空にはきっとコックがいる
ぼやけた朝の青空にひと切れ
紅いサーモンが乗っていた
喜ぶ翼の生えたクマ
でも
コックは見当たらない
地下にもきっとコックがいる
家の裏庭の元気な花が
突然ぽっかり消えていた
地下の厨房にさらわれた
でも
コックはそこにいない
海にもきっとコックがいる
波打ち際で 包丁ふって
飛沫く青さのソテーを作る
貝殻にそっと盛りつけた
でも
コックは聴こえない
家にもきっとコックがいる
押し入れの中で本を読み
屋根裏部屋では歌ってる
玄関の前で眠ってた
でも
コックは死んだ
でも
コックはきっと笑っている
雪を真似ては 塩コショウ
油の雨で街を浸し
太陽の鍋で揚げている
だから
僕らはいい香り
コックはきっと走っている
サンタと共に走っている
おかしく揺れる コック帽
僕の煙突を目指してる
だから
僕らは満たされる
コックはきっと照れている
照り焼かれ過ぎて焦げている
感謝に揉まれ熟れている
料理店は今 霧散した
コックはそこ
作品データ
コメント数 : 16
P V 数 : 1063.6
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2024-03-10
コメント日時 2024-03-17
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
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閲覧指数:1063.6
2024/11/21 23時22分55秒現在
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何でも食べ物や料理に例えると楽しいですね!
2読み進めやすくて、コミカルさと怪しさがあり、熊倉さんの他の作品も読んでみたくなりました
2自分はよく食べ物をモチーフに考えちゃいますね。溶けたり固まったり、状態変化が多様で表現に使ってて面白いです。 コメント、ありがとうございます。
1ありがとうございます。 コミカルと怪しさ、伝わっていただき嬉しいです。これからは爆発とかも詩の中に盛り込めたらなと、魅力を身につけていきたいところです。精進します。
1こんにちわ。熊倉さん、熊倉ミハイさん、お名前が素敵ですね。ズルイ。それだけで注目されてしまう。最果タヒのように。すみません僻みとしてジョークに流してください。この詩は前四連まできっとコックはいる。~でもコックはいない。という希望的観測からはじまりやっぱり、というような否定感で終えていきます。そのあとの二連でまた希望的観測は復活し、どうしてこのような終え方をしたのかよくわからないのが~料理店は今霧散した。コックはどこ。などという問いを発しての仕舞い方ですね。まだ若かりし頃ほんの少しコックをしていた経験がありまして、今でこそ人気のある職業ですが、実は厨房の中を覗けば相当キツい仕事です。希望的観測から否定感へ、でもやっぱり最後は希望的観測が勝り諦観は払拭される。というのは童話にもよく見られるパターンですが、このように希望的観測を打ち消すような暗いお店の仕舞い方は、やはり想念よりもリアルな現実のほうを取ったからでしょうか。
1コメントありがとうございます。 とても作品に沿った批評、面白く読ませていただきました。嬉しい限りです。が、反面少し後悔しております。というのも、これは執筆段階の話になってしまうのですが、ここに投稿する前は「コックはどこ?」で締めくくっていました。メルモさんは、その残穢をとらえてきたのでとても驚いています。実際は「コックはそこ」で締めているというのに……。 ある方にお見せした時に、締め方に微妙な反応をされてしまったので、少し変えたのです。しかし今、「コックはどこ?」も「コックはそこ」もこの詩に合うか分からなくなってきました。「コックは 」(空白)で終わるやり方も、過去してきた覚えがあるので(あと、詩の中での沈黙は使い方を間違えるとネガティブケイパビリティの弱いものになると思うので)、少し腑に落ちない…。 メルモさんの、希望的観測じゃ終わらないから新しいというのも分かります。ただ、「コックはそこ」でも、料理店という居場所が霧散したあとでもコックは存在している、それは空や海を見ればコックの作った料理があるから、という絶望と希望の混じった苦味があると思ったので、今回そうしました。 締め方、難しいです。行じゃなく、連を解体して、まったく違った締め方に舵を切るのもアリだったのかな、とか思いました。 名前に関して、ありがとうございます。メルモsアラガイs(私はメルモさんと呼ばせていただきますが)もインパクトあって印象に残りますよ。まあ名前なんて、あってないようであるものですね。なんて。これも難しい。
0↑すみません、打ち間違いで、残穢だと汚れたものになってしまいますね。でもこれって何て言えばいいんでしょう、残影? 残像? 不思議な現象です。
0しっかりとした着想と形式があり、最後まで読ませてくれるのだが、最終連の終わりで躊躇いが見えている。「コックはそこ」では歯切れがわるい。
1コメント、ありがとうございます。終わり方、見破られ、お恥ずかしい限りです……。 「そこ」という言葉に執着したい考えではあります。形式どおり綺麗に流れていく詩情には、終わってほしくないという読み手の感情が生まれるのか、それ相応の幕の閉じ方が必要なのだなと、最近しみじみ思います。ありがとうございます。
0笑、ごめんなさいね。コックはそこ、だった。もうね、老眼なので、どこ?そこ、では大いに違う。笑。どこ?よりもそこ、のほうが前の~料理店は今、霧散した。からしてみれば意表を突かれて断然いい。まあ、中田氏の言うようにわたしも感じるけれど、それよりも~料理店は今、霧散した。って置かれてあるのをもうちょい大局的な見方から表現をひねり出してもいいようには感じますね。料理店が厳しいのはわかっているから。
1空や海の背景にコックや料理等の表現を入れ込むことで童話チックな印象に仕上げているなと感じました。
1詩を評価するような知識もないのですが、一連目がとてもよいなと思いました。他の方のコメントも勉強になります。
1コックというのは、神さま、ないしは神さま的存在のことなのかなと思いました。 すごく勝手なことを言いますと、熊倉ミハイさんは人生をかけて書きたいものに出会ったら「化ける」気がしますね。 今ある全てを惜しみなく燃やせる何か。 今がダメという話ではなくて、そういうのに出会えたら楽しいという話です。
1コメント、ありがとうございます。 人生をかけて書きたいもの、少しずつ出会えている気はしています。その種をそれぞれちょっとずつ育てていて、いつの間にかトビラさんの目の前に森として現れる日があるかもしれないです。 ありがとうございます。
0コックを印象付けつつも 実体のないフワフワしたものという 対照的な印象を与えられました。
1ファンタジックな表現がたくさん散りばめられていて、私は好きでした。色んな場所にコックが居たり居なかったり、不思議な空間を見れて楽しくなりました。
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