。あの手この手で将棋を挑んでくる孫みたいだ。ならばこのまま皮を剥いで、化け物に成るかもしれないよと、教えられては唸る、可愛い孫。
そんなそいつはまだ何か、次の手段を小賢しく考えているだろうなとは思う。今度は何だろう。スピリチュアルに走らないではほしいな。不運を呼び込むイートロードや、アウトプットエラーによる過独創Abgasなど。私を産業廃棄物に仕立て上げる魂胆には嫌気が差す。
そうだ怒りで鏡を割ろう。その時錯覚的に肉体も割れるだろうから、痙攣を起こす全身を楽しもう。その波エネルギーで私の声が、さらに美しく広く伝わることを、あっけらかんと、君に見せびらかそうよ。
十三 【無】
十三番。どうも、熊倉ミハイです。十三は誕生日にちなんで好きな数字なので、私です。今って、皆好きですか? 字面ではなくて、今。ああ、ちょっと待ってね、君たちの態度が青春臭いから語気を変えるね。僕はニヒリストなんだけど、今がめっちゃ好きなのね。人生楽しくてしょうがないの。こいつをね、俺ね、ずっと俯瞰してるんだけど楽しくてね。虚しすぎてもう笑っちまって笑っちまって楽しいのなんの! お前らね、希望だのなんだのガチャガチャうるさいの。漫画のメタ的考察を見てるみたいで吐き気するの。努力はいずれ実るとか、死ななければ良いことあるとか、おい、窓際にはみ出るお前、この世に希望なんてないとか、生きるのがめんどくさいとか、お前らね、全員ゴミ。俺? 俺は、無。どうも、無無無無無無無です。無は誕生無にちなんで好きな無なので、無です。なにこれ、無って無なのになんでこんなアパートみたいな字面なん? 六世帯住んでるやん、きもいなぁ。焼け。お前、焼け。焼けよ。ええ? 人なんか焼いてもいいのぉ? 駄目だよ。おい、いいから焼け。はぁ。いいか? 焼いてからがスタートだ。俺なんかは毎朝スタートのトーストを食べてる。スタコラサッサ。ちなみにトーストスターターデッキも持ってる。ちなみにね。早くスタートしろ。待て。もう少し無を摂取していってくれたまえ。いいから。お前はお人好しだね。この言葉を 読む なんて正気の沙汰じゃないね。あれ? いや、正気の沙汰だな……。お前も俺も正気の沙汰だな……。俺らはさ、死んでから生きるなんて当たり前なのにさ、なんで今生きようとするんだろな。「考えても分からない」って曲、もう何回リピートしたか分かんないけどさ、中毒性あるよな。「考えても分からない」を、色んな場所で流しながら生きてるよな、俺たち。今度フェスでも開くか。な。何千何万人も人集めてさ、皆でム、ム、歌い上げて。何にもないことを見て絶頂してさ、俺なんかムにいっぱい射精するよ。なんもなんないのに。みんな自己満足の気球に乗ってさ、今度はあの自己満島に行こうかなんてハシャギ合ってさ、ふとさ、下を見るんだ。そこに黒いゴマがきっと見える。蟻じゃない。黒いゴマだ。決して動かない黒いゴマだ。俺のムはさ、あのムには響かなかったのかなって。涙がきっと出るんだよ。涙はきっと、落ちるんだよ。黒いゴマにきっと当たるんだよ。これがきっとビッグバンじゃないのかな、って。そうするとあの無に住んでる住人も、救われるんじゃないかな。よかったな、燃やさなくて。本当によかった。お前の無関心が、今、今の命を救ったんだ。無、そして、以降、無の繁栄を君と願って。無無無無無無無無無無無無無!(13にちなんで)
十四 【影】
少し聴いてみたいんだが、未来予知は本当にあると思うか? 自己への未来予知に過ぎない。だがありうるか? いや、止めたい、こんなことを言うのは。僕はね、この世界の上の次元の存在がちゃんといると思うんだよ。これは信仰ではない。観測した事実だ。いや、そんなチンケな科学的用語じゃ収まりきらない。事実やら真実やらよりも、強いものがある。光よりも速い物質が見つかろうとしているように、イデアやらよりも奥に何かある。それは、未来予知で一端を掴むことができる。ああ、運命と一体化するってことだ。しかし、運命と一体化できる運命にあるのかという問題もある。運命に逆らった場合、何が待つのか。またもう一つの真理以上の何かが、口を開けて待っている。負けじとこちらも開けて、キス。唇のひび割れは次元の狭間だということだ。また、もう一つの問題は、どこまでが未来予知かというおふざけの際だ。
十五【詩】
そういえば呼吸を忘れていたと、思った時に一秒が経つ。この列車は、何日先に連れていって、くれるのだろう。
作品データ
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作成日時 2024-06-01
コメント日時 2024-06-23
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
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2024/11/23 18時30分47秒現在
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※百、足 ※百、足は貪る ※百、足は、飢え死んでいく領域を超えて誘蛾塔にも這い出していく
0最初にバカ正直に 六、十を読んでしまったので、もう何を読んでもそのものになってしまうのがマジウケました。最初に何も考えずに読めばよかったと思って、そしたら唸ったり頷いたりできただろうにと、二度美味しいを経験できなかったのが悔しいです笑 ミハイさんこういうの、ばちぐそセンスありますね、あー単純におもしろかったです
116 【美尻派】 脚名さんと美脚界の衝突、その落としどころは「尻」に落ち着いた。観測対象の拡大が、「隠された脚」ではなく「尻」、に拡張されたのだ。隣接する身体の部位が、その形状に影響させ合っているという仮説提唱者などによって。脚名さんはまだ不満げ。そりゃそうだ。なんなら美脚研究から、より遠ざかる風潮なんじゃないか、と。結局は皆、エロスは対象ではなくて己の想像力の中にあるという事実を直視できていない。脚名さんは絶望から、しばらく筆を取れていない状況にある。私はまだ新人の尻学者だが、彼がいなければ私がこの職に就けなかったということを胸に、いや、尻に刻んで、研究を進めていきたい。 2024年6月1日 尻沢檜
0怖いね。
117 【今】 誰もが机の上に立つ。雪は美味しいものだと唄う。薄ら笑いがすべての人々をつなげる。こわさはこわれて→こ、わ、れ、て、→わ、か、れ、て、わ、か、る、→見えないフリをする球体。
0あとでもう一度、感想を書きますが、今のところの直感をメモ的に言うと、よい仕上がりですが(今月、重量級の作品が多くね?)、反面、けっこう、危ないね。熊倉ミハイさんの資質でしょう。
1批判的態度を持っていらっしゃることに、安心しました。ミハイさんの詩の美点は、沢山ありますが、 何となく読むほど安らかに落ち着けるのは、人の願いを見渡しておられるからだと思います。 人を憎むような詩や、言葉を並べてみただけの詩、そういう詩を、皆初めは書くのだと思います。 新しい世界というものを、どの詩も切り開いていっているのだと思いますが、非難されようとも、 小さいものや、本当のものを、見捨てないで擁護する、そんな意識がいきわたっていると思います。 自らの情けなさを乗り越え、人々の中の思いを、思ったことがあるならば、そういう人の作る詩は、 自分勝手な石膏の芸術ではない、一つイデアから頭をもたげた、真実をみんなに与えようという、 切実さが感じられます。つまり、人間くさい人、悪いものと戦う人、自らの哲学を、止めない人 だと思いました。あなたの詩を見ていると、あなたはそのうちに偉大なものに届くのではないかと思います。 沢山のキッズたちが、夢や希望を目にして、育っていきます。老人は、自らの老いと戦っています。 人は、人を差別するために生まれたのではありません。けち臭いことを言わないで、自らの命 に責任を持ち、他人は他人で自らの命の責任を取る、それを応援することで、生死をいったんは 受け止められるのではないかと思います。B-REVIEWに参加した誰もが、自分の詩に自分で責任を 取っていますね。限度を設けないあなたの態度が、詩を書くという行を、どれだけでも広げて行って くれると期待します。新時代にふさわしいクリエイターとして、頑張ってください。
1これまでのお作品のなかで、最高のものでしょう。 ミハイさんは本当に筆力(圧?)があると思います。 文章の雰囲気がよくて、それだけでスキヤキソングでしたが。 各章、ことなる一人称がでてきて、え、こいつ誰?ってなるけど、 たぶん全員一緒の人ってことでオケでしょうか。 まあ、とにかく、いろいろ、計算ずくでしょうし、 (なんでかしらんけどジョジョを連想しましたね) あと、ラストで、この人どうなったのかな...っ
118 【メモ】 世界と世界をぶつける矛盾 均衡を保つ力 それを自覚する罪 無邪気さ 言葉への固定観念 ナンセンスさへの敏感度 言葉の崩壊よりも断層への傾倒 大衆的、娯楽的単語の乱用 音との関わり 一行の重さ 言葉の消費 どこへ向かうか分からない恐怖への羨望 反して、世界的に創る世界の先は現実に読まれ呑まれる どうぶち壊すかを丁寧に考えること ユーモアエロスグロテスクをどこまで連れていくか 何に縛られているか、それに気づいて壊すこと どこまでも自分は挫けないこと それは、革命的な思想がウロボロスを描くことを どうにか克服することを 探求すること。
119 【家】 さあ車掌のお出ましだ。床に座り込んだ、真珠のピアスを着けるライオンのような浮浪者を蹴っ飛ばす。 「寝てんじゃねえ! 暮らせ!」 浮浪者は近くにあった手すりを舐めて、糜爛に舌をくっつけてサボテンが立った。邪魔かもしれないが監視カメラ代わりにはなる。そう、あの時決心した肉体という故郷を喪失した、彼のような眼にどこまでも働いてもらう。 取り立てるべき賢人を二車両目から叩き出す。 「知恵を払え! 焼き払え!」 私が頭を叩くとそいつは、急ぐように本を窓の外に放った。小さな窓からすべて見える見える。賢人の長い髭が秒針でカフェオレが廻るCMみたいだ。黴の生えたタケノコが私の眼を突き刺そうとしたってそうはいかず、それを引きちぎり下ろす夏の晴天。本は消えた。本は降ってくる。本は消えた。賢人は壁に彫り込まれて次第に龍。さすがに、病を自覚するべきフェーズも燃やすべきだ。私は日本語そのもの。 かといって列車の上から少年が見つめている。一体世界に何体少年がいる? 好奇心ほど、死刑に値する罪はない。だから少年は絶滅しなければならない。なのに、私に見つかるとそいつは、双眼鏡でこちらを覗き返すだけ! 唇を見てみよう。ワナワナと、罪を犯すに違いない違いないぞ? だが動かない。我慢比べはいつまで続く? 背後に鏡が立つ違和感に、私は疾走せざるを得ない! だからどうしても忘れたい。そいつは私を宇宙に救う。そんな乗客だと信じたい。 そうやって運転席に戻ると今、壊れた街が窓にめり込んでくる。発進させたことはあるけれども、発信はしたことあったっけ。あったな。じゃあ次は発疹させるか。列車をボコボコ、そこらに発疹させようか。どうしてそうする必要がある? 私は乗客と話してさえいれば良いだけなんだ。このまま衣になるわけないんだ。何が不安なんだ。それは……車輪が夢を語ろうとしないからなんだ、まだ。いや、もう語っているし語っていない。俺がうるさい、まだ。早く奈落の底ベッドで寝たい。いや、寝息がうるさい。寝言がYouTubeでも始める。この先には何もないと、なぜ思えないんだ。音を聴け。音を消せ。聴き方も消し方も消して、一から聴いて消せ。
1東京グランギニョルを彷彿とさせる詩ですね。 人に読ませる詩(魅力的で思わず読んでしまうという意)ってこういう詩ですね。 感服してしまいます。 またぜひ読みたいです。 次回も期待しています。
120 【音楽】 パンのように膨らむキーボードのように、今に至る。タイルやらマットやらがうるさくしないでしょうに、私はどうしても彼らを鍋の中で煮込みたい。そうして煮込み終わった料理を隣人に分けたりして、彼らのありがとうを切り取って私の思い出にシールしたい。だがそんなおもちゃ箱も薄れが入ったプールに沈んで、鍵がかかったように錯覚して無意味になることなんて。どうして、どうして……。 と、とりあえず鳥の声を聴くか!? イイエ、キコエマセン。いや、聴こえるはずだ。あの木々の上に王様のような鳥が一羽鳴いているはずだ。しかしどうしても、シンセサイザーがコードを鳴らしているようにも、こうにも、ひずみを餌に鳥が羽ばたいた。 彼らのように私も休息しない。いや、休息は水面下。私は一枚の無機的な鏡で静寂を反射する。なぜか焦燥に映り出す。嫌なやつだ私は。そんなに世界は騒がしくないであろうに。そんなに世界は騒がしくないであろうに! 響く、響く、響いているはずだ、私!
1脳髄は夢をみる 確かな足音を聞きながら 子守唄は歌わずに落ちた 誰も聞かなかったのか いや、聴いていたはず 虚しさと侘しさとそれからそれから こんなにも輝かしい詩の片鱗がある 伸ばした手に指先に停まる小さな蝶 羽ばたきながら蛍光塗料の紫をばら撒く やがて沈むのは太陽だろうか それとも月だろうか まんまるの柔らかな笑顔浮かべ 仮面を被りながら笑い転げていた
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