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一瞬の素描
夕方の草原を蛇行する河。鈍色に光る北極の海。 飛行機に乗って地球の形を眺めていると、僕たちは決まってあの世界に引き戻される。 心地よくて、少し恐ろしい宙吊りの世界。 大きな月が沈んだあとの蒼い砂漠に、一人放り出された気分。濃い草と土の匂いに塗れて、 輝く夜空を眺めているような気分。世界の何もかもが不思議で仕方ない。 どうしてこの川はこんな形なのか。この氷海はなぜこんな模様をしているのか。 あの星座は? あの丘は? あの森は? その形象には、世界についてのどんな手掛かりが隠されているのか。 竜の卵のように柔らかく強靭な問いの前で、僕たちは息をひそめ、じっと立ち尽くすばかりだ。 世界には無数の色がある。無数の形と匂いがあり、音がある。 いつどのようにしてそれが生まれてきたのか、そこにどのような意味があるのか、 皆目分からないけれど、世界は時おり気まぐれに、太古の問いに対する答えを、 言い換えれば「裸の意味」を垣間見せてくれる。 凍結した呪符のような絵画。夢の地平で震えるサスペンス。最小限の音でつくられた 奇跡的に透明な旋律。そして束の間に消え去る鋭い愛の言葉。 蒼い砂漠をいくつも越え、ひび割れた鏡の海を渡り、時間の濾紙を使い切ったある日、 人類はきっと宇宙の謎を考えながら消滅していくに違いない。 街も森も風化し、やがてこの水の惑星もすっかり干上がってしまうだろう。 流砂に埋もれた都市の廃墟、そのずっと奥まったあたりに一枚の紙片が落ちている。 遠い昔、だれかが残したメモ。数字と記号を組み合わせた、わずか数行の走り書き。 人が消え去っても、刻印や記号は残るだろうか。それは、消えゆく風紋のように 精妙で気高い痕跡。世界の秘密についての一瞬の素描──。
一瞬の素描 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1703.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 26
作成日時 2019-04-20
コメント日時 2019-05-19
項目 | 全期間(2024/11/22現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 11 | 11 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 10 | 10 |
エンタメ | 5 | 5 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 26 | 26 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 3.7 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 3.3 | 0 |
エンタメ | 1.7 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 8.7 | 2 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
agathさんの作品は、いつも完成していると感じていて、尊敬しています。 なんで完成していると感じるのかなと、少し読み込んでみたのですが、実は用いられる語の意味をそのまま100%のまま書かれているのが特徴だからだと読みました。 何を言っているかわからない、という現象がほぼ起きないつくりなんです。 言っていることはわかるので、わからない部分や想像や読解で補完する部分は、語の外側に配置されているので、スマートで奥が深いなと感じます。 ありがとうございます。
0かるべまさひろさん、コメントありがとうございます。過分な評価をいただき恐縮です。 実はそれほど考えて書いているわけでもないのです。表現や言葉を考えているというより、言葉の周辺を手探りしながら、まあこんな感じかなあ、よし、これで行ってみよう、エイヤッという感じです。 でも読んでいただけて、すごく嬉しいです。ありがとうございます。
0ジョディ・フォスター主演の「コンタクト」という映画の中で、主人公の宇宙飛行士が宇宙に行ったときに言うのです。「私は科学者である自分こそが宇宙に行くべきだと思ってた。でも、それは間違っていた。私には、この美しさを言葉にすることはできないから。宇宙に行くべきだったのは私じゃなく、詩人だ」と。 僕はこの映画のこのセリフがとても好きで、この作品を拝読して、そのことを思い出しました。詩人は、詩は、やはり美しさを語るものなんじゃないかと僕は思います。詩はそれだけのものではないとしても、それでもやっぱり。 この作品のような美しい詩を僕も書きたいです。
0詩書きの物思いをそのまま誠実に描写したような出来映え。まさに一瞬の素描。読者にこのやや長い思索が、本当に一瞬のうちになされたのだと思わせる表現があれば、もっと良かったかもと個人的には思いました。
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