前回( https://www.breview.org/keijiban/?id=8976 )
帰国から一年と二ヶ月が過ぎた頃に姉は自動車免許取得の計画をした。最短の日数で取得したいので軽井沢にある免許取得の合宿所へニ週間ばかり行きたいのだけれど、それまでにオートマチックギアのスポーツカーを一台買っておいてくれないかと姉は父にお願いをした。
「スポーツ車ならマニュアルギアがいいね。あなたなら問題なく乗りこなせるでしょう」
という父の勧めに、どういう車を選べばよいか迷っていて、スピードが出せるスポーツカーというイメージだけなのだけれどと、打ち明ける姉に父は、
「GTRか、RX7がよいと思うけれど、2人乗りではなくて後部座席もあったほうがよいのかな?」
何を目的にする車なのか、父は父なりに必要性の限度を測り知ろうとする。不法滞在中のエチオピア人が逃亡する手助けに使う車だと姉は、絶対に明かさないし、スカイラインGTRが人気のスポーツ車であることを知らないままに選ぶ。
「友人、弟も乗せ、遠出するのを考えると後部座席もあったほうが便利かな」
*
エチオピアを出国したタデッセ一族の子孫たち。ダニエル•タデッセはアメリカのボストン大学へ進学後、日本へ渡りいくつかの肉体労働に就いた。日雇いの土建業、それから、牛の皮を剥ぎ牛革を製成する仕事。牛皮剥ぎの工程には特殊な溶剤が使われている。日本人が誰もやらない危険な洗浄仕事は、密入国のルート斡旋をする人身売買の組織がそれを請け負う。取り扱われる人材のうちダニエルたちアフリカ系の人種は一割ほどで、九割は東南アジア系。タデッセ一族がプール付きの自宅を草原の国に建てるまでには、アジアの果ての国における現代の奴隷制度が必要とされた。
牛革製成に使う溶剤がダニエルの手を荒れさせ、やり切れない日々が彼を違法薬物へ向かわせた。違法薬物の摂取まではまだよかった。敬虔なカトリック教徒だったはずの彼は、いつからかロザリオをテレビ台に放置して出かけるようになる。ロザリオを忘れた信仰者にとって倫理観というリミットは実感から離れゆく。実感無き倫理観は観念の愛にすぎない。観念の愛は違法薬物の接種を後押しする。しかし、神はまだ死んではいなかった。ダニエルが初めての性交へ姉を導き、彼女は彼が忘れようとしていた実存の愛を捧げた。
六月の梅雨の時期、深夜、友人との食事後、最終電車に間に合わなかった姉は歌舞伎町のカラオケ店でダニエルと出会う。1人カラオケ用の部屋を出てトイレへ向かう彼女を男子トイレへと引き込んだダニエルは狭い囲いのなかで姉のジーンズを降ろす。
(つづく)
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作成日時 2022-03-29
コメント日時 2022-03-29
#現代詩
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2024/12/04 02時35分59秒現在
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