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あんこいっぱいのおまんじゅうはおいしい
きれいな身体を探している それに似合う服を着せて ていねいにノートに並べたい わたし 音階通りに鳴らせる喉を すこしだけ動かしたら プーン あなたの鍵付きのツイッターアカウントを監視しに行く 歌うことは得意だけど 誰かに聴かせるものは歌えない 自己満足でしかなかった わたしのにゃんにゃん 複雑なことはぐしゃぐしゃに丸めておまんじゅうにするの! それに似合う服を着せて なでたり励ましたり蹴っ飛ばしたりウンコ食べさせたり ごめんねって言ったり愛してるってささやいたりするの! それも全部ノートに並べるのッ! プーン あなたが知ってるドレミファソラシドは わたしの知ってるドレミファソラシドと同じなのかな 合唱をしたとしても 鍵付きツイッターアカウントは公開されない プーン きれいな身体を探している それに似合う服を着せたら 整然とノートに並べて たくさんの誰かに褒められたいッ! プーン 自己満足もできなかった わたしのにゃんにゃん お腹すいたなあ どうして誰かの曲をわたしが歌わなきゃいけないの? そのウンコおいしい? めんどくさいことはぐしゃぐしゃに丸めておまんじゅうにするの! 難しいことはわかんないんだよねえ わたし こどもを産んだよ お母さんだよ! それでもあなたの鍵付きアカウントを監視しに行く こどもに似合う服を探して ていねいにそれを着せた プーン この子 わたしに似たらきっと歌は上手いんだろうなあ だから殺さないようにがんばらなきゃッ グーグルの検索結果以上の プーン 答えは見つけられないけれど 光過敏症の瞳を閉じたら プーン 自己満足でしかなかったにゃんにゃんが 目の端っこをサッと走るのが見えた プーン できれば特別にきれいな身体が欲しい そうしてキラキラに光り輝いた世界で サッ わたしたち家族だけ ずっとずっと幸せでいたい プーン 悲しいとか苦しいとか サッ そういうことはあまり知りたくない プーン そういうことはノートに並べることができない サッ そうして世界中の不幸は プーン わたしたち以外の サッ 誰かにたくさん押しつけて生きていく プーン おまんじゅうおいしいねと言ったら プーン あなたは あんこいっぱいだねと笑った
あんこいっぱいのおまんじゅうはおいしい ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1905.2
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2021-05-29
コメント日時 2021-06-12
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
拝読しました。コメント失礼します。 これ、一見めちゃくちゃ軽薄ですけど、話者がこどもを産んでいるという一箇所だけで印象ががらりと変わりますね。 「サッ」と「プーン」はたぶん音楽的な意味で書かれているのだと思いますが、悪くない演出だと思います。 「きれいな身体」の「きれいな」をどう解釈するかですが、身体を代替可能なものとして扱っている点も現代的でいいと思います。 なんでしょうね、すごく軽薄な口調が返って生生しく現実の重みを伝えてくる感じさえしますね。 愉快犯的な作品ではないかという気もしつつ、良くも悪くもキッチュと呼ぶにふさわしい作品だと思いました。
0光は眩しすぎると何も見えなくて闇とおんなじになったりする たとえアンジョリーナジョリーナがどれだけ綺麗な体をしていても中身はみんなと同じあんこがいっぱい詰まってる 子供を産んで幸せになったひともいれば不幸せになったひともいる のっけからテンションがもうなんかヤケクソな感じでそれが面白いのとそら恐ろしい感じ のッ!との!のときがあり何が違うんだろうと興味深く思った なにか構造の背骨になるルールがあるんだろうなって ただこのリフレインなアーキテクチャだと まあ色々なテクニカルな効果はおいといて とにかく読んだあとに 意味が剥落したかわりに反復されたイメージが強調されて たとえば俺の場合はだけど 音階 おまんじゅう 鍵つきアカウント 家族 光 みたいなのが いっしょくたになって 天球儀のように回る感じになるね PS. 最近スイッチをゲットしました☆
1&さん、コメントありがとうございます。 >すごく軽薄な口調が返って生生しく現実の重みを伝えてくる感じさえしますね。 最近、詩においてきれいごとをなるべく言わないということを意識していて、 わたし自身、器の大きい人間では決してないし 道徳的で耳障りのいいことを言ったほうが 皆さんの同意を得られるということは承知しているんですけど それをしないでどこまで詩にできるのかなと。 人間の浅はかなところ、 たとえばいじめや差別はいけないと分かっていても いつまでたってもなくならない理由とか それに目を瞑って都合の良いキラキラな世界しか見ないところとか。 そういうことをいかに素直に言葉にできるかということをテーマに置いていたので、 生々しく感じられたのかなと思いました。 まあそれもキラキラな世界を書いている方たちがいるからこそできることであって こんな文章ばかりになったらそれはそれでどうかなのかなと思うし やっていることは結局みんな一緒なんですよね。 それに虚しくならないように目を背けているわたしも ある意味、きれいごとを並べている人のうちの一人だったりします。 読んでいただきありがとうございました。
0コーリャさん、読んでいただきありがとうございました。 コメントが詩的で何だか作品が生まれそうな感じで ちょっとワクワクしながら読みました。 >のっけからテンションがもうなんかヤケクソな感じでそれが面白いのとそら恐ろしい感じ 社会生活を送っていると、 「家族が期待する自分」や「上司が期待する自分」に 自然と寄っていって、 まあ寄せていかないと人と衝突が起こりますから 人間である以上そうしたほうが楽に生きていけるし どうしたって「矯正」させられていくことが 「大人」になることだと思うんですけど、 それはやっぱり本来のわたしではないし、 元々の自分を改めて見つめたときに 「そら恐ろしい」生き物であったりします。 なんていうか、そういう「かいじゅう」みたいなものを ちゃんと認識していた方が良いような気はするし 「かいじゅう」を大切にしたい気もしていて。 結局それが、他人を傷つけないことに繋がるような気がするんですよね。 わたしも去年、スイッチを購入して 今はモンスターハンターをやっています。 機会がありましたら、一緒にそら恐ろしいモンスターを倒しに行きましょう。
1A「おまんじゅうおいしいね」 B「あんこいっぱいだね」 っていう会話って、Bは新規情報を提示しているわけじゃなくて、Aに同意を示しているんだと思うんですよ。そこが一読では読めなくて最後、「プーン」が付かないのか?とか思って読んでいたんですが、むしろ付かなくていい着地になっているのかと思ってます。僕だったら B「おいしいおまんじゅうだね」 とでもしちゃう。 構成が、洋服とノートの話が縦にスライドして行ってる中を猫の話が横切って変化をつけているようで、こういう使い方があるのかなと思いました。
0鳴海幸子さん コメントどうもありがとうございます。 猫が横切るところは閃輝暗点をイメージしました。 閃輝暗点は頭痛が起きる前に起こることがある現象のことで 視界に突然、雷のようにピカっと光が走るんです。 わたし自身、ひどい頭痛持ちなのでこの光を目にすることが多くて。 現実にはない光で、その瞬間にはわたしにしか認識できない光なんですけど けっこう綺麗な光り方をするので、 皆さんにもこの光を見てほしくて書きました。 作品、お読みいただきありがとうございました。
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