死刑判決の日の夜に、私は家を逃げ出した
今夜死刑判決が出るよと、弟に言われたので
私は一先ずお気に入りのスニーカーを履いて、少し伸びた髪を切ったのである
工作用の、しょうもないハサミで
髪を切った
髪を、切ったのではあるけれど
それはしょうもない成長のしょうもない時間を切ったのであることにしたいと思う
私の人生は、多分一分一秒たりともしょうもなくはなかったと思う
何か、寂しさのようなものを探していた気もするし
ただだらんと四肢を伸ばしていた気もするが
人が生きることにおいて、何もかもしょうもなくはなかったと思う
そして、私の成長は一分の隙もなくしょうもなかった
しょうもない大人である。しょうもない成人である。しょうもなく背が伸びて、しょうもなく髪が伸びて
それを切るのも最近忘れてた
死刑判決が決まってようやっと思い出す程度の優先順位の低いそれは
しかしとりあえずせねばならないことではあったらしくて
工作用のしょうもないハサミで髪を切ったのである
母は、特に狼狽するでもなくいつも通りであったし
弟は少しニヨニヨと笑っていたと思う
祖父母には、まぁ言えないかなぁと思う
思う、思う、思うばかりで
多分祖父母に言えば相当に心配してもらえるだろうが
でも、なぁ
死刑判決が決まりましたって、おじいちゃんとおばあちゃんにいうわけ?泣くよ
私は私のために泣いてくれる人たちを泣かせたくないし私のために泣かない連中から涙の一粒くらい取り立ててやりたいと常々思う
また思うだ。思う、思う、思う、馬鹿馬鹿しい
考えろ
具体性のない思うの連続になんの意味があるというのだ
ないよ意味なんて
死刑判決が決まったんだもの
そう言って弟がニヨニヨと笑っている
笑っている弟は、多分可愛い
可愛いけれど、ぶん殴りたくなる
私はいつだってこのニヨニヨとした顔をぶん殴りたかったし
私のことをもっとぶん殴りたかったし
多分何より私は誰も彼もぶん殴りたいのであると思う
ですから、死刑が求刑されたのです
死刑判決の夜に、私は家を逃げ出した
裁判官から涙声の電話が届いて、スマホを持ったまま会釈して
会釈して、それで
私はお気に入りのスニーカーで床を蹴った
裁判官の声は優しかった
私に誰よりも同情的な彼は涙の出るような優しい言葉をくれたし、実際に涙が出たりもした
けれどね
やはり、思う
ぶん殴りたいと思う
私は私以外の人間が、みんなうっすらと嫌いだから
ぶん殴りたいと思う
土を、土を、壁を、ぶん殴りながら走って
どこに逃げるのかは、知らなかった
ただ、私のしょうもない成長の果てに大きくなった歩幅を確かめたかったのかも知れない
死刑判決の日の夜に、私は家を逃げ出した
作品データ
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作成日時 2023-01-22
コメント日時 2023-01-24
#現代詩
#縦書き
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2024/11/21 19時32分46秒現在
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すご
0先ず読ませる。ここ良し。 日常に死刑判決と謂う途轍もない違和感が溶け込んでいる、この筆力も素晴らしい。 詩を書く人間というものは、何処かしら皆死刑判決を下されているんだ、そう思わしめる説得力があり、ます。 だからこそ某かを記述する事に拠って孤独なゲリラ戦を行っている訳で。 卓抜にも。純文と、不条理の中間的な色合いを具えになられた、詩。
0死刑判決がでるかどうかは判決の日以前に裁判所の特定の関係者以外にはわかりません。死刑かどうかは判決の日に裁判長から被告人に伝えられます。そこをわかってて書いているとしても、タイトルの割に面白味に欠ける作品だと感じました。
0死刑判決実際に出た人はもっと深刻だと思った
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