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マッキー
きみが住んでいたマンションの、あまり人の来ない階段の踊り場に、ひらがなで、震え声で、小さく「かいだん」とだけ落書きされていて、どういうわけだかきみは幼い頃からそれを非常に好ましく思っていた。だから毎日のようにこの、ちょっとばかり不便なところにある階段をあえて登り降りしたし、その都度「かいだん」の文字をなぞりながら、子供心に「これこそが真実の所在なのだ」なんて考えていて、なんなら「ここを通る誰しもがそう思っているに違いない」とも。実際の意図なんてものはどうであれ、きみは友人たちにもそう触れ回っていて、いつまでもその言葉を信じるに値するものだと疑わなかった。だってきみが知る限り誰一人としてその落書きを消そうだなんてことはしなかったから。 時は経ち、いつしかきみは大人になった。最近は少しづつやつれ始めてきている。端的に言ってしまえば長い長い人生ってやつに漠然と疲れてしまっている。これまで歩んできたことのなにが具体的に悪かっただとかそういうことじゃなく。時には恋人と呼び合える相手と何人か付き合ってみたりしたし、その都度その都度、相手の中に新しい「真実」を見つめようとしてきた。しかし結局のところ最後の失敗から5年ほど経とうとしている。きみは――その、なんて言えばいいのだろう。まあ。ううん。はじめから生き辛い性格だったんだろうね。そうとしか言いようがないし。そう言っちゃっておしまいにするのがベターだと思う。けれどもきみは今更になって件の落書きを残していった人物を、どうにかこうにか探し出してやりたい。だなんて、そんなことを考え始めてしまったんだ。 とっくに幼くはなくなったきみは、いまでも本当に真実に触れられるのだろうか?と、ちょっとばかり自信も失い欠けている。だからあえて口に出して呼びかける。「……マッキー」ああ、そうだった。きみは、件の落書きを残した人物について、これっぽっちも知る由がなかったので、いつの日からかきみの思うもっとも掠れない名前で呼びかけるようになっていた。「ねえマッキー。いまさらだけどキミの、本当の苗字を教えてほしいんだ。……どうか、震え声でもいい。――マッキー」 しかし、きみが「キミ」と呼びかけたとて、果たしてマッキーに独り言が届く訳などなく。そもそも見つけようにも具体的な術のひとつも思い付けないきみは、今日も件の踊り場にやってきて、子供の頃みたいに地面にぴったりとお尻をつけて座っている。相変わらずきみは疲れ切っていて、マッキーも以前に増して極細だった。そうしながらきみは、小さな女の子が六階のベランダからチラシで折った紙ヒコーキを何機も墜落させているのを眺めていた。 今となってみれば「かいだん」の何がきみの心を掴んでいたのか。いや、そこまでは私の想像の及ぶところではないのだが。……そういえば、きみは小さかった頃よく、世界中に打ち立てられた『世界人類が平和でありますように』と書かれた棒を片っ端から引き抜いていって、そのときたまたま近くを通りかかった奴らに殴り掛かる妄想に耽っていた。そんなきみもいまや社会人だ。……いや、ああ、何がどう「そういえば」なのか。……すまない……マッキー。マッキーどうか……どうかお願いだからこの人を助けてやってくれないか。……マッキー。私はあなたも「かいだん」の文字も何も大して信じられはしなかったけれど、ここがきっとあなたの街で、私は彼に対して、何よりも無力だから。どうか。
マッキー ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1181.6
お気に入り数: 1
投票数 : 4
ポイント数 : 0
作成日時 2023-07-10
コメント日時 2023-08-19
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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エンタメ | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
彼は誰で私は誰であなたは誰できみは誰でキミが誰なのかということになってくる中マッキーだけは誰かっていうか何か分かるんだけどあれ待てよやっぱりよく分かんないかもしれない系ポエムですね なんとなくで読めるのが日本語のすごいところであり 作者の作文能力の高いところで なんだか途中がキチンと謎にエモくやっぱりエモさ(実存力)というのは文学パワーの源なんだなあと思いました 震えた字?のことを震え声と表現しててなんかこだわりがあっていいなと あと小さな女の子はいわば天使であり紙飛行機を折るつまり祈りを地上に降らせている(勝手な解釈)シーンを謎に挟むなど端々に洒落が効いてるなと思いました みんな要チェックです
0たしかに、そこにいた。という 懐かしい気持ちになった。 けど、 まだ読めそうな気がする
0ビーレビ設立者の天才詩人さんの作品に対して、こんな短編小説もどきの作品を読む時間を割くぐらいなら村上春樹か村上龍の本を読んでいた方がマシと、ネット詩素人だった私はコメントを書いていた(いや今はもっと純度が高い素人です)。 最近だとゼンメツさんや幾人かのこういった作風の投稿者がいるけれども、今作もその類に読めるんですよね。いや、わるくないんですよね。でも、同じ作風としては村上春樹さんの短編の方がもっと凄い。最近だと川上未映子さんとか。やっぱ、そのあたりの作家が書く域を簡単に超えて欲しい。それがネット詩の証明でもある。まあ、でも、テキスト主義者(エアリプ)には反響良き作品なのかもしれない。村上春樹さんの短編なんて最高なんだけどなあ。
0「かいだん」という落書きとマッキーの本名にまつわるエトセトラ。謎がメインな詩ではないと思うのですが、私の中ではミステリー感が充満した詩で、様々なニュアンスが楽しめる詩だと思いました。
0きみっていう時点で、当然のように女性を想像していた僕は、最後に"彼"と出てきて、男だったのか!と驚かされました(笑) 正直僕には難しく、この作品に込めれている含意を汲むことはできませんでしたが、密やかな落書きのようなものにこそ真実が宿るという感覚は、なんとなく分かる気がします。恋人に真実を探すという感覚は、もっと(笑)
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