旗よ
なにゆえにそう美しくなびくのか
まばゆい青空に輪郭を譲り
竿に体を受け渡し
自身の自由を犠牲にし
霰に打たれても
煙に巻かれても
なぜそれほど勇ましくいられるのか
君はただのイメージに過ぎないのか
風が模様を描く草原
蹄の音と響き渡る歌
繰り返し訪れゆっくりと居座る夕焼け
轍を踏む靴底
地底から湧く泉
手を翳してすくった水
その水に額を当てる人々
やはり君はイメージにちがいない
故郷と自分をつなぐ連想の経由地点であり
もろい現実を遥かに超えたイメージなのだ
敵と遭遇した兵士が君を守ろうと
逡巡することなく腰に巻いて軍服の下に隠した
彼はのちに拷問され
切り裂かれた体が見つかった
血潮の中に君はいた
君は苦しみと悲しみの産物であるのか……
君が癒やしを授けると信じ
一体何万人の命が失われただろう
そして何万人がこれからも命を失うことだろう
誰かが生きていたらと思いに耽っても
既にいないという他は何も定かではない
彼らは自ら求めていたものを掴み取ろうと進み
途中で求めていない死を得た
しかしこの死を恐れず進もうとしたではないか
彼らの決断の支えに君はなっていた
駅舎でたむろしている子どもたちや
孫の帰りを待つ老婆は
朝霧が薄れて庁舎に旗があげられたとき
一瞬だけ悲惨な過去を忘れられたにちがいない
君は故郷のあらゆる思い出にひそんでいる
忘れえない死者とともに君は言い伝えられる
だが素朴な喜びも君と結びついている
君を憎悪する人もあらわれるだろう
類ない悲劇に見舞われたものは
喪失感の理由を探し
君のせいであると考えるかもしれん
そういうときは寄り添い
記憶にあった川のせせらぎや
明け方輝きを放つ教会の丸屋根
雪原に灯った窓の光を呼び覚ましておくれ
失ったものは戻らないが
心の平静はいつしか返ってくるのだと
兆しを芽生えさせてほしい
君は膨らもことも萎むこともある
これからも容子は変わってゆくだろう
しかしその変化は無秩序に起こるべきではない
老人と君のあいだにも
赤ん坊と夜のあいだにも
学生と街路のあいだにも
一切隔たりがない共同体から造形され
共通の認識から変形されるイメージであるべきだ
旗よ
いつまでも舞え
荒れ狂う海の上でも
山頂を光芒がかすめすぎるときも
人々を鼓舞し
共同体として押し進めろ
みなが創り上げたイメージを基盤とし
衝動を起こすための手引となれ
作品データ
コメント数 : 2
P V 数 : 546.8
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作成日時 2023-12-09
コメント日時 2023-12-10
#現代詩
#縦書き
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2024/11/21 23時17分31秒現在
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旗に託された理念は、人を団結させ協力させるにはこともあるが、逆にひどく苦しめて孤独に陥らせることもある。それでも人が旗を棄てられないのは、人とは己の寄る辺となるものを常に欲する存在だからなのかもしれません。 旗について美しく綴られていますが、内容的にはデリケートな一面もあります。 所謂「サヨク」的な考えの持ち主は、この詩の内容に拒否反応を示すかもしれません。 個人と共同体、どこでバランスを取るべきか難しいところです。
1そうですね。私の詩では一つの集団の、《良い》旗を、その集団の考え方に近い視点から書いています。旗という概念自体は十分に書ききれてなかったと悔やんでます。もっと批判的な立場、旗が蛮行の象徴としてなりうることや、m.tasakiさんが仰る通り、孤立させ、苦しめることがあるのを表現できれば、もっと深い内容になったはずです。
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