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1987 トランジスタ ラジオ
蝶番の錆びついた 屋上に続く赤茶けた鉄扉。寝転んで見上げる、どこまでも青い、夏の終わりの空。 午後の授業の始まりのチャイムがなる。タバコは丁度切れている。 ポケットのトランジスタラジオのスイッチを入れ、イヤホンを耳に押し込む。ラジオからはお気に入りのナンバーが流れてくる。 鉄扉が音を軋ませてゆっくりと開いたのに気づき、左耳のイヤホンを外す。シンジが顔を覗かせる。 「よぉ、やっぱりここかよ」 のんびりと歩いてきて、いつものように、俺の隣に腰を下ろす。 「昼メシまだなんだろ、ホラ」 焼きそばパンと牛乳を俺の胸の上に置き、隣に同じように寝転がる。 「辞めるんだってな」 シンジの間延びしたような言い方。 「おぉ」 俺の返事も、なんだか間延びしていた。 「悪いことなんて、誰でもしてんのにな、大人だって、俺らだって」 シンジがまた、空を見上げて、間延びしたように言う。 「アイツが悪いことしてたなんて、思ってねえよ、でも、アイツのせいで、誰がが困ったり泣いたりはしてたんだろーな」 俺も空を見上げたまま返事をする。 "アイツ"は父親で、この小さな田舎町の議員で、先日汚職で捕まった。 俺は"アイツ"がやってたことが悪いことからどうかは分からなかったけど、良くないことなんだろうとは小さな頃から何となく気づいてた。 "アイツ"は俺の入る高校を勝手に決めてきて、俺の話は何も聞こうとしなかった。ただ「お前の為にやってるんだ」と、俯いてそう言ったのは覚えている。 "アイツ"が俺とも母親とも目を合わせず、警察に連れて行かれた時、ひとつとして、言うことばは出てこなかった。 「見つかんなきゃ、悪いことじゃないのにな」 シンジがのんびりと言う。 「そう上手くはいかねえよ」 俺ものんびりと答える。 「何で、お前が辞めんの?」 シンジにそう聞かれて考える。誰かにマトモに答えられるような確かなものなんて、俺には今ひとつもない。ただ、自分で決めなくちゃいけない気がしたんだ、これからの自分にことは。 「誰かのせいにしたくないんだ、カッコ悪いからな」 俺が小さな声で言うと、シンジが思い出し出したように笑って言う。 「あぁ、あん時はかなりカッコ悪かったもんな」 数ヶ月前、俺は、周りの全てにひねくれていて、文句ばかり、八つ当たりばかりの日を送っていた。 「吉野由子」はその時、クラス委員かなんかで、文化祭の準備で忙しくしてて、毎日ふてくされて、八つ当たりして、わめいてる俺が心底気に入らなかったらしくて 突然雨が降り出した放課後 皆んなが慌てて、いろんな道具が濡れないように片付けるのにバタついてるのに、毒づいてた俺を、思い切り引っ叩いて、こう言った。 「そんなに嫌なりゃ辞めりゃいいじゃない、辞める度胸もないのに、カッコばっかつけて、バッカみたい」 それ以来、「吉野由子」とは口をきいていない。口をきけなかった、というのが正しい。考えれば考える程、言われた通りで、本当にみっともなくて、カッコ悪くて、顔さえまともに見られなかった。 そんなことをぼんやり思い出していると、また、鉄扉が軋んだ音を立てて開き、「吉野由子」が顔を出した。 驚いて固まっている俺と、すぐに寝たフリをしたシンジにお構いなしに、彼女はそのままスタスタと真っ直ぐ歩いて来て、俺たちの前、1.5メートル程の処で足を止めた。 「辞めるんだってね」 彼女はそう言って、何故か嬉しそうに、真っ直ぐに俺を見た。 俺は半分身体を起こし 「おぉ」 と俯いたまま、短く答えた。 「また、引っ叩きに来たのかよ」 俺が顔を伏せたままそう言うと、彼女は小さく笑って、ポケットから何かを取り出し、俺に放り投げた。 「お餞別」 そう言って彼女はクルリと踵を返し、振り向くことなく、鉄扉の向こうに消えて行った。 「お餞別」はハイライトだった。 手の中の小さな四角い箱を見て、俺はなんだか、泣きたいような、笑いたいような、可笑しな気分になっていた。 「吉野由子」の気配が鉄扉の向こうに完全に消えてしまうと、寝たフリをしていたシンジが、黙って手を出した。 その手に「お餞別」を1本乗せてやり、火を付けてやりながら、俺は呆然と、赤茶けた鉄扉を見つめていた。 「ユージさぁ」 突然、シンジが俺の名前を呼んだ。 「あぁ?」 俺は驚いて、間の抜けた返事をした。 「お前、カッコいいよ」 シンジが白い煙を吐きながら言うのを聞いて、俺は 「バーカ、当たり前だよ」と そっぽを向いて答えるのがやっとだった。 BGM トランジスタ ラジオ by RCサクセション
1987 トランジスタ ラジオ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1540.8
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 2
作成日時 2021-01-01
コメント日時 2021-01-21
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 1 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 2 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 2 | 2 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
RCサクセションか、懐かしいなと思って、二度読みしました。 小説的な詩ですね。
2ありがとうございます。 高校生の時、今から30年以上前に書いたものを、記憶を頼りに書き起こしました。 青臭い感じが、結構自分でも気に入ってたりします。
0ありがとうございます。 沙一さんに褒めていただき、本当に嬉しいです。 私は本当に感覚だけでしか、文章を書けなくて、自分が見たこと、感じたこと、経験したことからしか、それを私が持つ、少ないことばからしか、書けなくて。 皆さんの詩を読むと、深いなぁ、こんな表現の仕方があるんだって、いつも新鮮な感動があります。 それを糧にして、私も書き続けたいと思います。
0カッコいいです。私の少ない語彙力まで何処かにいってしまいました。ユージは辞めてからどうするのだろうと、思いました。
1こんにちは。タイトルからRCだなと推察しましたが、 《BGM トランジスタ ラジオ by RCサクセション》 というのを付け足したのは、この作品の進行のバックにはこの曲が流れている設定なんでしょうね。作者がこの曲に耳を澄ませたりリズムを感じながら(実際には流れていなくても)書いている様子と、作品世界が思い浮かびました。
1ありがとうございます。 カッコいい、1番意識して書いたものなので。 カッコよくありたい、この文章を書いてこんなに年月が経っても、その気持ちは変わらない、いいカッコしいの私です。 続きの物語は、もう今の私には書けないなと思います。 でも、あれから年月が経った物語なら、書けるのかな、書いてみたいな、と思いました。
1ありがとうございます。 タイトル、ラストのBGMから推察していただき、嬉しいです。 この頃、忌野清志郎ばかり聴いて、一人ででもライブに行く程好きで。 ラストのBGMの付け足しは、どうしても入れたかった、と言うか、これを入れるために書いたと言ってもよいくらいです。 それを感じとっていただき、感謝します。
1ありがとうございます。 初期のRC、今でも聴いてます。 他にも多摩蘭坂とか、いいことばかりはありゃしないが大好きです。 私が書いた中で、1番長い文章なのですが、褒めていただき本当に嬉しいです。
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