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ダグマ 2
海岸通りの華やかなホテルの中でも、最も格式と美を備えたそのホテルは、夕暮れになると七色の照明を壁の全面に映しだし、流れる虹のような美しい演出をした。そこは学校と海岸通りのはずれにある私の宿の中間に位置していたので、私はいつも立ち止まってその虹色の饗宴をみていた。ダグマも誘って、ふたりで植え込みを囲む石のベンチに掛け、頬杖をついて眺めた。 そのころ世界的不況の波が南仏をも襲い、ホテルはその名物の虹のショーをある日やめてしまった。ところがそのショーが、私とダグマが通りかかるとき、なぜか再現されることに気がついた。ふたりがあまりにも無邪気に喜んでいるのを、ホテルの警備の黒服の人たちが気づいたのだろうか。彼らが持っていた電話の子機のような大きい無線機で連絡を取り合って、私たちが通りかかるとき、粋な計らいをしてくれている気がした。その後も何度も関わりを持つことになるマフィアの匂いのする黒服たちに、私は親愛の情を抱いた。 映画祭の5月、南仏の街はすでに痛いほどの真夏の光の中で、静かな興奮と熱狂に包まれていった。私は情報の真空管の中にいたために、学校から日本映画が上映されるときに優先して回してもらえる、赤絨毯のチケットを逃していた。残念がっていると、アンドレアスがダグマと私の分2枚を都合してきてくれた。私たちは大喜びで、ダグマの部屋で正装が義務づけられているドレスの品定めを互いにした。 夕刻、胸をときめかせ裏手にある小さい門から会場に入ろうとして、すんなり通った私の後からくるはずのダグマは、黒服の門衛に入場を禁じられた。私は驚いて理由を尋ねた。彼は冷然として、ダグマの服装が正装でない、というのであった。つい数日前、私は同じ会場でトレンチコートのまま入場できたのだ。ドイツ人のダグマに対するフランスの嫌がらせに違いなかった。抗議する私に、ダグマは「別の会場で映画を見るから、あなたは日本の映画を楽しんで」と言った。彼女と一緒に外に出ようとする私を押しとどめ、涙をにじませた目を残して走って去っていった。 私はコンペティシャンに出品されたその年の日本映画を、どれも評価しない。同じように感じる観客が多かったと見え、途中から靴音も高く退場する人が目立った。私も途中で映画館を出た。再会したダグマに聞くと、ダグマの観たのはおもしろい映画だったというので私はほっとした。 ドイツのダグマがフランスにいるということ、ドイツがヨーロッパにあるということが、私にも少し理解できた。それは、かつて本多勝一氏の著作から、初めてうかがい知ることのできた、加害者としての日本がアジアにあることと似ていた。戦争当時子どもだったダグマや、生まれてもいなかったアンドレアスが、ふいにときおり受ける仕打ち、黙ってそれを受け入れ、(道路に犬の糞が辺り構わず落ちているフランスを憤慨しながらも、)この国を好きだとダグマは言った。
ダグマ 2 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 986.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-03-15
コメント日時 2017-03-19
項目 | 全期間(2024/12/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
最初は心温まるお話だなーと思って読んでいると、心臓の中に小さな氷が投げ込まれたような気持ちになる出来事が起こる。南仏、映画祭、5月、赤絨毯ということは、おそらくカンヌ国際映画祭だろう。様々な差別を扱った作品も頻繁に上映される場で、このような人種差別が行われるという皮肉。 作品では「戦争加害者への差別」が取り上げられているが、実際には国家、民族、人種、文化など様々な要素において、互いに差別したりされたりという状況が今も続いている。特に過去の戦争に起因する差別は、単に第二次世界大戦だけの問題では無く、さらに歴史を遡った様々な因縁がある。過去の出来事について学び忘れないことと、過去の出来事に拘泥してそれに縛られることは似て非なるものだ。新たな差別と暴力を生み出すためではなく、差別や暴力を根絶するためにこそ、人は過去を知り学ばなければならない。この詩を読んで、そんなことを考えさせられた。
0お待ちしておりました。 日本でも様々なヘイト問題がありますね。 私の住んでいる地域は外国人も少なく、軋轢もあまりありません(私の知る限りでは)私自身そういう意味ではごく「常識的」な家庭に育ったので、「普通」に差別はいけないと考えます。 しかし、それ以上は考えられず、他人事と思って見てきたのが本音です。 考え始めると、差別される側はもちろん、差別する側の心境も考えてしまい、混乱します。複雑な気持ちになりました。そして私は歴史について殆ど何も知らない。 個人ではなく、国家のしたことによって、個人を憎んだり拒んだりする、というのもどういうことなのか、考えさせられます。 子供のころ、絵本の影響で「世界中の人が憎しみを捨てれば平和になる」というようなお花畑なことを言って、兄に「そういうことではない」と徹底的に論破されたことも思い出しました。 重い問題を孕んだ文章ですが、描写が良く、2人の女性の青春(というには少し上の年齢なのでしょうが)の物語としても惹きつけられます。 やはりダグマ(おそらく実在の人物なのでしょうね)はとても魅力的です。(犬の糞の話は、自分も犬飼いなので恥ずかしくなりました…フランスはそういう文化なのですよね、今もそうなんだろうか) 色々と考えさせられました…。また続きをお待ちしております。
0連載小説を読んでいるような感覚になってきました・・・ 昭和10年代の日本を(敗戦を知っている現在から視る、のではなく、未来がまだ見えていない当時の視点で観よう、と思って)必要があって調べているのですが・・・過去の出来事、その心のわだかまりや、憎悪が、飛び地のように未来にも点在していて、そこに触れてしまうことがある・・・そんな想いに囚われることがあります。 〈加害者としての日本がアジアにあることと似ていた〉そのことを「理解」ではなく、「情解」した上で・・・歴史上の「事実」の間違いであったり、相互の誤解に基づく歴史認識を正していかねばならない、と思います。(すみません、詩からずれてしまいましたが・・・でも、ダグマが堪えている、祖国の「罪」を負って堪えている、ことに、切なさも感じます(というような言い方をすると、右翼みたいに思われますが、自分では中道左派、だと思っています、と変な弁明をしつつ。)
0*もとこさん >特に過去の戦争に起因する差別は、単に第二次世界大戦だけの問題では無く、さらに歴史を遡った様々な因縁がある。< (もとこさん) さかのぼっていくと、加害被害の関係もあざなえる縄のごとし?で、因縁とか業としか言い様がないほどですね。その憎悪が血の中に残って、折を見て子々孫々にわたり国でも個人単位でも噴き出すので、いつかどこかで自分につながる者が辛い思いをしなければならず、戦いに勝利者てないよと歴史は訴え続けていますね。 私自身も「ジャップ」と言う言葉を投げかけられたこともあり、一歩外に出ると、ちいさなひとりが国を背景にして最前線にいるという実感がありました。「過去を知り学」ぶことが生きることと自然につながっているのを感じました。ありがとうございました。 *白犬さん >子供のころ、絵本の影響で「世界中の人が憎しみを捨てれば平和になる」というようなお花畑なことを言って、兄に「そういうことではない」と徹底的に論破されたことも思い出しました。< (白犬さん) (笑い)よいエピソードですね。お兄さんのお答えも魅力的で、「徹底的に論破」もいいなあ、と思いました。 私はダグマより10年遅く片田舎で生い育ちましたので、戦争の影も知らず、社会の中の差別とかいじめとかにも気づかずお花畑全開で生きていました。ふと手に取った「世界」という月刊誌に「韓国からの通信」と言うのがあって、悲しみを帯びた美しい文章に惹きつけられ、そこから知識と世界と文章がつながっているものだと思うようになりました。 ダグマはばりばり実在ですよ。 でもこんなところで自分が語られているとは思いもよらないでしょうね。続きを、と言ってくださるのが本当にうれしいです。ありがとうございました。 *まりもさん >連載小説を読んでいるような感覚になってきました・・・< (まりもさん) うれし・・・。こうして語り合っていると、実際の旅の時は体験できなかった、知識や思いの深くなったもう一つの旅が今できている気がして、本当に皆さんに感謝です。 >(敗戦を知っている現在から視る、のではなく、未来がまだ見えていない当時の視点で観よう、と思って)< >過去の出来事、その心のわだかまりや、憎悪が、飛び地のように未来にも点在していて、そこに触れてしまうことがある< (まりもさん) 興味深いです。未来は油断でできているので、繰り返しそのシュミレーションをすることが大切なのでしょうね。それでも、何かを信じて一歩を踏み出さねばならず、現在というのは、過去に埋められた地雷を踏んづけているだけ、のような気もしてきますね。踏んづけた瞬間に、過去と未来が ★ショート★ みたいな・・・。私も「中道左派」かなと思っていましたが、思いもかけない出来事があると、右や左に大きく傾く心が自分にもあることを思い知らされます。 *花緒さん 「だんだん面白くなって」(花緒さん) ありがとうございます! ええと、5作は「ダグマ」で続くと思いますので、どうぞ愛してやってくださいまし^^
0僕は、アメリカの街で、泊めてもらっていた父の知人の奥さんから、「I will feed the japanese」と嫌味を言われたり、店の人に 「Do you remember WW2?」と言われたりとか、色々あったんですが、僕自身の存在自体が、劣等的な失礼的かたまり だったので、まあ、僕が相手でも僕を良くは思わないだろうという、良く分からない達観を持っていて、それは非常にストレス になりました。それに意味はあるんでしょうが、ダグマさんと「私」に果たしてどういうことが起こっていくのか、大変に 興味深いです。なんとなく、「オズの魔法使い」をほうふつとさせる。
0*黒髪さん >存在自体が、劣等的な失礼的かたまりだったので、< >僕が相手でも僕を良くは思わないだろうという、良く分からない達観< (黒髪さん) 私もかなり説明不足な人間で、それが潔いことと思う節もあって、自分の国でもいきづらいときがありましたが、言葉の不自由な外国ではじめて、「日常の殆どすべてのことは言葉で切り抜けていたのだ!」と痛感しました。 中でも、挨拶というのがとても重要なのに、それをしないで生きてこれた、悪意なき「失礼的かたまり」をごく自然に身につける風土が日本にはありますよね。 お店に入るとき、日本では割と普通に黙ってはいりますが、その習慣のままに「ボンジュ~」抜きで入って品物を手に取って見ていたら、強い憤りを示されたことが何度かありました。 「オズの魔法使い」てき展開が、この頃ひっちゃかめっちゃか起きますが、ひたすら私がブリキやかかしやライオンだったためでした。恥ずかしくて、とても書けないようなことばかりなのですが、黒髪さんと同じような「良く分からない達観」が私にもあるので、書いてしまうんでしょうね・・・。
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