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秋の青白い午後
秋の青白い午後をこめて 私のこころのヨットは転覆しそう それでも生活をする なんでもござれだ ちぢこまった太陽だって さくばん、眠剤の残滓だってまた・・・ この書斎には 私の欲しいものしかない それはひとよりとても少ない 本日はコルツのシガーを買った 露店でたこ焼き買ってきた ひとより欲の少ないといえ 今日もひとより金を使った 自分自身に対する報復だよ・・・ 秋の青白い午後をこめて 深層意識の悪魔が手をまわす・・・ 「何にも関係のない、 戦争なんてないだろう それはとおくの地とはいえ お前の体から血と、土と、雨の匂いがするよ」 そう悪魔がブルースを歌う ホンキー・トンクな バラバラとした音階が ピシャン! 私の背骨で一本になる! 秋の青白い午後。 毛をかられた羊のような体を 剃刀のような風が洗ってゆけば 又 地より湧き上がる 熱を受けて孕みなおせば 血を舐める他ない動物であるわたくしの 隙間の時間に智慧を得て みてもさびしい
秋の青白い午後 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 580.6
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 180
作成日時 2024-09-03
コメント日時 2024-09-04
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 60 | 60 |
前衛性 | 30 | 30 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 30 | 30 |
音韻 | 15 | 15 |
構成 | 40 | 40 |
総合ポイント | 180 | 180 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 60 | 60 |
前衛性 | 30 | 30 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 30 | 30 |
音韻 | 15 | 15 |
構成 | 40 | 40 |
総合 | 180 | 180 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
50年代以降の現代詩、という雰囲気を纏った詩に思えました。
1どこか静かに切羽詰まった感じを受けました。
1この方向性?は表情に魅力が乏しい。文字を埋め尽くしてほしい気がした。
1秋の青白い午後とはどういうことなのか考えてみました。青白い、からは、何となく冷たい、病的な、静かなイメージがありますが、物理的な現象においては、青白い恒星のリゲルなどは非常に高いエネルギーを放射していますし、青白い炎も非常に高温です。 第1連と2連からは、先程申し上げました「青白い」イメージの前者、3連、4連からは後者のような、内側から燃えている雰囲気を感じます。 とても不安定な心持ちであるが、生活しなければならない。しかしそのストレスを解消するために、コルツのシガーなどは欠かせない。欲深いわけではないのに、日々をなんとか暮らすために必要なものを手に入れていると、いつの間にかお金を使ってしまう、というような、自分の想いとは裏腹にお金を使ってしまう矛盾などへの葛藤感などを感じます。 >秋の青白い午後。 >毛をかられた羊のような体を >剃刀のような風が洗ってゆけば 自分も腕などの脱毛処理したあとの風の冷たさはするっと洗われるような感触となります。なにもかも感じ取ってしまうような繊細な肌。人間が動物であることの比喩として捉えたら、わたしにとっては、とても納得のいくすばらしい表現です。 >血を舐める他ない動物であるわたくしの >隙間の時間に智慧を得て >みてもさびしい この終わり方が、とても良いと思っているのですが、この智慧とは何か。動物でありながらも人間であるがゆえに、「智慧」を得る仕組みになっている。智慧は優れた才能を発揮するものでもあるけど、「血を舐める他ない動物」であることを深く考えさせるのも動物にはない人間「智慧」であり、それが、さびしい気持ちにもさせる、ということなのでしょうか。 秋という季節だけでも何となくセンチメンタルな感情に陥りがちですが、一番疲れの出る「午後」だったり、「青白い」のイメージの広大さを改めて感じさせる良作だと思いました。
コメントどうもありがとうございます。 色々、詩の根底にあるフォーマットって出尽くしている感があると思うんですが 今回は意識的に「中原中也」を選択しました。 結局、私は音楽(ギター)もやっていましたが、ブルースのフォーマットでは日本語で 自分の気持ちを手軽に乗せることはできなかった。 それが、中也節になるとわっと自分の気持ちを乗せられることに驚いています。 この調子のまま、何作か・・・何年か・・・書いてみたら楽しいのかな、と。 ほんとうにコメントありがとう。重ねて感謝☆彡
0コメントありがとうございます。 「中原中也」をライトモティーフに設定して創作しはじめたんですけれど 文庫で復習する度に、本当に正確な意味で「鬱っ気」があるんじゃないかと思いました。 その鬱っ気をどこまで抽出するかが肝で、静かは静かでいいんですけれど もっと暴力的に振るっても、良かったかも知れません。 コメントありがとうございます。 重ねて感謝☆彡
0コメントありがとうございます。 37歳になってずっと詩を書いてきて思ったことは、人間の欲というのは年齢を重ねる度に 複雑化していくのだな、ということです。 だから、おまるたろうさんが散文を要求されても、互いに大人なので、欲求するものが 違ってきてしまっているんだろうな、ということです。 じゃあなんだろう?大人になるにつれて、人は分かり合えなくなってゆくのだろうか? 何か自分の宝物をそっと差しだしたい。 私にとってのそれは「中原中也」だったんですね。 実は凄く大切にしてきた・・・。また気に召されたら声掛けて下さい。 お読みくださり、コメントまで、ありがとうございました☆彡
0つつみさん、丁寧な読みありがとうございます。 本来的に、秋は「色なき風」の季節ですから白なんですよね。ただそこに仄かにブルースというか 青さを孕んでいるという、まあ、自己解釈ですね。 なんでこんなに窮屈なのかっていうと、やっぱり戦争があるからですね。 人は智慧があるのに、それを踏みつぶしている行為に対する苛立ちもあり また、それを成しているのが同じ人間なのが激おこなんです。 本当にていねいに読んでいただいて。 技巧:30は貰いすぎですかね。 確かに次の行に進むときに、どういう言葉でもいいように アドバンテージをとる、という技巧をしていますが それって「置きに行ってる」のと変わらないと個人的には思うんですね。 それがおまるたろうさんの指摘された表情の乏しさに つながっていると思うのですよ。うーん。ありがとうございました。☆彡
1>私にとってのそれは「中原中也」だったんですね。 返信の必要はなかったのかもしれませんが、 その、なんというか、リリー・フランキー的な。都心にい続ければ、いつか何者かになれる、「そういうやつは、見捨てられない」みたいな、 まさに文学=俳優...という感じ。田中恭平さんにも、みょうな甘ったるさを感じてしまうのですよね。その、詩からも。 困ったら中也とか、困ったら賢治、困ったら谷川雁とかって、文学の世界ではけっこうありふれている光景なので、わりと心配になるコメントよなと思っちゃいましたね。ぶっちゃけ。
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