友へ。
市の中心から誇りだかく虚空を衝く楼台といえば解るにちがいない。あの春のひと晩を憶えているだろうか。ひそかに住処を飛び出し、香雨で烟った街路を奔走し、息を荒げ、その興奮でもって楼台に踏み入った夜を。無人の沈黙が、市を自己の射影とのみ映るにいたらせた、あの無益な抗いを。
跣が冷涼な大理石を歓び、我々は小暗い螺旋階段にひたひたと跫を響かせた。階下から聞こえてくる奇妙な叫びを焦燥に見いだし、心底に湛えてあった熱がほとばしった。
我々は自由を害するあらゆる要因、大聖堂のドームを、隙間なくゆき渡った鋪石を、サーカスの廃れた布地を、漠然と眠る小部屋の窓たちを、良心の抵抗もなく鏖殺したいと思った。それらすべてを無為に覆った雨音から遠ざかる威勢のために、心臓は実験台の鼠のごとく、かつてない疾さで鼓動していた。
またすぐ生活は、乾いた口腔にひろがる唾液のように、静かに市にかぶさり、この狂おしさが退けてゆくのではないかとばかり、恐怖があった。
しかし逞しく危惧に耐えた君のおかげで、階段が終わり、夜空が啓いた。すべてはあたかも巨大な雫に呑まれているようだった。
それは生活から逃れた我々の心だと君は言った。
市は永遠の発光と崩壊と再生とのみ映るのだった。空は冷たい雨滴を、耽溺のようにいつまでも撒いていた。
君は間違ってはいなかった。今になって思い返せばそれは判然と解るのだ。あのとき見た景色は射影としてではなく、硬い意志で築かれた物体として心のなかにあった。
友の友から。
作品データ
コメント数 : 3
P V 数 : 511.7
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投票数 : 0
ポイント数 : 65
作成日時 2024-09-02
コメント日時 2024-09-09
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 20 | 20 |
前衛性 | 5 | 5 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 5 | 5 |
技巧 | 10 | 10 |
音韻 | 5 | 5 |
構成 | 15 | 15 |
総合ポイント | 65 | 65 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 20 | 20 |
前衛性 | 5 | 5 |
可読性 | 5 | 5 |
エンタメ | 5 | 5 |
技巧 | 10 | 10 |
音韻 | 5 | 5 |
構成 | 15 | 15 |
総合 | 65 | 65 |
閲覧指数:511.7
2024/11/21 21時05分44秒現在
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ぼくはいぼ痔でウォシュレットを愛しているのですけど、はじめてのトイレってノズルがどこらへんなのかわからなくてかわいさ余ってにくさ百倍になることがしょっちゅうです。この作品はあたりは完璧だと感じますが、声の小さいイボにここであってるって聞きたくなるもどかしさがありました。水圧は良しあとは受け取る俺次第みたいな。
1日常生活を淡々と過ごしていることの危うさを感じました。平常心を取り戻すために狂いそうな心を抑え、大切なことを手のひらから溢してしまっているのではないかという、昔、感じていた不安感を思い出します。 その前に、ふりがながこの詩の体裁を美しく見せていると思います。最近ふりがな機能を用いている方をあまり見かけなくなったので、感激しました。 >階下から聞こえてくる奇妙な叫びを焦燥に見いだし、心底に湛えてあった熱がほとばしった。 このような焦燥感から逃げていた自分を省みています。でも生活のことを思うと逃げてしまっていました。 >あのとき見た景色は射影としてではなく、硬い意志で築かれた物体として心のなかにあった。 世界は自分の目に映っているのだということを感じました。 >友との夜がなかったら、この市の景色は映らなかったと。 私も若いうちにこのような友と出会い、逃げる、狂う経験をしていればもっと早く世の中に希望を見出せたかもしれないと感じます。
友への手紙のよう見えるこの作品、余計なものもことも書かれておらず、ただただ、友とのおもいで、春のひと晩を追走しているものだ。文体として非常にうつくしくルビも振られ可読性も考慮されている。読者は読み進めることで、視界に映し出せるほどのセカイがありありと描かれ、同じ体験が得られるように思える。しかし創作として世界観が現実とは遠く共感が呼びづらいからか、コメントも少ない。にしても筆力は十分で、わたしは好いなと思いました。が、なにか汲み取りづらい。全体として重たく思えるのはやはり縦書きのせいですかね。
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