作品を読む
心配性人間の悲しみを感じる作品
私は自分のことを詩人だと思うことはあまりない。 しかし、女性は多く私と会うと会話の中にポエジーを感じ、無邪気や無垢を感じるらしい。 どちらかと言うと私は、物事への客観的な視点を得意とする社会批評家としての面が強いのだ。 他人のことばかり気にかけてしまう人間の不幸。 表現者は、パフォーマーとして、自分第一の人間がいいのだ。 親と一緒にいる。団体の群れの中にいる。どうしても他人の心配ばかりしてしまう。 都会はいいと思う。 自分が第一だと思う人たちが集まって、各々に生きることが出来る。 日本人はいつの間にか、お節介の田舎者と、精神障害者、それにお年寄りばかりで、萎んだ風船のような国になってしまった。これでは空は飛べない。 黒神様の、寂しがりだ、相手を見つける必要があると言った他者依存の田舎志向は、私には分からない。 障害者は酷い。 いくらなんでもいい歳をした若者が、中年男性女性に悩みを相談しているとは。 若い時は健常なら、異性のおっぱいのことばっかり考えているものだ。 大した悩みなどあるはずがない。メンタルの悩みを相談する暇があったら、さっさと風俗で落としてくればいいと思う。 遊ぶ金がない貧乏だ親が厳格で厳しい。大体それぐらいのことが原因だと思う。 親を責めるわけにいかないから、くだらない面白くもないメンタル面での悩みを相談する。 それに対しまともに答える人もいるわけがなく、全て年金目当ての茶番である。 黒髪様は、少しお疲れなのではないかと私は全体の内容を見て思うのだ。 芸術は深刻な問題を扱うものだという小難しい理屈は、私はあまり信じない。 清志郎にしろミックジャガーにしろ、辛気臭いことが大嫌いな人が私好みの芸術家だ。 昔の歌謡曲のような結びの文句もおかしい。 〜だよ 〜だよ 〜だよ。 そこら辺で脚韻を揃えたのだろう。 これはムーンライダーズが「5月の海はクラゲの海」 で用いている手法だったりする。 割と単純だ、技としては難しいことはない。 みんな疲れている。生気が乏しい。 多くの著名人が亡くなっていくが、日本にとって有難いことが本音だ。 やってきたことは偉大でも、晩年は、綺麗に消えていくことが国のためになるのだ。 砂へと化していく人間の末路を見せてくれている。 二千二十五年問題というが、あと何万お年寄りが亡くなれば、若者が元気一杯に光り輝く時代になるのだろう。 海外では、マドンナや、マリリンモンロー、シンディローパー。何をやりたいかがはっきりしている女性にファンがつく。日本女性は、マドンナのように意見のようなものを持っていないから、ただ、主張だけはあっても、何を主張しているのかがわからない。女性を大切にしてほしい程度のことを言うか、体を売りにするのが精一杯だ。 男からすれば、何をして欲しいか分からなければ、ニーズに応えようがない。手も繋げない。メールでぴこぴこ卒のない会話をしている。強引に責めるといつ訴えられるか判ったものじゃない。少子高齢化で子供が産まれないのは、フェミニズムによる臆病賛美の結果だと思う。 はっきりものを言えない人間が盾に使う言葉が、日本の奥床しさならば、ヨーロッパ化していくことには利点が多い。ヨーロッパ人も中国人も日本人を見て笑っている。人間が衰退し、総奴隷化した末に、破滅していく。どこまで落ちていくか分からない世の中を静止し続けることは、静かなるジェットコースターに乗って、地球を眺めている行為に等しい。我々はどこまで落ちていくのだろう。
心配性人間の悲しみを感じる作品 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 790.4
お気に入り数: 1
投票数 : 0
作成日時 2024-01-02
コメント日時 2024-01-11
日本の現状についてはなるほどと思うことが多かった。他者依存の文化は日本人の根っこにあるものでそれは、発展や日本の諸問題を解決することの足枷になっていることに私たちは気づかなくてはいけない。 しかし、どうすればいいのか分からず傍観することしかできない一日本人がここにいる。
1>柊山凡人様 確かに英国やヨーロッパ欧米圏は、自分がこう思う。それを第一に優先することを美徳としていると言われますね。 日本人は、やりたいからやった。そこが根っこにありながら、それを何故やったのかが、見えない。 こうこうこうで、こういう理由でやった。そういうロジックが下手なのだそうです。すると、片目には狂気に見える。 ジャパニーズクレイジーモンキー。そう言う風に思われているのかも知れませんね。 日本にいて日本で過ごし、三十年以上経ちますが、未だに正直分からない。悶々としながら日々を過ごしております。 米国へ行く。それが解決方法なのかも知れませんね。
0