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映像
平行四辺形のムカデ! 全ては意味を失い 永遠に加速し続ける 森はかたちを失い 全ての距離はゼロになる 恩寵の暴力! 視線また視線の星座! 飢えた梟! 知恵も静謐もない 雷が鳴った! 雷が鳴ったんだ、遠くで! 冬は大声で叫ぶ 電脳空間に鎮座する 瞬間――ヴィ翁は嗤うだろう 自殺志願者は祈る 意味をなさない実存へ モニターは真実を映さない それはどこにもない 実在は現実と関係がない 間接照明の光だけがある 砂漠の賢者の不在 山の隠者の不在 非ユークリッド空間の無数の線は 暴く、暴露する 偽の太陽ばかりが偏在し 春の若芽は枯れている! もうたくさんだ! と、叫ぶ気力もなく あきらめて座っている 暗い部屋にモニターが光る 天使が嗤っている
映像 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 595.8
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2024-02-09
コメント日時 2024-02-15
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
コメント失礼します。 以前、&さんのコメントを受けてからこちらの作品を拝見しました。おそらく、同じような領域に関心があるのかなと、少しワクワクしております。 第一連から、意味の喪失や距離の喪失(tele )のイメージ、「飢えた梟」という言葉からジョージ・オーウェル的な終末感が漂います(世界が終末に向かう時、真っ先に梟に異変が起きる、というような話を読んだことがあります)。 そんな始まり方で、意味・空間の秩序が壊れているはずなのに、第二連は「雷が遠くで鳴る」という異常事態が発生。秩序の崩壊のまた崩壊。もうてんやわんや。 そんなメビウスの輪のような世界に対抗するには、「意味をなさない実存へ」向かうことで、同じくメビウスの輪のような存在になるのが必要になる。 第三連からは解釈が多様になるかと思います。まあ、私は人間とその無秩序世界の格闘を感じて、それが最後には人間の敗北に終わると受け取りました。敗因としては、たとえば「映像」といったものに振り回されたことによるでしょうか。「映像」は、遠くにあるであろう真実を映すだけの媒体に過ぎなく、その真実の存在証明をしてくれるものではない。だからこそ、賢者や隠者なども不在。虚構であっても存在する、と信じられていたアンビバレントな者たちは居ない、と梯子を取り上げられる感覚。 最後に、最終連の最後が一番私は好きです。この終末の手はつまり、天界までにも延びているわけです。雲の上から、直接様子を窺っているわけではない、天使たちもまた、モニター越しに世界を見つめている。「嗤っている」のは、決して天使の本性ではなく、「映像」という毒にやられた末の感受の麻痺。 この表現がなければ、救われなさ、絶望は刺さってこなかったと思います。良い詩でした。
1コメントありがとうございます。 たしかに、熊倉さんと関心領域は近いのかもしれませんね。 この詩はP.ヴィリリオの『瞬間の君臨』を読みながらぼんやりと考えていたことを書いたものです。少し前の世代のメディア論ですが、もしご興味があればぜひ。
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