仏と紅葉 - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

ことば

ことばという幻想

純粋な疑問が織りなす美しさ。答えを探す途中に見た景色。

花骸

大人用おむつの中で

すごい

これ好きです 世界はどう終わっていくのだろうという現代の不安感を感じます。



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仏と紅葉    

奥に十数体 重なり合い 横に横にと並んでいる ほら この仏は かの千手観音に憧れて 一心に仏道を信じている あら この仏は お高くとまって 長年信仰を誇りとしてきた お姉さんかしら 一人一人違う 似たような個体の共同体 もはや 生きている 崇高な部族 生きて 手を合わせ  仏道を想い並んでいる 何枚も 重なり合い 枝一面が風に揺れている この子は まだ淡い緑色 この子は 日を透かして暖かい この子は 五つの先がほんのり染まり 恥ずかしいような 心がこうようするような 生きて  体をひらひらと 震わせている 京の都は 私の何かを超えて 生きている


仏と紅葉 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 8
P V 数 : 695.8
お気に入り数: 0
投票数   : 1
ポイント数 : 0

作成日時 2023-10-06
コメント日時 2023-10-09
#現代詩
項目全期間(2025/04/12現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性00
可読性00
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閲覧指数:695.8
2025/04/12 04時22分13秒現在
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    作品に書かれた推薦文

仏と紅葉 コメントセクション

コメント数(8)
1.5A
作品へ
(2023-10-07)

仏像から紅葉に目線が切り替わる時、仏像が紅葉について講釈するような思いがして、では仏像について話をしているのは…、仏像と紅葉がお互いに見える位置関係にあるのでは…、京の都というのは、そういった意思さえも繋げてしまえる、特別なところなのか…とか空想をしてしまって、楽しかったです。

1
m.tasaki
作品へ
(2023-10-07)

こんにちは。 仏と紅葉。 どちらも過去も未来もなく、ただ今この時のみを生きているもの。その輝きが描き出されているように感じました。 「生きて 手を合わせ   仏道を想い並んでいる」 「生きて   体をひらひらと 震わせている」 という表現の対比もいいですね。 また、末尾の 「京の都は  私の何かを超えて  生きている」 というところが、千年の都が醸し出すふんきいをうまく表していると思います。

1
かずや
かずや
作品へ
(2023-10-07)

読みながら仏像の視点で参拝者を眺めるようなそこから外の木々が見えるような不思議な気持ちになりました。 「千年の都」というある種よく使われる言葉で最後を締められたのは極めて個人的に「惜しいっ。」となりました。 ここまでの内容であれば他の表現が置かれてももっと素敵だったのではないかなと。

1
15歳
1.5Aさんへ
(2023-10-08)

 楽しんでいただけて嬉しく思います。  彼らの意思の繋がりのようなものを、私は認識することはできませんが、なんだか五感を超えて感じるようなそんな気がしました。

0
15歳
m.tasaki さんへ
(2023-10-08)

 こんにちは、お褒めの言葉をありがとうございます。  大仏は私の目では動いているようには見えないのですが、じっと見つめていると、輪郭がじわじわとしていて何かを発しているような、生きているような心地になりました。(上手く伝えられないのですが、だから詩にしたわけでもあります。)

0
15歳
かずやさんへ
(2023-10-08)

 締め方のご指摘ですが、確かに最後一般化してしまったために私自身の感情への焦点がぼやけてしまった気がします。毎回、「これは書きたい!」と思ってその感情を取り敢えず写し取った後、どうやって締めよう…と迷っているので、いっそ形式ばらない方が良いでしょうか。

1
田中恭平 new
田中恭平 new
作品へ
(2023-10-08)

こんにちは。 禅の言葉に「柳は緑 花は紅」って言葉があるんですね。御存じかもしれません。 そうして禅語ですから、いろいろ解釈していいのでしょうけれど 一般的には、その、個性、ですね。其々持って生まれた色は違うと。 しかし 京の都は 私の何かを超えて 生きている というフレーズを読んだときになにか 「柳は緑、花は紅」というのが そう在って、そう存在しているものは仕方がないじゃないか といったちょっとネガティブともポジティブともつかない境地? を指しているんじゃないか、と、再認識しました。

1
15歳
田中恭平 newさんへ
(2023-10-09)

 学びのきっかけとなるコメントをありがとうございます。  立ち並ぶ仏像や一面の紅葉を一見すると、それは景色として美しいです。しかし、一体一体、一枚一枚の微妙な差異を認識した後に改めて全体に目をやると彼らは種として生きているような心地になります。田中恭平 newさんの仰っている意図とはずれますが、「柳は緑 花は紅」とくくってしまったらそれはもう、生きた種ではなくて景色とでしか認識できないのではないかと思いました。

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