たしか去年のことだったがウィリアムが死んだ ある朝突然ジョーに告げられた 「昨晩のことだった」 とすこしうつむきながら彼は俺に言った 「このクソイタリアピザバジル野郎てめえなんか地獄に落ちちまえ」 とか 「お前みたいなジャパネゼがなんでここにいる日本にさっさと帰れ」 といった類の 実に表現力に富んだうえに有意義な会話しかしない俺たちだったが そのニュースはまさに唐突だった ニの句がしばらく次げなかった 俺はそんなに悪いとは知らなかったのだ しばらく経ってはっと気づいて そのことをただ正直に やっと言った
ウィリアムは俺がやっているレストランの同じアーケード内にある鍵屋の兄弟オジサンたちの弟のほうであり ロビー(兄)と似た南ヨーロッパ人によくある少し小柄で黒髪でカーリーヘヤーな小太りのオジサンであり いつもニコニコしていたが見る人が見れば何かの中毒者だとすぐ勘づくちょっぴり生気のないどろりとした眼をした やたら滑舌の悪い60手前のイタリア系の中年だった タバコを吸ってるところに一緒になると毎回パチンコ(ポーキーマシン)でどのくらい昨日買ったとか 負けたとか教えてくれるのだった さいきん特にぼーっとしていてどこをみるともなく突っ立っており 挨拶してもなんとも反応がなく どうしたんだろう? とたしかに思っていた矢先のことだった 人の命はわからないものだ そんなんだったらもっとやさしくすればよかったと その時は思った 喧嘩したり いがみあったり まあ憎んだり それでも愛したり すべて命あっての物種だった
今日働いていると 注文しようとするお客さんに紛れてヌンちゃんがいた やけに白い顔をしていて それは磨き上げ完全に除菌されたオフィステーブルのような白であり どうしたのかなと思ったが ヌンちゃんは元々まーまーメンヘラであり 俺はある種の訓練された話の聞き手で 彼女はいつも感情を ジェットコースターのように乗り回していることを鑑みればまあわりと平常運転そうなので 「その子は三割引きにしてあげてと」 注文をとってくれている手伝いのレイナちゃんに言い 違う場所でなんかの仕事をしていると 唐突にまた目の前にヌンちゃんが立っていた 「はろー」 と適当に言ったが なんだか様子がおかしかった どうしたと訊いたら 「ホストファーザーが亡くなったの」 と言った 享年72歳 心臓発作だったと言う 「いったい何をしたんだ?」 と冗談できくと すこし笑って 「何もしてないよ」 と言っていたが しかし詳しく話を聞くには時間がなさすぎる 「まあとにかく学校が終わったら店においでよ」 と言っておいたので 営業を終わらせて一番テーブルに座って待っていると 店のドアが開いてヌンちゃんが現れた いつも緑茶をいれてる木のコップと隠していた赤ワインをひっぱり出して とにかく席に座らせて 俺も席に座り 両方のコップにワインを注いだ
彼女の話によると 先週の水曜日の正午あたりに彼は心臓発作で本当に唐突に死んでしまったのだと言う 彼の家には彼とヌンちゃんしか住んでいないので 必然的に彼と最後に会って話をしたのは彼女だったということだ 彼は話をきく限りいかにも好々爺といった感じであり ヌンちゃんにあれこれと世話も焼いてくれれば さまざまなお話をし 気が向けばディナーも振る舞ってくれたそうである 彼と彼女はかなり仲のいいホストファミリーだった 人種も年齢も性別こそ違えど ひととひととの穏やかな紐帯がそこにあった 一緒の家に住むことは一時的ではあっても家族になることだった もし彼が死んでしまうとわかっていたらと彼女は悔やんでいた まるでそれは彼女が彼の死に対して責任を負ってるかのようだった 俺はあまりなんにも口を挟まずずっと彼女の方をみて相槌を打った いつもと比べて彼女の声はどこか静かになっていた すこし空気を抜かれた感じで たぶんすごく泣いたんだろうと思った 現に時々今でも涙ぐんでいる 俺はふと思いついて ブッダの話をした
「ある自分の赤ちゃんを亡くしてしまったお母さんが ブッダの元にうちのこを生き返してくださいと駆け込んでくる あなたはブッダなんだから奇跡を起こしてください ブッダは そしたらね いままでひとが死んだことのないお家から ケシの種をもらってきてください と言う お母さんは色んな家を回ってたずねる これこれこういう理由でひとが死んだことのない家からケシの種をもらわないといけないんです あなたのお家は死んだひとのいないお家ですか? いえ家では昨年父が亡くなりました いえ家では先々週伯母が亡くなりました いえ家では十年前赤ん坊が いえ家では いえ家では そしてお母さんは気づいた ひとが死んだことのない家なんてないということに」
「いい話ね」 とヌンちゃんは言った ヌンちゃんはタイ人なので仏教のノリが文化として感じられるらしかった こういうところで彼女とはとても気が合った 「私もさいきん死にたかったの でもやめたわ」 と彼女は言った 「どうして?」と俺は驚いた顔をわざとしながら訊いた 「みんなを悲しませるじゃない 娘とか叔母とかそういうのが集まってわんわん泣くのよ 私だってそうだわ 明日が彼のお葬式だから もっと泣くわ 私の家族がそうなって欲しくない」 俺はとにかく 「死について なにを 人は言えるだろう」 と言ってしまってから カップのワインを飲み干し 「まーあれですね 俺と一緒にまた大麻吸うしかないね」 と冗談を言った
孔子は死とはなにか?と問われたときに言い放った 俺はまだ生きるってこともよくわからないのに 死ぬことなんかわかるわけない 未だ生を知らず いずくんぞ死を知らん 俺はこの言葉が好きだ 孔子だってわかんないけど生きるしかなかったし ブッダだって何もできずに生きるしかなかった それだったらひとなんてそんなもんなのだ わからないことばかりのこの世 どれだけわかるかわからないけど わかる方法がひとつある 生きれるだけ生きてみるということである 死者の魂よ安らかに 生者の束の間をそちらで見守っていてくれ
作品データ
コメント数 : 7
P V 数 : 761.5
お気に入り数: 0
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ポイント数 : 0
作成日時 2023-07-12
コメント日時 2023-07-13
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2024/11/21 21時43分49秒現在
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これだ。これは新しいコーリャ作品のスタイルだし、こういうのを私も書きたいと思っている。
1こんにちは。 江戸時代、仙厓和尚という禅僧が、何かめでたい言葉を書いてくれと頼まれ、「祖死父死子死孫死」と書いたそうです。 その書に対する「縁起でもない」との非難に和尚は、順番通りに死んで若死にするものがないのだから、これはめでたいことだと応えたそうです。 この詩を読んでそんな逸話を、ふと思い出しました。 死が避けられないものであるならば、こんなふうに考えるしかないのかもしれませんね。
1ウィリアムさんのご冥福をお祈りししたいです 作者の文章は淡々と綴られているけど深い悲しみが理解できる しかし正直に言うと俺もコーリャさんの元に行って近くに住んで生きるだけ生きたら死んで、こんな風に詩にして欲しいと言う願望にも似た思いがあるな 戒名なんて物は俺には似合わない 沢山の漢字をもらう為にお布施を多く包む事なんてまぁそれを一族が何かの誇りの様なモノにするのはあれだけど、異郷の地で死んでお墓に コーリャさんの詩を刻んでもらった方がそれこそが誉れみたいな感はあるな、コメントも含めて刻んで欲しい、なんとなくエモい気がする 親族は腰抜かすかもしれないけど
1日常もイマジネーションくらい複雑で豊かだよね 褒めてくれてありがとう
0仙厓さんぐぐってみたけど絵が可愛すぎますねこのひと! ゆるい そんなこといかにも言いそうな感じです メンションありがとうございました
0仙厓さんぐぐってみたけど絵が可愛すぎますねこのひと! ゆるい そんなこといかにも言いそうな感じです メンションありがとうございました
0笑笑 変態的な願望や 未来にこうご期待 その際はストロングでビューティフルな戒名考えるね
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