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『「詩」と「詩論」』を読んで
右肩ヒサシさんの詩の批評を書きます。 「詩的真実」に従った水の流れ。水や翡翠の自然は、「詩的」に「真実」に捉えられうるんだし、現実と言葉が照応しているという指摘か。「展翅」という言葉をめぐって、「快楽的死」(!)と「感情の浅い流れ」(!)に言及される。詩の言語は削り出された石だ(!)。詩の言語は真実の具現をコントロールしている(マジか!)。 従弟とのたわむれは、快楽を目的としない性行為。世界を最終的な死に導く、展翅的行為。 子供の鳥のような性器の美しさ、歳を取った性器に表される、性の表面の醜さ。 女性との性。豚のようにもなり、足を舐めることが今の「僕」の詩。言葉が他者の肉体を取り戻させる。子供の頃へと還る、予感を持って。性と言葉というのはつまり、詩と詩論、と言えるだろうか。あんたの詩でもあるという他者へのまなざし。言葉は詩という子供を妊んだだろうか。 「美学」が透徹されている。その背後には、恐らく沢山の詩作をされて来て、こうするのが面白いぞ、という経験が積まれてあるのだろう、と推測する。 twitterでの右肩さんとのやりとりで、予感が生まれる、と聞いた。この詩も予感に満ち満ちているように思われる。成長と退化のくり返しの果てに、生きることや自然といったものが強く掴まれ、経験をされている。詩の踊りは誰も排斥しない。ただ、関心を求めるだけである。人柄まで見てしまうのは、見過ぎだろうか。僕もそんなふうに踊りたい、つまり右肩さんと会話、交歓をしたいと思ってしまう。そして、詩作品自体でやりとりすること、それこそ何よりの交歓ではないか。 以上で批評を終わります。右肩さんの美しい文に比べ雑な文章になってしまったかもしれませんが、一生懸命書きましたので、ご笑覧ください。素晴らしい詩にぜひあたっていただけたらと思います。
『「詩」と「詩論」』を読んで ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1172.5
お気に入り数: 0
投票数 : 1
作成日時 2023-04-07
コメント日時 2023-05-21
黒髪さんの炯眼と言うか 対象の作品に飛んでみたが素晴らしい作品だった 引き込まれると言うか 右肩さんの恐ろしさにふれた感じがしたな。 俺にとっては其れを恐怖と感じてしまった美しさの果てにあるものとして 言葉と言うモノの恐ろしさを感じました
1批評を読んでくださりありがとうございます。この詩、すごく良いですよね。再読して、女の人がキスをして、これが私の詩だ、と言うところとか、かっこいいと思いました。吸収さんは言葉の恐ろしさを感じた、と仰ってますが、言葉にこれほどの肉迫を見せる詩も多くはないと思います。
1黒髪さん、ありがとうございます。 力を入れて書いた作品でしたので、取り上げてくださって嬉しいです。 また書こうと言う気力が湧きますね。 ここ数日、色々な方から励まされることが多くありました。
2右肩さん、批評を読んで下さりありがとうございます。批評を書いてよかったです。これからもたくさん書いてください。また読むのを楽しみにしています。ファンも増えると思います。右肩さんの作品は凄いです、特別なものだと思います。励みを受けてまた創作されるといいと思います。
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