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未のうた①
視界の先に校舎がおぼろげに見えている。強い日差しにさらされた校庭には、体育座りをした子供たちが集合している。皆、顔はよくみえないが、その様子から、何かよくない雰囲気であることはわかる。視点が急に変わり、ぼくは皆と同じように体育座りをしている。と、いまが新学期の始まりであること、この集まりが新しいクラス編成であることの知識が挿入される。皆、一様に不安そうなのは、そのせいなのだろう。砂や小石のチクチクした感触がお尻に痛い。でもすぐに慣れる。同時に、このクラスに慣れることは簡単ではないこともわかる。ときおり校舎に向かって風が吹き、朝顔のツタやしぼんだ蕾をざわつかせ灌木を揺らし、ぼくらの前で砂埃をあげる。先生らしき、おじさんが立っており、そのすぐ横に不安そうな、緊張でいっぱいそうな少年がいる。新しい人が来たわよと先生が言っても、皆の不安は変わらない。周りの顔さえほとんど知らないのだから、転校生が来ようが来まいが同じことだからだ。転校生は、よろしく……としどろもどろに言っただけで、すぐに皆から忘れ去られる。早く家に帰りたいのに、なぜ大人は応じようとしないのか。転校生がこちらをずっと見ている。ぼくに似ていた。ますます不安になりまわりを見渡す。校庭の端のベンチで、用務員らしきお婆さんが休んでいる。というのは誤解で、ただ座っているだけなのかもしれない。ただ座って何をしているのか、おそらく何もしていないのだろうけど、あれがお婆さんなりの時間の過ごしかたなのだろう。座っているこのぼくの時間と、お婆さんの時間の流れは同じではなく、またそこにはその人に積み重なった時間の層が別に存在する。お婆さんは思い出す。自分の住むアパートの窓から見える風景を。山々が薄黒い背景となって遠くに連なる。見おろすと、住宅街と道路、それと馬術場の赤茶けた馬場が、大きなひさしに隠れて少しだけ見える。運が良いとその視界の狭い一角に馬が現れ、人を乗せている。馬体はキラキラと光り、反射がまぶしいくらいだ。お婆さんが帰途につく。鍵もしていない銀色の郵便受けをあけ、まずちり紙の束を回収する。誰も住まないこのアパートにもそういうものは必ず届く。そこには、他人のざらざらとした手触りというか、吐息に近いものが感じられる。ちり紙の束に大事なものが挟まれていないか確認し、空洞状の、注意しないと足をひっかけそうな外階段をのぼる。のぼりきったところで、家の鍵を財布から取り出す。鍵穴は油を入れたりして、ずいぶんスムーズに回るようになった。それでも錆の粉塵のようなものが毎回鍵と一緒に外へ出てくる。アパートは小高い丘の上にあるため、雨が降ると、国道へおりていくための石階段に雨水で小さな川と滝がができる。そういうときに、お婆さんたちは外に出ない。足を滑らせたらあの世行きだからねと、ぼくのいなくなった弟は昔よく笑っていた。駅の手前の国道の、長い赤信号で足を止めた。雨は家を出たついさっきよりも強くなり、傘を持つ手がときおり震える。路線バスが通りすぎる。振動が足元に伝わり、風圧で飛ばされる水滴が横殴りのシャワーのようだ。バスは雨水をまとって巨体を膨らませ、ひとまわり大きくみえる。ぼくの視線が運転士から後部座席に移る途中で、車内の効きすぎる空調の涼しさが想像され、この蒸し暑さが心なしか緩和される。ついには鳥肌も立つかと感じ、後部座席の窓側の人が寒さからか腕をさすっているのが見え、感覚が交差する瞬間、それが弟だとわかる。通り過ぎたバスの背中を追う足が、意思とは関係なく早くなるが、追いつかないと頭でわかり、立ち止まった。突然、やるせなさが襲ってきた。
未のうた① ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 855.4
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ポイント数 : 0
作成日時 2020-10-27
コメント日時 2020-10-27
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文