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みやちゃん
幸せと不幸せの数は同じだと 云う人がいるけれど 自分の置かれている立場は その時はよく分からなくて あとになって思い出してみると 笑い話になっていたりもする 鎌倉発の江ノ電は 平日の午前中だけあって 乗客もまばら 目の前には 赤ん坊を抱いて 五才くらいの女の子を連れた お母さんが座っていた 和田塚を過ぎたあたりで女の子が 「ママ、おなかがいたいの」 とぐずりはじめた お母さんは慣れたもので 「みやちゃんの、いたいのいたいの とんでけー、とんでけー」と 手かざしでサラリとかわす 長谷に着くと 外国人の団体さんが乗ってきた 江ノ電は車両が小さいから ドアをくぐるように乗車する と、その中の一人が頭をぶつけて 「アウッチ」と呟いて苦笑い 車両の一隅に小さな笑いの輪ができた ぼくは英語が不得手だから 「ミスターそれは、みやちゃんの いたいのいたいのだったのですよ」と 教えてあげることができぬまま 稲村ケ崎で下車した ガタゴトと走り去る江ノ電を 踏切越しに見送りながら ぼくは幸せだったかな それとも不幸せであったろうかと 思わず頭をさすってみた
みやちゃん ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 957.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-08-30
コメント日時 2017-09-11
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
何でこんな良作に1個もレスが付いていないんだ。ええい、この作品の凄いところは、外国人たちが頭をぶつけてアウッチとか言ってる場面で、いかにも日本人らしい感性でスナック菓子のような「ミスターそれは……」という日本語を繰り出したる様よ。これこそ正しく日本人的な異人観を捉えているように思われる。
0日常生活で、ふと気づかされたこと、のスケッチ、のような作品だと思いました。 吉野弘が、電車の中で泣きだした子と若い母親の姿を描きながら、そこに聖母子の姿を重ねる(そして、今日は素敵な情景を見た、と「しあわせ」を感じる)作品がありましたが・・・(題名は失念しました) いたいの、いたいの、とんでけ~と、〈手かざしでサラリとかわす〉情景描写の部分、さらりとひらめくお母さんの手の下から、まるで魔法にかかったように、にこやかな笑顔が現れていたら。そんな情景が描かれていたら・・・もっと臨場感が増したのではないか、と思いました。 実際の光景を、実際の時間軸に添って描いた、ものかもしれませんが・・・みやちゃん、の「いたいの」が「とんでけ~」と飛ばされた途端に、その外国の方がその「いたいの」をもらった、というような関係性に圧縮してみたら、どうだったろう。 他者の痛みを、知らぬ間に他の人が分かち合い、受け止め、軽くして逃がしていく。そんな不思議な「しくみ」に気付いた・・・そんな発見について触れて行こうとする作品である、という気がするのですが・・・もしそうであるなら、もう少し、そこに踏み込んでみても良かったかもしれない、と思いました。
0コメントをいただき有難うございます。 読み手の方の想像が広がるものを書きたいと思っています。
0こんにちは。 第三連までが最終連でグッと繋がってとても深みのあるおしゃれな詩ですね。 最終連で不思議な哲学的なものも感じました。 いたいのいたいのの使い方が可愛い詩ですね。
0コメントをいただき有難うございます。 「禍福は糾える縄の如し」を考えながら書いてみました。 気に入っていただけたら幸甚です。
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