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ルゥルゥの犬
犬は、3回遊ぶと2回は泣いた。2回に1回ではなく。そして、泣く時は、必ず「ルゥルゥ」と泣いていた。僕はその泣き方は、正直イカすなと思っていた。 ひどいことを僕が言ったときも、待ち合わせに2時間遅れてやった時も、やつ自身の感情がコントロールを失ったときも、ルゥルゥと泣いていた。小さくも細くもない瞳いっぱいに水滴を溜めて、アイラインを洗い流すようにルゥルゥ言っていた。 僕は、昔、ペパーミントの犬を飼っていたんだよ。あの子は、ペパーミントしか食べない、みどりのふんをする変わった犬だった。いい匂いがしてね、かわいい子だった。 それを聞いてまた、犬が隣でルゥ、と言いかけたのでやつの唇にじぶんの唇を押し当てて黙らせた。どこに泣く要素があったんだよ。 僕たちは、5軒のホテルを何度かずつリピートして遊んだ。やつも僕も風呂が好きだった。犬は、風呂でときどき、機嫌良く鼻歌を歌っていた。そのまま長湯をして、ベッドでぐったりしたやつは、首筋まで赤くしながら、まだ歌っていた。 犬の部屋にはベッドがなく、そこは待ち合わせ場所としてしか機能しなかった。ホテルに行く時も、遠出する時も、食事に行く時も、いつもそこで待ち合わせた。 耳が凍えるようにつめたい夜、犬は5階の自室の窓からアパート前に立つ僕を見下ろしていた。手も振らずにこちらを見ている。そのままやつがこちらへ落ちてくる気がして、僕は部屋へと急いだ。 「ロミオとジュリエットみたいだった」 僕の言葉に、犬はぎこちなく笑った後、発作的に涙した。ウッ…ウ。ルゥルゥじゃないの? と僕が笑いながら聞くと、彼女は、ごめんなさいと言ってこちらに縋りついた。温かい手が、やわらかい胸が、ミントの香りのする髪が、触れた。ドクドクと心臓の音がして、彼女の唇からぶどうのはみがき粉の匂いがして、それがどうしようもなく人間のもので、僕はすべてが嫌になってしまう。
ルゥルゥの犬 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1438.0
お気に入り数: 1
投票数 : 4
ポイント数 : 4
作成日時 2022-12-07
コメント日時 2022-12-21
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 2 | 2 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 4 | 4 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 2 | 2 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 4 | 4 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
筆致にモチーフ、描かれる主人公のスタンス、なにもかもが僕好みでした。 >「ロミオとジュリエットみたいだった」 この台詞のチープさがまたいいです。詩的なことだって言わせられただろうに。でもね、彼の言葉は読み手ではなく彼女へと向けられたもの。ここで読者サービスみたいな書き方をされたらそれはちょっと興が削がれたかもしれない。でもきっとそっちのがウケは良さそう。 >彼女の唇からぶどうのはみがき粉の匂いがして、それがどうしようもなく人間のもので、僕はすべてが嫌になってしまう。 いやー見事に台無しですね。良い意味でです。狙い撃ちされてんじゃないのってくらいの曇り空。「わかるー」「こういうこと言わせたくなるー」って、なんかもうこの詩と肩組んで「ラストで台無し同盟」を設立するために職員室に顧問を探しにいきそうになっちゃいました。
0コメントありがとうございます。よければ、 > いやー見事に台無しですね。良い意味でです。狙い撃ちされてんじゃないのってくらいの曇り空。「わかるー」「こういうこと言わせたくなるー」って、なんかもうこの詩と肩組んで「ラストで台無し同盟」を設立するために職員室に顧問を探しにいきそうになっちゃいました。 ここの、こういうこと言わせたくなるー について詳しく伺いたいです。
0僕って臆病通り越してスーパー個人主義なんですよね。初っ端から誰に伝わるんだよってな例えをいれるなら「メガテン3のムスビのコトワリ」みたいな。だだっ広い、何もない世界に、ただポツンと一人だけいて、根底的には「僕は僕自身を誰とも共有できない」と考えている。 それでいて自分勝手に寂しくなったりはするわけで、都合の良いときに一方通行で他者と触れ合う。だけど僕と他人は表面的、物理的には繋がっているようで、その皮膚のしたではお互いがお互いに一方通行なんです。僕らは基本いつだってすれ違っているけれど、僕は他人を噛み砕き、他人が僕を噛み砕くことで、お互いに共感し合った気になりたいんです。殴ったりセックスしたりってなんていうんだろ、「脳にわかりやすい」んですよね。相手の嫌なこと、気持ちいいこと、幸せなこと、を手に取りやすいし、自分も考える力を失っちゃえるし。 どっかで女性の好きは加点法で、男性の好きは減点法だとかいう話を聞いたことがあって、主語は大きすぎるけど、なんとなくわからないわけじゃない。赤い糸は肉眼では一本に見えても実はお互いにべつべつの線で、片側から必死に張っていた一本がたわんだり、切れたりもする。その瞬間、その理由って自分でも本当によくわからなくって、表面的には繋がっているフリはいくらでもできるのに、お互いの内側のどこか一部が触れ合ったりする瞬間、噛み砕いて共感する振りを続けて、表面的に「わかってる、僕は解ってるよ感」出し続けてきたその相手。ルゥルゥの犬、ミントの香り、そんな僕の中で噛み砕いて創り上げたものではなく、自分へ対して「圧倒的に他者」をわからせてくる、そんな「実体」に触れたら、あ、なんか、ちょっと、僕には無理なのかもしれない。みたいな。だからそこでこのお話の世界はいちど閉じるんだよなあ。 触れ合えば触れ合うほど、見つければ見つけるほど、「自分はなんて一人だ」と、強く思ってしまう。うーん、なんとナイーブで、なんと自分勝手な。 僕はあんまレスが上手くないので、おお何言ってんだこいつ……ってなったらごめん。でも個人的にとにかく刺さった。 勝手に自分のことのようだと思える詩って凄くいい。僕たちはお互いお互いが一方通行だけれどそれでいいんだ。恋人との関係のようにその詩を消費したい。
0ありがとうございます。 > 噛み砕いて共感する振りを続けて、表面的に「わかってる、僕は解ってるよ感」出し続けてきたその相手。ルゥルゥの犬、ミントの香り、そんな僕の中で噛み砕いて創り上げたものではなく、自分へ対して「圧倒的に他者」をわからせてくる、そんな「実体」に触れたら、あ、なんか、ちょっと、僕には無理なのかもしれない。みたいな。 他者の他者性にびびってしまうみたいな話ですよね。なるほど。それはすごくわかりますし、共感もできます。自己完結したままでいいから、傷つきたくないみたいなね。作中の僕、はそうだと思います。噛み砕いて教えてもらえてよかったです。ありがとうございました!
0ラストにシャーデンフロイデとはまた違う、甘い爽やかさがあって素敵だと思います。「僕」の、身勝手のようでいて「耳が凍えるように冷たい夜」でもどこか温かみを感じさせる所もいい。
0コメントありがとうございます。シャーデンフロイデ、初めて知った言葉です。こういう概念もあるのですね。わかるけどわかりたくないような心の動きです。知見を開くコメントをありがとうございました。
1コメントありがとうございます。正直ひとに刺さるのを狙って書いたわけではなかったのですが、ありがたいコメントです。ありがとうございました。
0>僕はすべてが嫌になってしまう。 この終わり方が、ペパーミントと混じりあいアメリカの短篇っぽくて好ましい。
0コメントありがとうございます。アメリカの短編……。読んだことがないジャンルですね。ちょっと調べてみます。ありがとうございました。
0いい作品だと思います。 >犬の部屋にはベッドがなく、そこは待ち合わせ場所としてしか機能しなかった。 ベッドが無くてもいいんじゃないかと思うけど でも、待ち合わせ場所としてしか機能しない理由が これでよかったと思えます。 僕は滅多に愛を表現しないから >「ロミオとジュリエットみたいだった」 に発作的に泣いたのでしょうけど 彼女はどんな思いで、犬だったのかと思うとせつない そして、 >それがどうしようもなく人間のもので、僕はすべてが嫌になってしまう。 >僕は、昔、ペパーミントの犬を飼っていたんだよ。あの子は、ペパーミントしか食べない、みどりのふんをする変わった犬だった。いい匂いがしてね、かわいい子だった。 この子もほんとは犬じゃないんだろうけど
0コメントありがとうございます。全てを読み解かれてしまったので、何も書くことがないのです。これからもバシバシ書いていきたいと思わされるコメントでした。本当に、本当にありがとうございました。
0>僕はすべてが嫌になってしまう。 願わくば、反語表現であって欲しいと思いつつ。平等な人間関係の始まりへと1点を。
0ありがとうございます。"犬"と人間の関係を生活の次元に持ち込むと非常に問題ですよね。対等な人間関係、始まるのでしょうかね。コメントありがとうございました。
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