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童話 月夜にくらげが光るのは(後編)
海の上を金の波がふわりとゆれて、過ぎていきました。それは、月の微笑みでした。プアルンの体の中にまで、その暖かな金の波が押し寄せ、満たして、静かに引いていきました。月の輝きが、金の粉のようにプアルンの体の芯に残り、ちらちらとまたたいて、静かに消えました。 「皆が君の姿に気づいてくれない・・・君はそう言ったね。でも、僕の声を聞いてくれる海の仲間たちもほとんどいない。僕の光は届かないか、通り過ぎてしまうばかりだ。みんな、他の事で忙しいからね・・・。身を守らなきゃ、とか、食べ物を探さなきゃ、とか、縄張りを守らなきゃ、とかね。・・・大切なことだ。生きていくためには・・・。でも、ふっと自分の生き方を振り返ったときに、何で、こんなに苦労しなくてはいけないんだろうって、悲しくなるんじゃないかな・・・。空から見ていると、そんな心配で、時々胸が張り裂けそうになるのだよ」 波の音が、チャプリ、シャプリ、チャプリ、シャプリ・・・心地よいリズムを刻んで消えていきます。プアルンの周りには、ゆったりとした時間が流れていました。穏やかで、心地よく、ほんのりと暖かい時間・・・。波頭に月の光がはじけ、柔らかな銀の網を、黒々とした海の上に掛け渡したように見えました。その不思議な網の中にぷかぷかと浮かんだまま、プアルンは、静かに静かに聴いていました。遠くで鈴を振るような月の声を・・・。波に揺られ、音に揺られ、かすかな潮風が、何者かの息吹のように耳もとを抜けていくのを、とろとろと眠くなるような心地よさの中で感じながら・・・。 「・・・今の君は、余計なものが抜け落ちて、すっかり透明になっているよ。あるのは涙だけ。その涙が、僕の光を溜めて、それは美しく輝いているのだよ。だから、僕には君が見える。君にも僕の声が聞こえる」 月の言葉は、一言一言が心にしみこんでいくようでした。しみこんでいくにつれて、心を埋め尽くしていた涙が、ダイヤモンドのように輝く月の光に、入れ替わっていくような気がしました。月は静かに話し続けました。 「少しでも僕の光をとどめてくれる仲間が、もっともっといたら。僕の声に気づいて、返事をしてくれる仲間が、もっともっといたら・・・。なかなか、かなわない望みというものがあるのだね。いつもそんなことばかり考えて、切なさに身を削りながら、空を照らしているのだよ」 プアルンは、それはもう驚いて、穴の開くほど月を見つめました。そういえば、こんなにしみじみと月の光を浴びたことは初めてでした。月が、見ているばかりでなく、自分たちに夜毎に話しかけてくれていたことにも、今ようやく気づいたのでした。 「あなたの声が、もし僕にしか聞こえないんだったら、僕が毎日波の上に浮かび出て、海の中のことをみんな、みんなお話ししてあげます!そうすれば、あなたはもう一人ぼっちじゃないでしょう?」 月は、ふわっと広がるように、銀の光を振りまきました。光は、火の子のようにちらちらとまたたきながら暗い波間に落ちて、消えていきました。 「うれしいなあ。友達が待っていると思うと、海の上を照らすのが、今までよりもずっと楽しくなるよ。お礼に、君には僕が見てきた陸地のこと、ここよりずっと遠くの海の世界のことを話してあげよう。長い年月の間に僕が出会った、すばらしい友達のこともね。君のように僕の事に気づいて、声を聞いてくれる仲間を訪ねて、地球の裏側まで空を照らして歩いたものだった・・・なつかしいなあ。」 プアルンは、はっとしました。お月さまが一人ぼっちなのは、みんなに声が聞こえないからじゃない。みんなが聞こうとしていないからだ! 「お月様、僕、みんなに、お月様が海の上で待ってるよ、と話しに行きます。お月様のお話を聞きたい仲間たちは、いっぱいいると思います。ただただ、忙しくて、今まであなたの声に気づかなかっただけなんです!」 プアルンは海面から飛び上がりながら、夢中になって話しかけました。 「僕はごらんのとおり透明で、なかなかみんなに気づいてもらえないけれど、僕の方からぶつかっていけば、みんなが振り向いてくれます。僕は、上手じゃないけれど、泳げる。だから、あなたと話をしたい仲間を、僕は探しに行きます!あなたが待っているって、みんなに伝えに行きます!」 月の光が、ふわりとプアルンの体を包みました。くらげのまるいかさのまわりに、虹色に輝く光の粉が舞い、光は輪になってプアルンの周りで渦を巻きました。プアルンの全身を、電流のように青白い光が駆け抜け、足の先からきらきらと海の底へと抜けていきました。プアルンは、ふんわりとしたぬくもりに、すっぽりと包み込まれたような気がしました。 気がつくと、オーロラのように輝く虹色の光が、プアルンの体をベールのように覆っていました。プアルンは、驚いてお月様を見上げました。 「ささやかなプレゼントだよ。君がぶつかっていくばかりでは申し訳ないからね。みんなが、君の姿に気づき、君のことを目に止めてくれるように。皆が君の話に耳を傾けてくれるように。そして、君の思いに気づき、君の声に気づいてくれるように・・・お守りみたいなものだ、大切に持ってお行き」 月が、ちらちらと金の粉を降らせました。きっと、大きな声で、わははと笑ったに違いない・・・。プアルンは、虹色に輝く新しい体をなでさすりながら、しみじみと幸せな気分で波に揺られていました。 こうして、くらげのプアルンは、ただの透明なくらげから、虹色くらげになりました。もう、かつてのように、びくびくと魚たちを避けて泳ぐようなことはなくなりました。むしろ、誰かがぶつかってくれることを、心待ちにするようにさえなったのです。 虹色くらげのプアルンは、海の中をぷわぷわと漂いながら、月が喜びそうなものを一生懸命探すようになりました。前には行かなかった所へも、どんどん出かけていくようになりました。初めて会う魚にも、恥ずかしがらずに話しかけられるようになりました。 こんなことを話してあげたら、きっとお月様は喜ぶだろうなあ、プアルンがそう思うたびに、心はうずうずし、体は一段と美しい虹色に輝きます。その光の美しさに驚き、たくさんの魚達がプアルンの周りにあつまってくるようになりました。 プアルンは、海の底で、虹色の身体をきらきらと輝かせながら、お月様のことを話します。そして、みんなでお月様のところに行こうよ、と魚達を誘います。 やがて、多くの海の仲間たちが、夜毎に海の上に集まってくるようになりました。特に、月が煌々と輝く満月の晩には、海の上が泡立つほど魚たちが集まって、お月様の話してくれる、珍しい外国の話に耳を傾けるようになりました。この時ばかりは、いつもは敵どうしのカツオとイワシも、いつもは縄張り争いでこぜりあいの絶えないチョウチョウウオも、仲良く隣り合って、波に揺られてお月様を見上げるのです。 月がにこにこと笑うたびに、光がこぼれ、魚たちが輝きます。中でも、ひときわ美しく輝いているのが、プアルンです。 もうプアルンは寂しくありません。他の魚たちとも友達になりましたし、何より、プアルンの話を楽しみに待っていてくれる、一番大切な友達が出来たのですから・・・。
童話 月夜にくらげが光るのは(後編) ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1056.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-01-09
コメント日時 2018-02-01
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
プアルンという名前がとても優しく可愛らしく響くと思いました。 はじめは寂しそうなプアルンが、魚の群れの冒険やお月さまとの交流によって、生きるいみを見つけていく物語りの流れに引きこまれていく魅力を感じました。 一箇所、気になったのは、前編の「旅立ったばかりのプアルン」という表現は、個人的には死を連想してしまうので、ほかの仲間と同じように、「生まれた」という表現の方が良いような気がします。 プアルンとお月さまが仲良く語り合う姿が思い描くことが出来る作品で、ぜひ絵本で読みたいなと思いました。
0くつずり ゆうさん なるほど、旅立つ、ということば・・・。 幼生時代のくらげ(着床生活をしている)状態から、傘をひらいて、海の中にふわり、ふわりと旅立っていく映像を見て・・・それをいつか、描いてみたいとも思っていたのですが・・・ここはなかなか難しい。なんとなく、たまごからいきなりクラゲが生まれて来るようなイメージもありますしね。 考えてみます。ありがとうございました。
0こんにちは、続きが読めて嬉しいです。 光の表現の仕方のバリエーションが、実に多彩です。前編もそうでしたが、立体的なビジョンが頭の中に立ち上がります。ただ、苦しいことを言いますがお許しください。場面と場面の繋ぎ目になるとストンと無表情に戻ってしまう感じがして、そこだけが勿体なかったです。いえ、私の想像力不足かも知れませんが……。あとは蛇足ですが、「プアルン」は、虹を纏うのにふさわしいような、優しい名前ですね。有難うございました。
0渚鳥さん ありがとうございます。流れるように生まれて来た、というよりは、パーツを組み合わせていった、という書き方をしたかもしれません・・・すっかり忘れていましたが、なるほど、つなぎ目・・・読後感とご批評を頂いて、なるほど、と納得しました。なかなか、盛り上がったまま、自然に最後まで持って行くのは難しいですね。
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