誰もが同じだろうけれど
僕もまた
初めて経験するかのようなことに遭遇し
震えている
今の場合それは
一人の女を愛せなくなったということ
その美しさ、やさしさ、柔らかさに飽きた
これは正しくないことなのだろうか
いや正誤の問題なのだろうか
愛し続けることは正しいことだと思える
でも人世を見ていれば
愛せなくなることは起こっているし
常にそういうことが起こる可能性はある
胸を騒がせる事柄だ
続く愛もあれば続かぬ愛もあるようだ
続く愛のうちには
何の問題もないように思える
おそらくその通り
何の問題もないのだろう
でも愛の車輪が重くなってきて
進みにくくなったとき
愛の車輪が重くなってきて
もう重くなる一方だと感じられてきたとき
正誤を問わずその愛に終わりが迫っている
愛が少しずつ新しくもならず
返りもしないものになってゆき
愛の秘密が尽きてレールが切れて
そして愛は脱線し停止し息絶える
作品データ
コメント数 : 7
P V 数 : 1237.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2022-10-09
コメント日時 2022-10-17
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
閲覧指数:1237.7
2024/11/21 20時36分55秒現在
※ポイントを入れるにはログインが必要です
※自作品にはポイントを入れられません。
車輪と愛を結びつけるのは面白いです。段々重くなっていく。運命の歯車でもありますね。三上寛の歌詞で、「恋の痛手に傷ついて 赤い夕日に涙を流しても そいつは始めから決まっていた事さ そいつは誰かのいたずらだったのサ そいつは何かのまちがいだったのサ」というのがあります。それと較べると、自分の意志が感じられる車輪というのは、また進んでいる状態だと思いました。
1コメントありがとうございます。車輪、これに意志が感じられるとし、進んでいる様態を見てくださり、かなりうれしく思います。私はあんまり物事に終わりを認めたくないんですよね。愛が終わっても、車輪が止まっても、やはり残るものは確かにあると思っています。
1コメントありがとうございます。どんな制度も外的な形であるとともに、それを抱いて生きる内的なものだとも思います。いろんな愛の形があってよいでしょう。犯罪や迷惑はいけませんが。終わるけれども続く、本当はそういう愛の性質を書きたいのですが、うまくいかないです。私は七年間つきあって突然終わった恋愛をした経験があります。終わったのは確実ですが、浅い言い方をすれば、まだ心のどこかで愛している、心のどこかに残っている愛がある、そんな感覚があります。時に苦痛を感じますが、終わって解放されたというハッピーな感じがするのもまた確かです。
0愛について詩を書くことは、個人的に難しいと思っていて、この詩には多くの違和感を覚えました。何故なのか考えたとき、「愛」という言葉を多用しすぎているからなのかな?と感じました。 しかし、 >愛の秘密が尽きて この表現は面白いと思いました。
1コメントありがとうございます。愛、このことに普通ということや普通でないことがあるのか、たぶん答えの出ない問題について私はいつも考え中です。また男女間双方向という愛の性質は見逃すことができませんし、愛にもいろいろあって、身内間の愛、師弟間の愛、などなどあるでしょう。私は男なので、この拙作では恥ずかしながら男から女への愛を書いたものですが、それだけを書いたものになったような感じがして、私はこの詩が今は嫌いです。それだけしか表さない「愛」という語の多用がおそらく、つつみさんに違和感を感じさせたのだと思います。今回は失敗しました、次は、もっと広く「愛」について考えたものを書きたいと思います。
1性愛の終焉の謎は私にはわからないです。幻想なのでしょうか。性愛だけで生きると切った張ったでみなさっていくのですかね。一人の人間の大切さを思うとき、性愛と友情と人類愛と、ありったけ盛れる人が家族や友人として残るのでしょうか。流浪のように失うのではいやだなぁと思う昨今です。
1コメントありがとうございます。性愛の終わりや、何かの終わりは事実であると同時に夢幻のようなものであると思います。思い出や未練といったことが事実の後に来るでしょう。それは新しくも返りもしないままおおっぴらな秘密とでも言うべきものになって胸のなかに一個の石のおもりのようにあり続けるのではないかと思われます。性愛、友情、人類愛など良いことばかり盛れる人が残るだけ、これは嫌ですね。大丈夫です、きれい事ではないきれい事で迫ってくる人間もいると信じましょう。
1