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掌の上には太陽
畳の上には「死んでいただきます」の文字 襖の向こうには斜めに傾いたエデンがあって かつて見た愛慕の名残を香らせている 絶え間なき淫夢のあとには 滑稽なアルレッキーノのお喋りが広がり 答えのない数式が積み重なる かのアベルが殺められる時まで 愛を語り合ったつもりが 憎しみの裏路地へと通じ 刺激だけを求める目玉が 見失った獲物を探している 水浸しになった着物は泥の汗で汚れ 罪過の大きさを語り尽くす カインの視界は広がり 庭園の蛍が照らす月を見据える 血がたぎる両腕に抱え込まれたのは 痛ましい思い出で 残酷なまでに彼我を傷つける 悔いるは目に宿る蛇だけ 雨降りの宵が過ぎた後で 屏風に墨で描かれるのはアベルの死体 骨身だけになったカインの視線 その先には 激情が 激昂がほとばしり 掌の上には太陽
掌の上には太陽 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 934.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-12-13
コメント日時 2017-12-19
項目 | 全期間(2024/12/22現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
投稿有難う御座います。 襖の向こうには斜めに傾いたエデンがあって このフレーズに「おおっ」と反応しました。異界でありながらも美しさがあって。宗教画みたいな重厚さを詩作品として表現されていらっしゃるような感じでしょうか。キリストが描かれている宗教画の多くは構図として焦点はジーザスになっているらしいのですが、今作でもし、焦点があるとすれば、「エデン」ではないかと思いました。
0三浦果実様、コメントありがとうございます。この詩は元々「掌の上には惑星」というタイトルで文面も違ったのですが、元の和風情緒の中に旧約聖書の要素を取り入れれれば、より一層深くなるのではないかと、書き直したものです。まずカインが頭に浮かびました。弟殺しのカイン。そうすれば自然に弟アベルも出てくる。そこまできて、果実様が「おおっ」と反応してくださった、「襖の向こうには斜めに傾いたエデン…」が完成したのです。 僕自身「畳の上には『死んでいただきます』の文字、襖の向こうにはエデン」という構図は、カインが人類初めての殺人者だとの聖書上の記述とあわせて考えると、カインとアベルの兄弟が(特にカイン)がエデンから遠く隔絶されている様を描き出すことに成功したのではないかと、とても気に入っています。 宗教画のような重厚さ。僕は元々宗教画の持つ壮大さに憧れていたので、そう思っていただきとても嬉しいです。 最後に「焦点をあるとすれば『エデン』ではないか」とのコメントですが、この詩での焦点はむしろカイン。人類初めての殺人者であるカイン。彼にこの詩は焦点があてられています。そのおぞましさ、恐怖、壮絶さ、残虐性、そして彼の官能性と絶望というものにスポットがあてられているのです。エデンはどこか遠くにある愛募の楽園とでも言うべき位置づけ、甘い官能の場所、とでも言う位置づけです。しかし「エデン」がそれほどこの詩の中で際立っていたのなら、今後の創作に大いに役立ちます。とても貴重なご指摘でした。ありがとうございます。
0破天荒なようでいて、要所を押さえている、うまく遊ぶことができている作品だと思いました。 冒頭、死んでいただきます、は、何となく任侠映画の中で、岩下志摩などがいい放つ台詞、のような気がしました。そこからエデン!に飛び、アルレッキーノが登場して、ニノ・ロータの哀愁を帯びた音楽が流れ・・・兄弟の骨肉の争いを背後に潜めつつ、最後はまた、屏風で和の世界に。 太陽、と聞くと、太陽がいっぱい、を思い出すのは、さすがに古すぎますでしょうか(笑)
0確かによく見ると、あれですね。結構東洋的なのか。 カインとアベルとエデンの名前にごまかされそうになった所で、最初はいきなり畳だし、着物だし、蛍だし、墨だし、屏風だと思いました。というわけで、基本的にまりもさんの感想とダブります。極道の文脈は僕はあまり持っていないのですが、そのようなイメージを持ってきて、兄弟間を争いをカインとアベルに絡ませていくと、詩が立ち上がってくる気配を感じ取る事が出来るようになりました。
0まりもさん。コメントありがとうございます。要所を抑えうまく遊んでいるとのコメ、とても嬉しいです。ありがとうございます。この詩は元々あった土台に、旧約の要素を取り入れて作られています。まず念頭にあった言葉は、「我はカイン」という非常に我の強い響き。これを活かすことから始まりました。結果「我はカイン」というフレーズこそ用いられませんでしたが、カインとアベルの宗教的な物語を上手く取り入れることが出来たのでは、と思っています。 「死んでもらいます」という、まさに「和」を彷彿とさせるセリフから、アルレッキーノへ飛び、まりもさん感じられるところの二ノ・ロータへと移り、最後屏風で美しく「和」に帰る流れ、をしっかりと把握していただけたのは快心であり、とても嬉しく思います。 最後に「太陽と聞いて『太陽がいっぱい』を思い出す」。いいではないですか。僕は「太陽」と言えば「太陽を盗んだ男」を思い出します。何れもインパクトのある作品ですね。これは後付けですが、カインの掌の上に太陽が浮かぶという構図は、天地創造をイメージさせ、カルマに満ちた歴史の始まり、との印象も与えることが出来たのではないかなと、とても気に入っています。
0hyakkinn様。コメントありがとうございます。そうなんです。結構東洋的なのです。というよりむしろ東洋的で古風になりがちな要素をいかに、現代風にアレンジするか、という点にこの作品は力が入れられているのです。極道の文脈は実は僕も持っていないんですよ! 和風エンターテイメントの文脈は持っているかもしれません。そこに花緒さんも着目していただいた「エデン」。そして「カインとアベル」といった要素が絡み、作品としての一つの完成形を見たのではないかと、とても満足しています。閲覧とコメ、誠にありがとうございました。
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