手紙は優に一万字を超えた。宛先にはありふれた言葉が溢れかえっていた。ポケットいっぱいの落丁。誤字と脱字が交互に復権と凋落を繰り返していた。午前午後ともにふしだらに育ち、雨は降りやむフリを辞められないからいつまでも日照り続きだ。
脆く儚い鎧を纏い老人の歩みはあまりに重く、まだ冷たい春の夜の心地よい瘴気にゆらりゆらりと揺れながら全身で呼吸し運命を吸い込む。すると、もらいあくびの猫が一匹とてとてと後ろを着いて歩くのだった。もうじき若葉が生い茂る。朝露に濡れないようにこの宇宙でたった一人の陽炎を燃やしていた。
僕は百の凡作を作った。鈍感にして敏感な精神と健全な肉体を持つ。夜明け前、冬の死体を目の当たりにした。きみと二人で鼻歌を歌った。二人とも曲名を知らなかった。でもこれが夢であることは分かっていた。罪だと知りつつも目覚めることは月曜日の眩い熱病だ。さて、どうしたい?答えは空欄のまま。
心が踊るのは踊り場だけだったんだ。日々の感情の微々たる機微をメートル法を用いて求めようとする。もう少しだけ背が伸びたらいいのに、背筋を伸ばしても空は高くなるばかりだった。夥しい数の過去の亡霊を引き連れて歩く帰り道。額にぽっかりと穴の空いた穢れなき獣が何食わぬ顔で鳴いている。
と聴こえたのを最後にカーラジオはノイズへと変わる。何を話していたのかさっぱりわからなかった。
花の眼球を抉りとるような耽美な微睡みに酔いたい。あとちょっとのところで独りじゃなくなったのに、きみがおすすめしてくれた映画の良さを少しも理解できなかった。人が簡単に死んでいくのをフィクションでも観たくないと思った。優しいんじゃないよ、眠りたいだけ。ふと我に返る瞬間、何一つ失わずにいられることがうれしかったんだ。そう言って男は書く手を止めた。と書かれていた。
作品データ
コメント数 : 4
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作成日時 2022-05-10
コメント日時 2022-05-12
#現代詩
#ビーレビ杯不参加
#縦書き
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2024/11/21 20時29分40秒現在
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切ないようなちょっとやるせないような感じです。しかし不謹慎ながらそんな手紙の主の描写が美しいと思いました。 2〜3連に人称変化がありますが自然に読み進められ、勉強になりました。
1拝読させて頂きましたが。文脈の運びが凄まじく、巧みでございますね。 「私」や「自意識」を微塵も感じさせぬ、構造的な面白さ。とても凡百の叙述では敵わない水準の傑作であると、感受を致しました次第でございます。
1コメントありがとうございます。 美しいと言って貰えて嬉しいです。読みやすさにはこだわって書きました。
1コメントありがとうございます。 文脈の運びにふれてもらえてうれしいです。意識してつくりました。 傑作だなんてもったいないお言葉。大変恐縮です。
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