漠然とした寂寞の中に息をしている。
身を刺す空気が酷く恋しく、連なる山々でさえこの季節であれば青い葉を見せ始めて居ると言うのに、ひとり私の肺は冬に取り残されたまま、酸素を欲しがって喘鳴を吐くのだった。中々に浅ましい肺である。ナンダコイツハ、と他人事の様に脳の隅で考えながら小突いたら、咳が出た。当然だ。この肺は紛れもなく私自身の物であるから。然しなんだか理不尽なような気がして、もう一度小突いてやろうかと考えて、やめる。私という自己意識は私の肺という概念よりも、えらいのだから、譲ってやろうという考えだ。これは道理に適っている。我ながら良い。
肺を捨て置いた後ではあるが、この次に目が厄介だった。隧道を抜けども雪国は広がらない、霜は菊と見紛わないし、梅は雪と違えない。先刻僅かに晴れた気分がまた曇り出すのをどうにか押さえようと今度は目を瞑ってみた。すると今度は鼻腔をペトリコオルが擽る。石のエッセンスだとかいうそれを私は案外好んでいて、死ぬ時はどうにかこの匂いと一しよになって焼かれたいと思うのだが、とにかくそんな匂いがした。暫く其の儘で居て、ほつりと雨垂れの頬へ落ちるのを感じて、雨声の輪郭を撫ぜて、木々の揺れに耳を済ました所で漸く私は今日初めて気づきを得ることになる。何かと言うと、雨はほとばしる物であって、そしてまたそれは冬の風に似ている、という事である。私はウン年も生きてきて初めて雨がほとばしるものであると知った。そしてその事は私の冬への恋慕をはつかに満たしてくれるものであったのだった。
作品データ
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作成日時 2021-05-24
コメント日時 2021-05-25
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/12/04現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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2024/12/04 02時34分26秒現在
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雪国の人間でなければ、雪国の冬の尊い感覚はわからないだろうけど、それを雪国以外の人に伝え、表現するのは難しいと思っています。 雨への感覚の ▷ 雨はほとばしる物であって、そしてまたそれは冬の風に似ている という表現もわかる感じがします。 季節を敏感に表現されている作品ですね。
1雪国の人間でなければ、雪国の冬の尊い感覚はわからないだろうけど、それを雪国以外の人に伝え、表現するのは難しいと思っています。 雨への感覚の ▷ 雨はほとばしる物であって、そしてまたそれは冬の風に似ている という表現もわかる感じがします。 季節を敏感に表現されている作品ですね。
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