作品を読む
街中の愛
「この街を駆け抜けていく時を 二人で、いつまでも一緒にいよう」との"僕"のセリフを読んだとき、アッ!と思った。そこにこそ、僕が都会(街)に憧れてきた理由が、端的に示されていたからだ。 この文を少し変えて、街を町にしたら、と想像した瞬間、僕は自分が、いわば街に眼差されることをこそ欲していたことに、気づいた。より通俗的に言えば、僕は自分をある種俳優のように感じて生きたかったということになる。そんな生き方が様になる舞台を、ずっと探していたんだと、そう思う。 もちろん、これは多分に個人的なことであるはずだ。なかには逆に、田舎町に眼差されることにこそロマンを感じる(たとえば風や光、木々など)人もそれなりにいるかと思う。 いずれにせよ、この作品は"街に生きる"様を、実にカッコよく切り取っている。「深い闇を切り裂く夜 ブラックナイト 駆け出す二人」の冒頭から、街が個々にシャープな輪郭を与える瞬間が、見事に活写されていることに気づく。 「ときめきが、やすらぎが 愛を強いものにしていくんだ」との、キリリと引き締まったラストは、そんな"街中の愛"にふさわしい。
街中の愛 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 602.5
お気に入り数: 1
投票数 : 0
作成日時 2024-01-27
コメント日時 2024-01-27
すいません、これは推薦文ですか、それとも批評文ですか。わたしにはこれらは感想文にしか見えないのですが。推薦文であればどのようなところがなぜ推すのかを筋道を立て明確になさってはいかがでしょう。せめて皆さん読んでくださいとか、皆にそのアツイオモイが伝わるように少し落ち着いて書きましょうよ。パッションで書いてしまうことは悪くないけどプレゼンになってないんだよね。ほんと自分の思いを書いただけに見えます。書くことがとてもお好きなようだし作品を見ていてもきちんと書ける方だと思っています、ですから作品は逃げませんのでじっくりと『皆にその思いが伝わるように』書いてみてはいかがでしょうか? 参考として過去の推薦文を読むことをおすすめします、アーカイプ→月間投稿作品リスト 推薦文 で読めますので。2024年8月以前のものはガラッと雰囲気も変わると思いますので。
2すいません2023年でした(*_*;
2「これは」ではなく「これらは」と表現されたところからすると、私の一連の"推薦文"をお読みになった上でのコメントかと察します。 A・O・Iさんの仰るように、筋道の立った明確で(おそらくは)論理的でもあるような、そんな批評文(推薦文)がB-REVIEW的に理想であることは事実だと思います。 とはいえ、色んなタイプの文章があった方が多様性があるとは言えると思うし、そしてまた、面白いのではないでしょうか。 もちろん、そこには一筋縄ではいかない問題はありそうです。ある程度の縛り(規範)を個々が意識して書くからこそ、いうなれば秩序は保たれるのであり、たとえば、批評と称しての感情の垂れ流しのようなことが許されるのであれば、実質「批評」と銘打たれている意味がなくなるかと思います。 おそらくA・O・Iさんは、私がそんな暗黙の規範から逸脱していると考えられているのかと存じます。しかし私は、少なくともこの作品に関しては、たしかに感想文的ではあるものの、その感想は詩作品の1つの核を成すテーマである「街」の周りをまわっているし、個人的な感慨が作品の内容を踏み越えておらず、そのかぎりにおいて、たとえば作品を踏み台にして私的なエッセイを書いている―などとは言えないと、そう思うのです。ただこの点については、「自分の魅力」なんかは、いま振り返ると相当に危ういと思いますが(苦笑) 本文の短かさ―言葉足らずな感じ―についてですが、実は私はまさに、サラリと書いて後は想像に任せる―そんなクールな(と、私は思うのですが笑)読後感を持つプチ批評的な文章(もっと上手い言い方がありそうです)が、なんというか1つの理想だったりするのです。ただこれも考えようによっては難しく、いわば軽く書き飛ばしたような推薦文を皆が書くようになったとき、B-REVIEWの風紀(?)はどうなるのか?という問題が出てこないともかぎらないかもしれません。ただ、そこのところは結局、運営の方々がどう判断されるかということになるのではないでしょうか。 長くなってしまいましたが、今回ご指摘いただいたことで、自分がけっこう危ういゾーンにいるということが自覚できました。ただ繰り返しになりますが、私としては、根本的に改めるというよりは、いわば記述の按配の調整をしていくというような心づもりでいたいと、今のところそう思っている次第です。ご指摘のほど、感謝いたします。
1話に割り入るような形で申し訳ありません。これはA・O・Iさんのご指摘とも雪月統さんのご投稿にも直接関係はありませんが、批評(≠推薦)文を書くことは、他者の作品を分解したり、時には自分の経験と照らし合わせたりすることが求められる、精神的にも負担のかかる作業だと思います。そのような過程を経て生み落された批評(≠推薦)文、これが多投((推薦文/月に5作まで)、しかし推薦文として投稿されたものが批評対象とされ、推薦なの?批評なの?と戸惑ってしまう))できてしまう本サイトの環境というのは、現状、その密度を小さくしてしまう要因の一つではないかと感じます。でも批評(≠推薦)文というのは絶対あった方が良いと感じますし、批評(≠推薦)作品の密度を大きくするためには、投稿作品と同じくらいの投稿制限を設けられて、対象作品に対する自分の考えを、真に吟味していく方が良いのではないかと思いました。
2