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沼へと
幾億の背中を辿りつつスメラギの炎に焼かれてる 明日また晴れたら吝嗇を肥やし抜身で駆け抜ける 命すらいくらか柔らかにてにをはの心を探してる 不思議な感じで迷惑と一言呟き倒れてる
沼へと ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 669.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2023-03-14
コメント日時 2023-03-16
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
一見、マトモな作品そうにも思えるが、すぐに「幾億の背中を辿りつつスメラギの炎に焼かれてる」の「てる」とか「吝嗇(りんしょく)を肥やし」のワケワカメさや「命すらいくらか柔らかに」の稚拙な言葉遣いにチンコが萎んだ。「不思議な感じで迷惑と一言呟き倒れてる」も稚拙だが、「スメラギ」や「吝嗇」という古めかしい語彙を使うのなら「不思議な感じで迷惑と一言呟き倒れてる」と舌足らずに書かないで、もっと整合性のある書き方をした方が良いと思う。 総じて、三浦くんが書くようなカップヌードル系の詩なのかな? と、思ったりした。また芸術におけるプロパガンダについては、双葉十三郎先生の弟子だと勝手に思い込んでいるボクとしては、ナチスであれ、イスラム教であれ、ユダヤ教であれ、壺売りであれ、要は「いかに表現が優れているか」だと考えている。【カップヌードル系の詩】というのは、否定こそしないが、「数こそが正義」であり、「心」なんか読者を信じ込ませるためにただ利用するだけで、「選挙が終われば挨拶もしない」奴らとそっくりだということを述べておく。それでも、生死を賭けて【カップヌードル系の詩】を量産する三浦くんの姿に感動し、追従する者たちがいるのであれば、「おまえの名は何か」と訊いてみたい。 かなり厳しいことばかり書きました。どうかお許しを。あなたのこれからに期待します。 ことばは、ふだん使っていることばがいちばん使いやすい。相手に伝えたい気持ちやメッセージがあるのなら、飾りのない【あなたのことば】で書くべきだと思います。
0にゃるへそ。敷衍してもしゃあないかなと思って。こんな難しいことばっか使っても、届かんやろと感じつつ、むしろ削ったのやがな。それにしてもおまはんやさしいな。もっとこう悪辣な美を根ざした表現もあるから、それにくらべても、説得力とは違えけど、なんとかしてえなあ。
0はじめまして。 とても難解な詩ですね。 (私はあまり頭がよくありませんので・・・) 「幾億の背中を辿りつつ」や「吝嗇を肥やし抜身で駆け抜ける」とは、長い月日をかけて、貪欲になりふり構わず何かを求めていた、というようなことでしょうか。 そして、「てにをはの心を探してる」とは、その求めているものは言葉、あるいは己の納得のいく詩句のようなもの、ということでしょうか。 でもその道程は、どこまでいっても際限のない「沼」のようなものだから、「迷惑と一言呟き倒れてる」のでしょうか。 疑問ばかりですみません。 やはり私には難解な詩です。
0難解なものに映るのは、私が畏ぶって生活しているせいですわ。 貴方のような誠実な方に、読んでいただき有難い。
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