葬儀、地球の - B-REVIEW
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葬儀、地球の    

地球は死んでいる、ついさっき死んだ。 だからまだ、生きてるみたいだった。 地球はとても変なひょう情で死んだ。 ぼくはその顔を見ると、いつも笑ってしまう。 地球が死んだとき、ぼくは地球のすぐそばに居た。 地球の顔があまりにも変なせいで、 おくりびとは地球のことを家具の類だと思っているらしい。 人が死んだら、天使がきて、清いおしっこをかけてくれるのだ、 とお父さんは言っていたけれど、 いつまでたっても、宇宙の灰と多少の憐憫のほかには、なにも降ってこない。 地球は腐らないままだ。 おくりびとは地球の遺体を放ったらかしにしたまま、 どこかへ消えていってしまった。 いまでも、地球とぼくは、二人きりで待ちつづけている。 そういえば、そうだ、あの製図士も待っていた。 たぶん。 そもそも、なんで死んでいるのだろう。 だれかが、生きている、なんてうそぶいたからだっけか。 地球は生きているみたいだった。 けれど、地球は死んでいる。 もう、いいか、と思った。 ぼくは、もういいか、と思った。 だから、もういいかい、と鼻をふくらませて言った。 生きていようとも、死んでいようともどうでもいいか、とぼくは、思った。 そんなこと、はじめから問題じゃなかったんだ、とぼくは、気づいた。 あい変わらず、地球は死につづけている。 いまでも葬る気にはなれない。 なぜなら



葬儀、地球の ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 6
P V 数 : 1064.5
お気に入り数: 3
投票数   : 3
ポイント数 : 0

作成日時 2023-12-20
コメント日時 2024-01-04
#現代詩 #縦書き
項目全期間(2025/04/09現在)投稿後10日間
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閲覧指数:1064.5
2025/04/09 14時11分15秒現在
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葬儀、地球の コメントセクション

コメント数(6)
熊倉ミハイ
熊倉ミハイ
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(2023-12-20)

地球には生命力がある、と断言できるか、と自問に沈む。 たとえば青々とした緑を今も生やそうとする自然は、「まだ生かされている(伐採されない)自然」か、「人間の手によって植生されている人工的自然」かに分けられるとするならば、どれも「生きているみたい」に死んでいる、そう言われても何も言い返せない。 だから、地球は「腐らない」し、「おくりびと」も気づかずに何処かに行ってしまう。 それを受けて、この詩で言われている「問題」とは何か。ハッキリとは明かされない。その問いを「なぜなら」と最後、読者に放り投げている。 僕たち現代人は地球が死んでいるか、生きているかなんていう宇宙のように広い視点を持って生きていけるほどの力があるか?  自身の周りの物事だけで精一杯なら、どんどん世界はミクロに縮まり、地球が生きているかどうかなんてどうでもいい。 そう考えることで、本当に私たちの中の地球も「死ぬ」ことになるのだろう。 不思議と、宇宙に漂うような浮遊感のある言葉づかいで、とても面白かったです。

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m.tasaki
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(2023-12-23)

ニーチェの「神は死んだ!」みたいですね。 地球の環境を守ろうと掛け声だけは勢いがあっても、総論賛成各論反対で世界の人々の足並みは揃わず、状況は悪化するばかり。ルサンチマンが渦巻いているようにも思えます。 「おくりびとは地球のことを家具の類だと思っているらしい。」 という表現が斬新で面白いと感じました。 今の地球の表情は、守ろうと努力している人々と、たいして気にしていない人々との、まだら模様のようです。 また、「あの製図士」とは誰のことでしょう。 所謂インテリジェン・デザインを描いた存在を指しているのでしょうか。いろいろと想像が膨らみます。 そして、末尾が「なぜなら」で終わっているのもどこか意味深長ですね。 面白い詩だと感じました。

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manacuba
manacuba
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(2023-12-23)

実際、社会だって死んだように生きています。死体はほったらかし。

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エイクピア
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(2023-12-24)

地球の死んだ直後、笑ってしまう地球の表情とはと、あるいはそもそも地球の顔とは。地球の形から、正確には楕円なのだそうですが、自然に「顔」と言う単語が出て来たのかもしれませんが、地球の顔が変だと言われると、何か地球に対してフェアーじゃないような気がしました。おしっこのエピソード。腐らない地球。葬る気にならない地球。死に続けている地球の意味がこの詩のカギだと思いました。

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A・O・I
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(2024-01-04)

地球を何に例えているのだろうかとおもう、がわからない。おおきなもの いだいなもの いま すがた せい つち いのち。どれをとっても上手くハマっていかない、僕はヒトではない肉体を抜けた魂だろうか。とすると地球は肉体、けれど僕の姿をみて知っているひとがそこらじゅうにいるから、地球は死なないのか。僕が生きてようと死んでようと。おくりびととは納棺師のことだから、肉体は器だから、それをおさめる家具のようなものなのか、たしかに残るよな。ああすべて違う、とすると、そうか人がいなければ地球と認識されないからか、ただいったいどこのだれが地球を必要と感じているのだろう、そういうことか。いやわからないな、登場しているのは、地球、僕、おくりびと、おとうさん、製図師。何かしら絶対意味があるだろうに、わからないのがくやしいな。ああ純粋に惹きつけられましたよ、これはなんだろう、と、考えてしまう、とてもおもしろい表現だとおもった。

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エイクピア
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(2024-01-10)

死に続けているという表現が気にかかりました。と言う事は生き返ってはまた死ぬ、を繰り返しているのかと解釈できるからです。それでは葬儀はやれないだろうと言う感想ではつまらないかもしれませんが、この詩のユーモラスさはなかなか一言では言うのは難しいと思ったので、素朴な疑問からこの詩の理解が深まればいいと思いました。

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投稿作品数: 2