いつからだろう。誰と会話をするでもなく、この場所で通り過ぎる車や人を眺めるのが日課となったのは……。ここで私は、いつも目深にキャップを被って真っ直ぐ正面を向いている。視線を横から感じると、なぜか妙に落ち着かなかった。
孤独だった。自意識過剰な私は人と関わるのが億劫で、すべてのものに無関心を装っていた。だからといって、喜怒哀楽まで捨てたわけではない。怖ければ青ざめるし、恥ずかしければ顔が赤らめるくらいの感情は持っている。でもそれを他人に悟られるのが恥ずかしく、誰とも親しくならなかった。
物珍しさも手伝ってか、ここに来て最初の数日は無遠慮に私をじろじろと見る者もいた。しかしいつしか興味を失い、今では誰も気を止めることもない。大半の者は無機質な機械でも見るような目で、一瞥して通り過ぎて行く。
本当のところは、私も人恋しかったのかもしれない。だから真っ白なスポーツカーでやってくるあなたを見たとき、思わず胸が高鳴った。やっとこんな私にも、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれたんだ。ずっと思い描いた理想の人が、あなたに思えた。あまりの興奮に体がほてり、私の顔はもう真っ赤になっていたはず。きっとあなたも、同じ思いだったのよね。私を見るうつろな目は、熱に浮かされたように潤んでいるように見えた。
この人しかいない。私は覚悟を決めて、すべてを受け入れるつもりだった。それなのに、意地悪。気持ちの準備をする時間も与えず、強引に突っ込んでくるなんて。いくら何でも乱暴すぎる。体に雷が落ちたように衝撃が走り、何かが壊れるのがわかった。そのあまりの痛さに、「パパ、助けて」と私は心の中で叫び続けた。
その時、早朝の空気を切り裂くように硬い笛の音が鳴り響いた。
ピー、ピッピ――。
すぐにそれがパパだとわかった。私のことが心配で、そんなところに隠れて見守ってくれていたのね。建物の陰から血相を変えて走り込んでくる、日に焼けた厳つい顔に柔道で鍛えた太い腕。車の前まで来ると、驚いて車から出てきたその人に向かって高圧的に詰め寄った。
「どんな運転をしているんだ。信号無視だし、おまえ酒を飲んでいるな。酒の匂いがプンプンするぞ。免許証出して。あと、壊した信号機は弁償してもらうからな」
パパ、お願い。私を傷物にしたその男をもっと叱って。そうだ、忘れていた。今日は二十日だったのね。
作品データ
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作成日時 2020-11-21
コメント日時 2020-11-21
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2024/12/31 02時56分12秒現在
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交通事故のくだり、叙述トリックのような比喩の使い方ですね。むしろ、叙述トリックであってほしいと思いました。最後の最後、傷物という言葉に、叙述トリックではなく比喩であるという決定的な事実を突きつけられたような気持ちでした。
0決定的な事実とは、交通事故のくだりが、叙述トリックではなく比喩として使われているという意味に於いてです。
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