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Feeling Old By 21
1. いつもバカな男が捨てられる。バカと純粋は同じ事だ。それにバカは自分が何も見ようとしないから、手遅れになって、めそめそ泣く。泣きを見るというやつだ。 バカな男が中学生の時にバタイユの『眼球譚』を読んでちんけな性器を勃起させている頃、彼を捨てることになる可憐な少女は、深夜まで受験勉強をしていた。有名私立女子高校に入学するためだ。 「脳味噌を搾ったら、精液が滴りそうだよ」「肺を搾ったら、形が崩れて、どす黒い液体になるよ」「混ぜ合わせたら、雨雲みたいになるかな」「ごめん、運がなかったね」 涙も流れやしない。物語は、望んだものとは違う結末を、つい今しがた迎えてしまった。我知らず感情移入して、この人たちだけでもしあわせな未来を受け取って欲しいな、と思っていた誰一人として、運命に、そう呼ぶ他ない何ものかに、吸い込まれて消えて無くなってしまった。何かに限りなく近かったのに。しあわせ。その手前で、ハッピーエンドを断念した後にさえ続く過ちの数々。 それは満腹感に似ている。腹がいっぱいだと死にたくなる。あるいは、証明しようもないが、きっと死んでいるようなものだ。 そうだ。オレの意志はオレのものではないのだ。立ち上がり目的地まで到る数歩のうちに──それは狭い一つの部屋のなかの空間だ──動因がつまり意志が忘れ去られる。 時計がないと不安になった。本当はずっと不安だったのかもしれない。あの頃。成長して骨が軋む音のなか、青臭さに満ち溢れていた。バカな思いつきで、腕時計を海に捨てたあの頃。その間。ずっと。 憂鬱とも疲労等もつかない気分を表出する溜息と、ほとんど肉体的な快感からくる歓喜の涙が、混ざり合う場所。 泣くのは好きじゃない。特に人前で泣くのはごめんだ。でも、やたら泣いていた時節があった。なんだかいつも泣いていた気がする。周りの友達を巻き込んで。みんなの涙は同情や憐みの涙だったろうか。だったらなおさら惨めだ。その甘えが。 特権的なのは、この現在、つまりいま進行しつつある一九九九年ではないのだ。すべての時間の中心にあるのは、あの夏、あの昼と夜、真っ赤な絵の具をぶちまけたような、《九七年夏》。あの日々だ。《九七年夏》は、オレの記憶に対する越権行為だ。その傍若無人の数々は留まるところを知らない。もし自由が流れつつある時間のなかにしかないなら。その限りでオレは《九七年夏》に決定的に自由を奪われている。おれはケヴィン・スペーシーが好きだ。精確には、彼の存在が、映画を見るオレに与える影響がたまらないのだ。彼の名はタイトルロールにもエンドロールにもない。 「現場についてスタッフにあいさつをしたオレは驚いた。驚きそして動揺した。思い出の奥深いところにずっと埋もれたままだった、何か神聖なものが砕け散るのを、オレは感じていた。オレが驚いたのは」物は流産されること。 一度夢中で祈ってしまったら、祈ることをやめるということは不可能だ。それは神とは全く関係がない。夢そして祈りの外は、どこまでも遠ざかっていく。 トラウマの治療。その原因を断つ。それは殺人者になること。けれども、そこには存在の壁がある。「自分自身が消え失せることよりも、誰かを殺してしまうこと方が恐怖だ」ったらどれほどいいか。それを祈り続けている。 別のそれはそれで構わない。罪という中身のない言葉が、細胞の一片一片にまで貼りついて、喰い込んで離れなくなっている以上、それをそれとして生きるしかない。それが考え得るあらゆる方向のなかで、極限的に生きにくいのだとしても。他を選べない。初めから何一つ選んだわけじゃないから。 それにしても、やはりすべては引用なのかもしれない。オレは、誰もいない宇宙空間でぷかぷか浮いているわけではないのだ。この全般的な引用可能性、つまり反復可能性は、現実的にそして具体的に体験される。オレはその空虚のなかに落ち込んでいる。 書くこと、そして読むことは、オレが生きることそのものだ。そこに身体がある。肉体がある。ばらばらに散らばった欲望がある。だからオレの人生は引き裂かれる。 恋愛とファックが、いつも抱き合わせ商法で売られている。他にはないのかと言いたくなる。 消尽ごっこは、悲惨な事態を巻き起こした。 オレはと言えば、退屈だった。 その何も無い空っぽの時間のなかでは、ニコチンとアルコールに酔ってしまうのがいい。焦点の定まらない意識にとっては、空虚な時間のテンポが、なかなか心地よいからだ。 K氏とN氏とB氏とA氏は、彼方の倫理を語った。彼/彼女らは倫理性の限界そのものを押し拡げながら生きた。また同じことだが、原則的に狂い死んだ。 いま、オレは彼/彼女らから受け継いだ一つの倫理を手にしている。それは強烈であるがゆえに、些細なことで砕け散る。 眠気や空腹感、疲れや酔い、ちょっとした悪天候、あるいは病にすら歯が立たない。 それにしても、二一歳で老いを感じることになるとは、思ってもみなかった。 2. つねにすでに開始されてしまっている戦争状態のなかで。オレの、諸家族、諸友人、諸先生および諸先輩たちを、簒奪しようとする輩。親し気な仮面を被った仮面どもへの宣戦布告。 《忘却されかけている運動を反復せよ》 「同情だけじゃ…不満を感じちゃうわ…そうね…子供は夢や理想を…見るけど…大人はね…現実を見ちゃうのよ…でも大人を責めないで…現実を見るのって…案外残酷なのよ」 「本当かよ」と反論されるかもしれない。しかしそれは、彼女が涙を流していなかったら、という条件つきでだ(彼女は泣いている)。 「別に普通のことじゃないのよ、生まれてきたことは…この宇宙のほとんどが《死》なんだから」と少女に変装した少年は言った。 踏み越えてはいけない線や、開けてはならない扉なんてものは、はじめからありはしない。気づいた時にはいつも遅すぎるし、ヤバいと感じた時には、たいてい絶体絶命の危機の真っただ中なのであって、暴力的にそれを受け入れることを強要される。オレは《九七年夏》の真実を知らない。それ以前やそれ以後についてなら、知っていることはある。だけど《九七年夏》については、何も知らない。しかも、そのことに気づいたのもつい最近だ。K先生と話していて、突然気づいた。しばし目が宙を彷徨って、呆然とした。 そもそも、時間は、いや時は、流れているのだろうか。
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Feeling Old By 21 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 436.6
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-03-03
コメント日時 2025-03-04
項目 | 全期間(2025/04/12現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
前半の、執拗にエロを描くところがとても好きです、金井美恵子みたいな。
1初めまして。 何だか万華鏡のような詩なので、 どうにも照点が定まりません。 また、後程、コメントさせて下さい。 (それは、何時間かもしれないし、何日後かもしれませんが。) ありがとうございます。
1こんにちは。 とても、意地が悪い作品だと思います。 1.は、現在進行形で語られてると思いきや、途中で「1999年」という年号が出てきて、認識をチェンジする必要がある。 まず、バカを純粋なひととするのは、如何なものか。 「騙す」「騙された」の世界では、 純粋は、バカかもしれませんが、 学力の世界では、純粋はバカではないと思います。 >そうだ。オレの意志はオレのものではないのだ これは頭ではなく、身体的欲求(或いは本能的欲求)の方が強いのだと受け取りました。 成長期には、身体のコントロールが出来ないことが、 しばしばあるからです。 >腹がいっぱいだと死にたくなる 満たされると、そこが絶頂だということでしょうか。 >時計がないと不安になった は、時間的な縛りの必要性と受け取りました。 そうですね。 やはり外出時は、腕時計か携帯か、時間が分かるものを持っていたいです。 (この詩の核の1つは、「時間」だと思います。) この詩は、詩中の1小節、1小節に分けられるのですが、 書いていると、ちょっと果てしないです。 休憩して、どうするか、ちょっと考えます。 という訳で、方向転換します。 1.は、《九七年夏》を軸に、「1999年」の21才までを描いていて、 それは、せいちょうき(性徴期、成長期)特有の精神的不安定な時期に、 作者さんの不安だったり、コンプレックスだったり、価値観の変遷だったり、 あらゆる「ゆらぎ」を体感し、 「老成した」と感じさせるほど、作者さんは 疲れはててしまいました。 残ったのは、「空虚感(虚しさ)」だと思います。 2.は、おそらく、現在(2025年)へと飛んでいる。 「大人とは」的な思考が述べられており、 色んな経験を積んだ現在。 次の鍵である《》。 《忘却されかけている運動を反復せよ》 《死》 《九七年夏》 そして、 >オレは《九七年夏》の真実を知らない。 単純に《死》を直感として知ってた19才の頃と、 確実に《死》を現実として捉えようとするようになった現在とのズレ。 そして、ラスト。 >そもそも、時間は、いや時は、流れているのだろうか。 私の感覚として、 物事を直感や感性で知ってた頃の方が、 良かったと思っているのかな?と思いました。 ありがとうございます《撃沈》。 (疲れはてました。ふぅ)
1金井美恵子さんとの比較嬉しいです。この詩を書いていた当時『岸辺のない海』を愛読していました。
1こんばんは。 丁寧な感想ありがとうございます。読者に解釈を委ね、自己解説めいた応答は控えさせていただきますが、疲れ果てるまで私の作品をしっかりと受け止めて下ったこと心の底より嬉しく思います。
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