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穴
トイレ、それは地獄へ続く穴。 汚い排泄物がこびり付き、いくら洗ってもなかなか落ちません。 泥の様な、土の様な、糊の様な積み重なったこびり付き。 白く、黄色い、尿ででき上がった強固な石。 洗剤すら効かない汚れをただただ一心に擦り落としていく。 全ての汚い物体はここへ捨てられ、流されていきます。 へばり付いた汚れは、亡者の足掻く爪痕の様。 ぽっかりと空いた、底が見えない穴は地獄へ続いていると言います。 「今が、ここが、地獄だ」 そう口から零れます。 そう思うほどに、目の前のトイレの汚れが落ちないのです。 洗剤は早々に切れ、壊れかけのブラシと疲れ始めた腕だけでこすり続けるのみ。 掬い取った汚れは、穴へ、真っ黒な地獄へ。 蜘蛛の糸を切った、釈迦の如く。 そして、消えていく。 穴の中へ、真っ暗な中へ。 毎日数多くの人々が用を済ませては流し、捨てていく、この穴に。 痕跡と言える尿石と汚れを大量に遺して。 「どうなっているのだろう」 この穴の向こうは。 声を出してみても、反響すらしない。 無量と言える汚物を押し流しても、無限に入り込む。 亡者の世界。 その向こうはそう言い伝えられているにしても。 擦り、洗い続ける。 また水を流してみる。 地獄へ流される、汚れを含まされる水も災難だ。 そんな風に水にさえ同情していると。 「…………汲み出せ」 穴の向こうから最悪の声が聞こえてきた。 水を流し続け聞かなかった事にしようとするも。 「汲み出せ……汲み出せ……」 声は大きく近づいてくる。 いくら水を流しても、声は近づいてくる。 何者も出てきてはいけない地獄から、噴き出してくる。 「自らの内の、善なる泉を汲み出せ」 汚物にまみれた人が、トイレの穴より現れた。 耐え切れぬ程の悪臭を発しながら、気高く背筋を伸ばし、精悍に見据える。 「あなたよ、友よ。 汚物を拭い、尿による石を砕く者よ。 その行いが報われん事を。 怒りを拭い、執着を砕かん事を。 この世で最も汚染されし世界に住まう私から、あなたを称賛する。 そしてこの言葉を残そう。 見据えるのはこの穴より深い、自らの内だ。 汲みだすのは今まで落ち込んできた汚物より汲み出し難い、自らの内だ。 自らの内の善なる泉からは絶えず汲み出しさえすれば、清澄なる水が湧き出るだろう。 私もまた、清澄なる水を汲み出し続ける。 地獄において。地獄だからこそ」 そう言い残し、穴の中へ消えていきました。 汚物と同じ様に。 見た事のない清澄なる水と共に。 落とし難い汚れと、尿石と共に。 もう磨く必要がないほどに、トイレは綺麗になっています。 それでもまだ、磨き続ける自らの心と手がありました。
穴 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1268.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2023-04-14
コメント日時 2023-04-28
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
こんにちは。 以前、「トイレの神様」という歌がありましたね。その神様のことをより詳細に解説したような作品だなと思いました。 普段からトイレの頑固な汚れに悩まされておられるのでしょうか。トイレ掃除の描写が非常に生々しいです。 トイレの汚物よりも汲み出し難いものが己の内にあるというのは、やはり仏教の教えが背景にあるのでしょうか。 仏教説話のような詩だとも感じました。 ところで、どうでもいいような些細なことですが、蜘蛛の糸を切ったのはお釈迦様ではなく、カンダタ自身だと思います。 カンダタの内にあった汚物よりも穢れたものが糸を切ったのでしょう。 カンダタはそれを汲み出しきれぬまま亡くなったのかもしれません。 それはともかく、とても面白い詩だと思いました。
0>蜘蛛の糸を切ったのはお釈迦様ではなく、カンダタ自身だと思います。 よくよく思い出せば、確かにカンダタでしたね。間違えました。 トイレの汚れに困っているのではなく、牛の水飲み水槽がたまにとんでもなく汚れていたりしてまして。 牛に衛生の観念がないがために、汚物を水槽に入れてしまっている事があるのです。 実際、この作品の着想は牛舎の水槽掃除の時に浮かびました。 また「自らの内の、善なる泉を汲み出せ」というのは古代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの自省録からの一部を変えての引用です。 哲学者でもあったマルクスが書いた自省録はしばしば仏典にあってもおかしくない言葉が多くあり、最近読みふけっていました。 あとトイレの汚さは最近見たゴミ屋敷専門の清掃業者の動画を参考にしています。 尿石が凄い事になっている動画があったのです。 >それはともかく、とても面白い詩だと思いました。 評価、感謝です。
1ボットン便所を考えてみると落ちてしまったら地獄以外の何物でもないなというのと、便所は異界への入り口という民間信仰があると聞いた事があるので、こういう表現になりました。 言われてみるとユーモラスかもしれません。
0こんにちは。茨城のりこさんの「詩の心を読む」と言う本で「便所掃除」とか言う詩を読んだことをお思い出しました。その詩になんとなく似ていますね。もう少しユーモアがあればなぁと思いました。ライトレスですみません。
0ライトレス感謝です。 その詩は全く知らないのですが、同じような発想をした人はおられるようですね。 今の自分ではこれ以上のユーモアは無理でした。 精進します。
0この作品は個人的に、分かり味深く、またエンターテイメントとしても しっかり成立しているなと思います。 人の欲望、煩悩、エゴーというものがあって、それにさらされていると 反対にじぶんのこころの内は、潔癖すぎるほど清浄でありたい、という 反対の、欲望を生むのかな、と。凄く大雑把に書けば。 私事ですが、テレビ、が駄目でして、あれは刺激がつよい。 ただ静かすぎる書斎に籠っても、神経質になるので困ったものです。
0>人の欲望、煩悩、エゴーというものがあって、それにさらされていると >反対にじぶんのこころの内は、潔癖すぎるほど清浄でありたい、という >反対の、欲望を生むのかな、と。凄く大雑把に書けば。 そこまでは考えていなかったのですが、そういう解釈もありですね。 >この作品は個人的に、分かり味深く、またエンターテイメントとしても >しっかり成立しているなと思います。 評価感謝です。
1どんなに疲れていても、トイレ掃除だけは毎日やらないと、放っておくとほんとうにたいへんですよね。人間の毒素を受け止めてくれる。でも、飛び散って、便器や壁や床につき、水分が蒸発すると、もう特別な洗剤がないととれない。こんな恐ろしいものが体内にあり、それをうまく排出している、わたしたちの体、おつかれさまです。今日は特に疲れて、もうトイレ掃除はやめようかと思いましたが、いつかわたしにもいいことがあるかもと思わせてくれる作品でした。久しぶりにちゃんと丁寧に磨こうと思います。
0>わたしたちの体、おつかれさまです。 そういや、確かに! >久しぶりにちゃんと丁寧に磨こうと思います。 予想外の方向にこの作品が役立ったみたいですね。 自分も早めにやります。
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