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毛
マッカーサーが毛宅東に「あめゆじゅ、とてちてマオじゃ」と云った。 毛はベッドから飛び起きた。――ひどい夢だ――。 周音来と鄧翔平が毛の悲鳴を聞いて寝室に駆け付けた。もちろん、彼を心配しての事だったが、おのおのが手にしているアイスピックと出刃包丁を見て、毛は――殺す気か――、と思った。 毛は咳払いをした後、表情を消し、なにくわぬ顔で云う。 「――なぁ、お前ら、手頃な拳銃を持っていないか? 譲ってくれよ」 「持っているよ、毛。車にあるから、取ってくるね」 鄧翔平は気軽に答えると、屋敷を飛び出した。ボディから錆びが浮いているポンコツの軽自動車に向かって走り、ちゃちな作りのグローブボックスを開ける。ホルスターに入ったベレッタM92を掴んで、嬉しそうに帰ってきた。9ミリ口径の半自動拳銃だ。米軍の正式拳銃でもある。 「5万円ね」 得意気に片手を広げ、息をはずませながら鄧翔平は云った。 「馬鹿野郎、3万にしろよ」 毛は横柄にそう言って手に取る。 「40SW弾を20発付けるよ。だから5万円」 「――あぁ、そうか。また頼むよ」 毛はベッド脇に置いた財布を取ると、あっさり現金を抜いて渡した。ベレッタを手に取り、弾倉を引き抜いてみる。10発装填されているのを確認してから戻した。安全装置を外し、素早く銃身をスライドさせた後、銃口を鄧翔平に向ける。 「毛さん、冗談はよしてよ」 頬を引きつらせ、怯えたような声で鄧翔平は云う。そうして媚びたような笑顔をつくった。「3万にしろよ」 毛が眉をハの字にし、冷たい目で見詰め、要求を突き付ける。 「…………」 「――冗談だよ。腹が減ったから何か喰わしてくれないか」 毛は立ち上がると、拳銃をベッド脇の棚に無造作に放り入れ、ふてくされた表情のまま寝ころんだ。 毛は最近眠れないのだ。あれはどうあがいても「象はん有利」だったのだ。同志である京都出身のコードネーム「インド象のパオパオ」くんとのにらめっこに負けて、大好きなプルーチェいちご味を禁プルー中であった。 ――おやすみ前に食べれない――。それはレジスタンスとして、漢としての屈辱だ。カンパネルラもゴーシェもきっと食べてるよ。泣いた。こころゆくまで泣いた。そして、プルーチェの絵を描いた。立派なプロレタリアアートだ。自動小銃と鎌を手にした男女のヘルメットの頭上にシャンパングラスに盛られたプルーチェ。おのおのにひとつずつ。そうひとつずつ。 そんな昼下がり、台東区の蒋貝石からメールがきた。急きょ、呼び出された毛は約束した時間の15分も前から待っている。繁華街のハンバーガー店の2階は、高校生の客で溢れていた。人目を気にしながら現われた蒋貝石が、毛の前の席に座った。指定した時間どおりだ。キャメル色のざっくりしたセーターを着た毛は、より堂々とした指導者らしい印象を蒋貝石に与えた。子供じみた嬌声があがるこの場所では、会話の内容を気にする必要はない。毛は、鋭い視線を正面の男に注ぐ。黒目がちの瞳を飾る長いまつ毛、太い眉は意志の強さを感じさせる。 蒋貝石が云った。 「昨日食べたプルーチェ、美味しかった。おもわず食べ過ぎて太ったかもな。ゲップー」 毛は激怒したが、次の瞬間「俺にもくれ」と思った。 くれ、くれ、くれ、くれ、ぴー もへ、もへ、もよ、もよ、ぽー 心の闇に向かって叫んだが、むなしい。可愛い猫を抱きかかえてゴロゴロと丘を転がった後くらいむなしい。 少し離れたテーブルで、制服を着た少女たちが談笑している。どの娘の顔も、その目鼻立ちから、新鮮なプルーチェのような印象を毛に与えた。 「プレゼントがあるんだ」と、宙に漂う白煙に視線を向けながら、毛は云った。 床に置いた軍用バックから、ホルスターに入ったベレッタを取り出し、テーブル上のフライドポテトとコーラの間に置いた。「アメリカ製だぞ。お前に似合いそうだな」 蒋貝石は拳銃を手にとった。鋼鉄のかたまりは、ずしりと重い。隣の席に座っていたサラリーマン風の男が、その光景を目の当たりにしていたが、やがて何でもなさそうに新聞に視線を戻し、再びハンバーガーを咀嚼し始めた。向かいあうふたりの間には、しばらくの沈黙が漂う。 そうやって毛は己の闇と戦ったのだ。
毛 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 808.3
お気に入り数: 0
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ポイント数 : 0
作成日時 2017-12-01
コメント日時 2017-12-06
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
マッカーサー、はそのまま「使用」していて、毛沢東は〈毛宅東〉、〈周音来〉も〈鄧翔平〉も〈蒋貝石〉も、徹底的にパロディーにしている、のですね・・・ここまでやるなら、「真っ赤ーサー」なんていう遊び方でもいいかもしれない。 おもしろおかしい、スタイルに仕上げている、けれども・・・かなりブラックユーモアをきかせている。台東区・・・台湾と、ひとつ、文字が被っているけれども・・・政治的な風刺に偏り過ぎているような印象もありました。 資本主義社会の、悪しき象徴ともいえるような、フライドポテトにコカ・コーラ、そしてハンバーガー(資本主義というより、大量消費主義、というべきか) プルーチェ(フルーチェ)は、簡便で簡易式の食事のイメージ?・・・中盤というのか、このあたりが、少し筆が滑っているような感覚もあり、少女たちとの関連性が、いまひとつ(私には)読み取れず、もどかしいような思いが残りました。新鮮でぷるぷるしている、というあたりの連想なのか・・・。 〈そうやって毛は己の闇と戦ったのだ。〉賢治の「ほんとうのさいわい」は、何処にあるのでしょう。そんな問いかけを、背後に感じつつ、現状の中国や台湾への政治風刺も感じつつ。
0まりもさま、お読みくださり、ありがとうございます。 中盤というのか、このあたりが、少し筆が滑っているような感覚もあり、 じつはこの中盤をただ書きたかっただけの文章です。 蒋貝石が云った。 「昨日食べたプルーチェ、美味しかった。おもわず食べ過ぎて太ったかもな。ゲップー」 毛は激怒したが、次の瞬間「俺にもくれ」と思った。 くれ、くれ、くれ、くれ、ぴー もへ、もへ、もよ、もよ、ぽー これがこの文章の内容の全てでございます。
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