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おかえり
約束なんてしないでくれよ、気持ち悪い。 ことばがほぐれた矢先、僕はつめたくかじかんだ手をいたいなぁと揉んでいた。その時、言われた。あぁそうだ、約束なんてするなんて気持ち悪かったな。僕は呼気をにわかてぶくろにして、すまない今のは嘘だと謝った。 嘘なんてつかないでくれよ、( ふてくされた眼鏡の彼を、なんとか部屋へ導くためのことはじめ とりあえず、と喉元まできた気持ち悪い言葉を飲み込んで つづきの、うちであたたまろうを引き出すこの舌の様相は 下手くそなさくらんぼのタネ飛ばしの距離で地面に落ちた 冬は寒いよ そう言うと あたりまえ 建物に近付くと、風が止む。この理由を僕は知らない。替えてもらったばかりのまぶしい外灯から彼を守りぬいて、コンクリートの二段上。じーっとオケラか鳴いていて、スマートメーターにじっと立ち止まる。 スマートのつぎは何? そう言うと ネオとかじゃん。 ネオのつぎ、なんて気持ち悪い言葉は口にしない てぶくろの剥がれ落ちた左手で、きついポケットのなかから鍵袋を取り出す。この袋が厄介で、難関だ。僕は、ほんとうに、なぜだかこの袋のなかから鍵を割り出すのに相当の時間を必要としている。だからつい、ごめんと謝ると、 別に… 自分にも苦手なことはあるし。 十一月の眼鏡の彼の十月の男とは一線を画す反応に、十二月の彼にもなってもらった。 十月の男(も眼鏡だった)が頭をかかえる(部屋を散らかすなとか衝動買いをするなとかの)案件では眼鏡の彼はたなびく程度 瞳とレンズの二重構造の僕を覗き込めば、 そのピンク。 不思議な瞳孔は幾重にもなった鍵束に反射しているのか、薄いプリズムを放っているようにも見えた。いやぁ、光の加減で鍵が見出だせれば素敵なんだけど、これ毎回。 爪をなくした右の親指の指紋の具合で、鍵を判別する作業に、人生の三パーセントを捧げている。これが三十になれば、保健所も対応してくれるのだけど、査定課長代行さんに平成かよって嗤われたおもいでがおもすぎて、もう公的機関嫌い病になって永い。十月の男には旧型の鍵にすればなんて言われたのもなかなかおもすぎるおもいで。おもいおもいできずつける。おいもおいも。 眼が、 ゆっくりでいいよ と言う。 波打ち際で、ゆっくり過ごしていたのはいつだっけ ぜったいに彼とではないのに なにかもっとどうしようもないものに 捧げてしまったな 無数に思える鍵束の攻略の要は、ループ構造から集中して飛び出すタイミングにある。 親指が指紋なんてもうわきませんとネを上げるのを図って、一気に左の親指で誤魔化すのだ。認証のアルゴリズムに、劣化が生じる二巡目で、もう一度正規の指に戻した瞬間、扉は開かれるはずだ。 だが、このシビアなタイミングは大抵十回に一回しか成功しなくて。 その試行の八回目。 寒くない? そう訊くと 大丈夫だよ 九回目で開けるから、今日は調子よいから、と意気込んだ。 約束なんてしないでガチャリ びゅおっっと風、いやプチ気団の押し込みにつんのめる。ぎゅっと腰へ、上回るつよい力が、ほそっこい腕が、回り込む。 そのつよさに僕は保たれる。 大丈夫? そう訊かれると、ありがとう。 礼なんて言わないでくれよ、気持ち悪い。 なけなしの金で買ったのに、彼の方が高い靴を履いているのが見てわかるのが世知辛いけれども、僕は彼と一緒に靴をそろえて、玄関マットに歩を乗せる。 きっと我が家で一番ネオスマートなコタツがすぐにあたためてくれる。眼鏡がわずかに曇ると、キラキラとこまやかに照った。水滴のひとつぶ、ひとつぶ、総てに僕を照射するのが彼の瞳だ。 もしかしたらもしかするかもしれないよ。 うちであたたまろうを引き出すこの舌の様相は もしかしたらもしかするかもしれないよ。
おかえり ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 821.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-05-13
コメント日時 2018-05-25
項目 | 全期間(2024/12/27現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
本作が投稿されてから、何度かチラ読みしながら、気になっておりました。僕が彼との距離感を測るような空気感があって、その空気はアルゴリズムような法則が不透明な気持ちのようなもの。 >もしかしたらもしかするかもしれないよ。 このフレーズは僕が彼に対する未恋のようで、不透明な気持ちが増す感じでぐっときました。 かるべまさひろさん、当掲示板への参加有難う御座います。
0悪い意味ではなく、まるで短編小説を読んでいるようでした。最後まで読みきると、ああ、これは詩だったな、と思いました。 発達障害らしきものを抱えた「僕」が終始語るのは、ことばに縛られてしまう不器用さ、望んでもいない身体や心の鈍感さ、そして、飛び込んでくる世界を受け止める感性、一握りの期待と、それを打ち消す不安。 私が世間知らずなのか、僕と彼との関係はうまく決定付けることができませんでしたが、それは大きな問題に感じませんでした。 僕が右手親指の爪をなくしてしまったのはもしかしたら噛みすぎてしまったからかな、などと想像しました。 「もしかしたらもしかするかもしれないよ。」というフレーズには、この詩を詩たらしめる成分が入っていると思いました。 僕は彼の自分を守ってくれたという思いがけない行為に出会って、この人なら、自分が今まで味わってきた苦悩や苦痛をこれから解放してくれるかもしれない、自分が笑われたり頭を抱えられてきた、嫌な思いをしてきたことが報われるかもしれない。そういった思いを強めていく。けれども、そこに決意や確信はなく、きっと同じくらいにその希望を否定してしまうだけの積み重ねがあるのだろうなと感じさせられました。 ここでは出来事による変化は起きずに、ただ、僕の期待と不安が裏返りそうになりながら膠着しています。 とても素敵な作品だと思ったので早くコメントしたかったのですが時間がかかってしまいました。ありがとうございました。
0三浦⌘∂admin∂⌘果実 様 コメントをありがとうございます。 「未恋」という言葉ですごくハッとさせられました。 (言葉の意味を調べると自分の感じたニュアンスとは別の “恋をしたことのない”といった意味が出るのですが) 自分では“何を”書いたのかよくわかっていないことが多いのですが、 何か言い当ててもらえたような、 でもニュアンスのままでいてくれるような、 ありがたい気持ちになりました。 ありがとうございます。 ◆◇◆◇◆ はさみ 様 コメントをありがとうございます。 「発達障害」は意識しても無意識でも永遠の性格なので 自分の創作物では月並みにエッセンスになっているかなと思います。 「噛みすぎてしまったから」というのは面白く感じました。ありがとうございます。 自分でもなぜ「僕」の爪ないんだ?って想像したのですが、 ドジでドアにでも挟んだのかな昔……なんて膨らみました。 なるほど、「期待」だけでなく「不安」もあるから、両面の気持ちが重なっていたのか、と 自分では読解しきれていなかったので、すとんと胸に落ちました。 ありがとうございます。
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