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輝き
時が輝いて光を走らせる 疾走してやってくる光が暗闇の世界を明るくさせる 無明を明るめる仏性よ 私は夜眠りにつくとき心で朝を待った 朝にはみんなが愛の気持ちで起き上がって支度を始めた 夜ずっと考えていたことが感じることで朝に確かになった つまり昨日より良い今日 輝きは雨だれを浮きだたせるもの 光と輝きは相互一体になって存在している 一体輝きとは谷底からのSOSなのだろうか みんなが谷底にいて自らの力でそこから出られないのであれば 上にいる者がロープを垂らしてやらねばならない その救いを求める心こそが輝きである だから誰もが輝く 誰もが空を仰いだことがあるはず 気持ちを落ち着け涙をぬぐって 恋しい人に希望を分けてあげたい 自分の足で私の所へやって来て 私をどうか拒絶しないで どうか私の心の中の最後の無明をあなたの光で照らしてください 私は押し付けることもなく待っています あなたはいつも頑張って何でも乗り越える 一人では不可能なことを変えられない この世は不可能なことばかりで制限されていた さとりの力を以て不可能を可能に変えられるのだ 私たちが力を合わせ全力を出したなら 不可能なことはない あなたのことを信用していますので いつかともに会いましょう 永遠に触れる瞬間を 私はずっと予感していました 涙に震える私の心をきっとあなたが救ってくれるのだと 光と輝きの中へ共に歩んで入っていく想像を ずっと繰り返してきました 心のドアを開けて 一緒に涅槃に入りましょう 私とあなたは慈悲の心をもって 歴史的存在になりましょう 私はあなたの手を引きます 自分の中の輝きに気づいたなら 迷うはずもありませんね いつか手を結んで 光の中へ
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輝き ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 29540.2
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2024-12-03
コメント日時 2024-12-18
項目 | 全期間(2025/01/18現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
黒髪さんの作品は、一貫した宗教的とも言える理念の元に基づいているため、作品内でブレがあまり起きない。それは大人としてのオブラートに包まれたもので、本当は子供の部分が少し抑圧を抱えているのではないか? と感じたりします。 懐疑や錯綜目眩と言った精神的なものでも、肉体的なものでも作品内で現象としては色々起きているのだけれど、全体としては読んでいてブレの少ない展開になりそうな安心感がある。実際は個人の内面の中で色々葛藤があった中での仏性なのでしょうが、文章自体はとても明るいと思う。 >時が輝いて光を走らせる 疾走してやってくる光が暗闇の世界を明るくさせる 一行一行噛み締めて読むと、ドラマ性が感じられてロマンティック。 最後はよくできたラブストーリーを思わせる内容で、とてもいいと思います。
0無明を明るめる仏性。歴史的存在。自分の中の輝きに我々は中々気付かないのかもしれません。涅槃に入る意味を考えさせられます。昔「涅槃」の意味を問われて答えられなかった大学時代を思い出します。英語で答えなくてはいけなかった昔です。
0文章が明るいと言ってもらえて、よかったです。抑圧は、病気のためです。 人同士が、それぞれに考えということをできることを、最上の善と見ますので、 考えるのが得意そうな万太郎さんにも喜んでもらえたかな、と思います。
1もともと誰もが持っている光り輝く心を、曇らせるのが、煩悩です。 それを治す方法は、修行以外にありません。全ての人が、何らかの善行を受けて、 生きてきています。外面的なものに囚われるのではなく、考えということを 第一に思って、考える楽しさ、喜びを習得してほしいと考えるところです。
0肯定的な明るさにあふれてますね。 光への信頼。 明日への信頼。 そして他者への信頼。 ここまで世界を光あるものとして受け止められれば、生きるのも楽しいのかな、もしかしたら死ぬのも怖くなくなるのかなと思います。 一種の悟りの境地というか、理想郷というか、そういうものを垣間見た気持ち。 自分は近づけないのはわかってるのですが、少しだけ影響を受けていたいな。この詩の心境に。
1こんにちは。 光は現実に存在しているものであり、どの場所にあっても普遍的なものです。『金剛般若経』で、 師が、この世は、「星や、眼の翳、燈し火や、まぼろしや、露や、泡沫や、夢や、電光や、雲のよう、 そのようなものと、見るがよい」と説いています。私が思うに、地水火風が、眼で見られたものが、 本当のものなのだ、と言っておられるような気がします。それらは、知ろうとしても知り得ない 法というものに、従っており、その観察から、法に違わない本当の見方ができ、生き方ができる ようになるのかと考えます。光とは、眼で見るために必要なのであり、その恩恵は、私たちの 心に、本来的に無上の喜びを与えるものだと思います。つまり、光なしでは世界は成り立たない。 眼は、光に適応して、生物が獲得した感覚器です。私は修行に生きています。 心の中にある光と、外界にある光が、同一であると見通すならば、それがさとりを得られた 状態なのだと考えます。だれしも心に光を持つ。それが外界と調和するとき、心の悩みは、 軽くなるのだと思います。言葉を使って、表現と、思考を調和させる詩作行為が、意味深いのは、 それが修行の一つであるからでしょう。人との和がなければ、生きていけません。 誰が譲るのか、と言ったところでしょう。心は危険に満ちていて、それらを制御する 行為の積み重ねが、光の要請するものだと思います。なぜなら、光は差別をしないからです。 方向を見出したなら、完全な状態を広げられるよう、歩んで行かねばならないと思っています。 心理を破壊する行為と言葉を使わず、心理を和らげる行為と言葉を使うことで、人間関係も スムーズで生産的なものになるでしょう。方向を間違えず、やっていきたいものですね。
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