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電子レンジの音が鳴らない世界で、遠くには海が見えている。
家に帰ると海になっていた。 そこはもう家ではなく、海の真ん中に立っていた。 おーい と言ってみる。 次はひときわ大きな声で、 おおーーい! と張り上げる。 大海原のど真ん中で、ほんのわずかの陸地を巡り、声だけが戦いあう、戦争のように僕には見えた。 下を見ると、足跡が残っている。 誰かが先に帰っている、僕はそう直感した。 砂の手触りはさらさらして、ゴミ一つない海岸だ。 このビーチを離れ、奥の方へ、可能であれば、足跡の方へ行かなければならない。 砂山を超えた先は、海の家になっていた。 電子レンジが回っていて、辺りに誰かいるはずだが、姿がない。 足跡はここへ続いている。 電子レンジは音を立てずに止まった。 それと同時に電気が止まり、海の家は暗くなった。 日差しだけがかんかん照りの、海を見渡す海の家で、海もまた、音もなく白い波を立てた。 何を温めていたのだろう? テーブルには破り捨てられたスパゲッティの袋がある。 『なす入りミートスパゲッティ』 賞味期限には2015.1.30と書いてあり、なぜか心がざわざわする。 電子レンジのふたを開けると、まだカチカチに凍っていた。 忘れ物でも思い出したみたいに、これを温めた張本人は、ふとどこかへ行ってしまった。 そして、それっきりもう帰らなかったのかもしれない。 ひょっとして、この海が生まれたのも、それが理由なのかもしれない。 戦争の後、海は静かになると聞いたことがある…… 「帰ってたの? おかえり」 そのとき急に声がした。母の声だ。 驚いて振り向くが、いない。 僕はそこらじゅうを探した。 テーブルの下を覗き、本棚の裏を確かめた。 テレビ台の後ろに回り、ベッドの下を赤い懐中電灯で照らした。 ほこりのつもった学習机の下を、かつて暮らした自分の部屋を探した。 玄関から外に出て、またおーい!と叫んだ。 足跡は、一つしか残っていなかった。 ここへ続く足跡は、自分がつけたものだけになっていた。 風が吹き消してしまったのだろうか? 立ち尽くしてしまえば、海はやっぱり静かだった。 海の家も、同じくらい静かだった。
電子レンジの音が鳴らない世界で、遠くには海が見えている。 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1409.0
お気に入り数: 1
投票数 : 2
ポイント数 : 10
作成日時 2021-05-09
コメント日時 2021-06-02
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 2 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 2 | 1 |
エンタメ | 1 | 0 |
技巧 | 4 | 3 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 10 | 6 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0.7 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0.7 | 1 |
エンタメ | 0.3 | 0 |
技巧 | 1.3 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0.3 | 0 |
総合 | 3.3 | 4 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
あれ、いすきさんってこんな作風だったんでしたってなって、過去作再読したら、ああ、変わってないってなって、そんなことをコメントしてしょうもなあってなるよねとか考えながら、久しぶりに投稿したら初コメがおぢさんかよってなるよねっていうその自意識を振り解き 作品読み返して、ちゃんと食事とか忘れないで、海とか景色にちゃんと感情湧いて、実家の家族とかともそれなりにちゃんとやってんだなぁって、安心しながら タイトルの付け方頑張られたなって、やっぱ、安心しましたよ。 この無作な文体ってけっこう、二十代後半男子世代にはウケるんじゃなかろうか。トレンドは変わりますよね。
0タイトルに惹かれたものがあったので、それをきっかけに読ませていただきました。 率直な感想を書くと、「ちょっと一回この詩の主人公になってみたいなあ」という感じでした。 この詩を文章だけではなく、肉体で体験できたら、それは心静まる(ラストシーンでも、海は静かですよね)詩情があって、えもいえない体験になるだろうなって思いました。私は「静かさ」というものに日頃からとても惹かれていて、詩にもよく出てきます。 私が文章から風景、光景を写実的に想像するのが下手なので(だから小説の情景描写を読み取るのも下手です)、詩の中に入って実体験したくなるような詩だなあと思ったのかもしれません。 技巧的な面については上手くコメントできなくてすみませんが、「電子レンジ」という、一瞬(残響を含めれば、数秒)の音を出し、かつ人の存在を示すモチーフの使い方と、タイトルの秀逸さを感じます。色々と私の性癖というか京楽に合う詩で、心地よかったです。
0あれ、みうらさんっていなくなってしまったと勝手に思い込んでいたので、コメント頂けてダブルでびっくり&嬉しいです。 海っていいですよね。無責任で都合がいい、とも言えますが。 タイトルは頑張りたいです。でもこんどは逆に「肋骨」とかでいこうかな。 それにしても作風っていう言葉、なんか一人前の詩人みたいですね。僕は実際ぜんぜんそうではないですが、とにかく「だった」は好きです。 20代後半っていうとそれもそうで、インターネットのチャラい(?)文学に慣れ親しんだ世代ということになるのかな。 ようするに、現代の防人の詩なんです。(超絶ポジティブ)
0ありがとうございます。嬉しいです。 「静か」っていいですよね。 どんな表現をしたいかによって話は変わると思いますが、「静けさ」が最もたいせつであるような作品で「静かな暗い部屋」という表現をしてしまうのは、戦略としては最低なのかもしれません(ぼくの書いた詩の話です)。つたない例で恐縮ですが、たとえば「吸音材が敷き詰められた音楽室の壁の向こうに~」とか、理由をつけてそんな風に言ったほうがよかったって思うときがあります。 なぜかというと、私たちは一度も「静かな暗い部屋」という名前の部屋に入ったことがないからです。 これに対して、音楽室には誰でもいっかいくらい行ったことがあります。 ようするに、海っていうのはなんか創作くさいなって自分でも思うんですよね。 でも、結果的には何かがうまくいってくれたみたいです。 本当によかったよかった、です。 ありがとうございます。
1私はじっくり読みほどくが出来なくて感覚的な読み方になるんだけど 文が面白いし、文の見せる映像もちゃんとイメージが浮かぶ 私はこれを良いと思っている もっと多くのユーザーに見て欲しいと思う。 なので投票を入れます。
1電子レンジのくだりは単にブレーカーが飛んだとも取れましたが、母の声のくだり、足跡のくだりは抒情が有ると思いました。海に関してはこの詩全体を覆う主題だと思うのですが、声だけが戦いあったり、戦争ですね、戦争。「海の家」がありがちな海水浴客のために焼きそばとかかき氷などを提供するところではない事はよくわかりました。
1ありがとうございます。まさか貴音さんに投票いただけるなんて、嬉しいです。 >感覚的な読み方になるんだけど これが嬉しいですよ。コメントしにくいなって思われながらもコメント頂けたら、書いてよかったなあ、そして次はもっとうまく書きたいって思ってしまいます。
0そうなんです。この海の家は特別製で、海も特別製で、冷凍スパゲッティとかそういうのだけがたまに本物、という、この詩のために用意された特別な嘘の舞台なんです。人間の痕跡がなく空漠とした場所がよかった。山よりも開けていて平原よりはてがなく砂漠より安全な場所がよかった。ほとんど海なんていったことがないので、理想化しちゃってるかもしれませんが。
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