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夕立
1 毎年夏、大阪府下の精神科診療所と、福祉作業所に所属する精神障がい者のソフトボール大会が開かれる。わたしたちグループホームきらく庵は毎年ありんこ作業所に阻まれ、優勝をゆずってきた。 今夏もコールドゲームをくり返して勝ちあがったものの、決勝で立ちふさがったのは例によってありんこ軍団だった。 2 同点のまま両者ゼロ行進をつづけたものの試合中ぽつりと来て、いつの間にか土砂降りになった。 ナインは天を仰いだ。 3 ありんこ作業所はアルコール依存によって起こる障がいをかかえたメンバーがつどう作業所である。アルコール障がいには進行性がなく、酒類へのはげしい渇望に打ち勝てたなら、生活能力、就業能力など様々な面で健常者と変わらないということだった。 障がい者にとって、健常者と同等に働き認められることは切ない願いである。 ありんこを倒したなら、障がいをかかえながら、身体能力は健常者にまさっている証しになる。わたしたちはまさにそのことを証明すべく闘ったのだった。 4 『雨がつづいたら帰る準備を始めて下さいね、』スタッフの藤田さんが全員に伝えた。 『試合に勝っていたら、』ふだんは無口なマサルが、『ボクら、健常者に勝ったことになんねんなあ、』 『せや。』応援団の白岡が答えた。『闘いたくても、この雨じゃ続行出来へん。』 マサルの横でグローブを磨きはじめた王が、 『もしオレが健常者やったら今ごろ高給取りの課長やで。』 『ウチ結婚して子持ちやった。』ミグメちゃんが呟く。 みなはそれぞれの『もしも』を持ち寄った。描いていた夢、その崩落、病前のかがやき…。 5 非情にも雨は降りつづき、審判は引き分けを伝えた。 ナインは夕立を恨めしげに見上げた。 6 試合翌日、きらく庵に大きな花束が届いた。差出人はありんこ作業所。花束にメッセージがそえてあった。 『わたしたちはみなさんと病気こそ違いますが日々障がいと闘っています。わたしたちの断酒生活は想像を絶するものです。 悲しいことに、わたしたちにはみなさんの『もとに戻れない』憤りを理解することは出来ません。しかし障がいと貧困、あらぬ中傷の中で共に生きる意味ではまぎれもなく朋友なのです。 毎回のチューリップカップで両チームは激しくしのぎを削りました。障がい者の試合としては十二分と言い得る闘いでした。 共にあの日のようにへこたれず、前へ進んで行きましょう。心よりエールを送ります。 追伸 来年、ありんこ作業所は事情により閉所となり、残念ながら今回で最後のチューリップカップとなります。ナインはばらばらになりますが、みんながいつまでもなつかしく思い出すのは、夏の日、みなさんと堂々と繰り広げた激闘の記憶なのです。』 花束は昨日の雨で濡れていた。試合後すぐに送ったのだろう、おそらくは雨の中、ありんこナインが次々さし出した時給五十円に満たないカネで。
夕立 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 829.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-02-01
コメント日時 2018-02-14
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
作品はソフトボールの試合を通してのものですが、私も以前から野球にまつわる何かを書いてみたいと思っていたからでしょうか、たとえば各連にあるローマ数字の意味など。気にしつつ詠みこんでしまいます。 4にある会話、5での審判によるコール、6のエールと雨に濡れた花束。夢と現実が裏表に攻防を繰り返しつつ交差する、そのようなことを感じました。 時給五十円とありますが、やはり実際そうなんですね。ある方からは娘さんが日給六百円と聞いたことがあります。聞き違いかと思っていましたが現実なんですね。統合失調の方には一般の健者が想像もできない凄まじい半生をからがら生き延びてきた、そうした人もいますね。やはり当事者の姿と声とを通して知る。単なる情報でなく、個々の息づかいや表情、苦しさ悔しさや喜び。また会話や協同作業を通してという。そのようなことが何よりも重要かなと思いますが。 原一男のさようならCPでの青い芝による権利奪取と拡張のための闘い抗いや昨今盛り上がりを見せるLGBT当事者によるレインボーパレードにバルバラ等。世間にある無知や国や社会が振りかざす閉鎖性排他性をめぐってのさまざまな運動の歴史。その一方で相模原での殺傷事件が引き起こされ。悩ましいですが、所謂肉体言語だけでなく、やはり詩や何かを通して伝えていくことは大事なんでしょうね。
0*訂正です 青い芝 → 青い芝の会 でした。失礼をしました。
0湯煙さん 4、5、6、という風に数字を区切るのは、強制的に区切らないとぼく自身内容を区切れないので、とりあえず区切ってしまって、そのあとで、区切ったから、じゃあ、次の展開に切り替えよう、という方法をこれを書いていた時期に何度も繰り返してきていて、ようやく覚えたのです(汗)。なので、書いていることを順々に進展させたい作品では、とりあえず数字で区切ってしまって、それにうながされて気持ちも切り替える、というのはすごく便利で、ぐうたらなぼくにはすごく楽な、やりやすい書き方なのです。 時給五十円というのは本当のことで、というか作業所ごとに違います。なぜかというと作業所での作業は法的には正確な意味で所得でも労働でもないからです。労働に対しての対価、というより、作業をすることも工賃をもらうことも、ともに福祉サービスを受ける、という行為に当たるのです。福祉サービスを受けることに過ぎないため、最低賃金の規定とは無関係なのです。作業所によっては工賃が時給で十円というところもあるようですよ。工賃は非常に安いわけですが、工賃だけで暮らすのではなく、精神障害者は障害年金や生活保護を受けられる場合が多いので、いわゆる貧困、というほど苦しい生活を強いられることは、日本人である限りないのが実情です。満ち足りた生活にはほど遠いですが、最低限飲み食いには困りません。それでもおっしゃるように健常者の想像を絶する生活を送ってきた、という事例はしばしば見受けられます。こうした立場にある人のことは、おっしゃるように実際に肌身で接してきた経験が継続的にないとなかなか理解しにくいと思います。こうしたことは、本当に、身をもって語りついでいかないと、と切実に思います。 湯煙さん、コメントいただきありがとうございました。
0花緒さん コメントありがとうございます。ひたすら嬉しいです!!
0その場の空気感が伝わるようでした。4の会話の間が心地よいです。実際のプレイの描写が加わると、登場人物たちの「障害」と一括りにされがちなそれぞれの特性が引き立ち、その後のありんこメンバーからの手紙の内容がより生きるのではないかと感じました。
0斉藤木馬さん ご指摘の通りです。 小説にしたいと考えていたのです。 ありがとうございました。
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