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フィラデルフィアの夜に XⅧ
フィラデルフィアの夜に、呼びかける声がします。 街の雑踏に、紛れ込むようにそんな声がします。 「おおい、おおい」 そんな声でした。 行きかう大勢の人々の中、その声に反応したのはただ一人だけ。 気のせいかと思うも、その声はやはり耳に届く。 「おおい、おおい」 その人は誘われるがまま、進んでいく。 人々と車が行きかう、明るい街中からその声の元へ。 次第に暗くなっていく、世界へ。 夜、街が暗くなっていく。 歩くほどに。 人の気配が無くなっていく。 代わりに潜むのは危険。獣のような悪が潜む。 それは一人歩き進んでいく者も知っている。普段なら決して行かない奥へ行っていることを。 でも声がする。呼びかけが続く。 「おおい、おおい」 その声に従い、引き寄せられていきます。 知らない建物が増えていく。 地図に載っていない道に入っていく。 道は荒れ果て、砂利や土、ついには背の高い草を掻き分け進んでいく。 「おおい、おおい」 自分でも何をしているのかわからなくなっていく。 でも声が呼びかける。 「おおい、おおい」 だから進んでいく。 何かが、あります。 朽ちた建物。元は誰かの家。 その周りには雑草は生えておらず、きれいにされている。 「おおい、おおい」 声がします。その建物から。 誘われるがまま、入っていく。 暗く何も見えない。 持っていたマッチを擦り、中を照らす。 あるのは像。 教会で見た聖人たち。 薄明かりで見たシルエットはそう。建物に入り、さらに近くで見ます。 もう一度マッチを擦り、見ました。 確かにその像は、立体に作られた聖人たちの像。 でもそれは、異常なまでの執念で編まれた針金。隙間なく巻かれ銅像のようになっている。 鉄骨や残骸が巻き込まれ、かえって生々しく。 「おおい。おおい」 声がまだする。さらに奥から。 さらなる闇の中へ進んでいきます。 聖人たちに見守られながら。 マッチをまた擦ります。 聖人たちは厳しく、また優しくその歩みを護ってくれている。 「おおい、おおい」 声が近くで聞こえてきました。 マッチをもう一本擦り、照らします。 像が、一人でにでき上がっていっています。 そこには誰もおらず、ただひとつだけ動いていました。 針金、それ自身が。 的確に、精緻に自ら編まれ巻き付いて、巻き込んで。 驚きのあまり、その人はマッチを投げ捨て走り去ります。 気が付いた時には、街の雑踏の中にいました。 もう、声は聞こえません。 ただ、あそこまで丁寧に聖人たちを作っているのならば、そう邪悪なものではないとも思いました。 でももう、その廃屋に行くことも、誘う声も聞く事はなかったのでした。 「おおい。おおい」 いつの日かの夜に誘う声がまた、誰かの耳に届くかもしれません。
フィラデルフィアの夜に XⅧ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1254.8
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 6
作成日時 2020-10-25
コメント日時 2020-10-27
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 1 | 1 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 6 | 6 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0.5 | 0.5 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0.5 | 0.5 |
音韻 | 0.5 | 0.5 |
構成 | 0.5 | 0.5 |
総合 | 3 | 3 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
「おおい。おおい」と呼びかけられるのは、作中人物だけではなく、まさに読み手である私でありました。私は義務感と興味心がないまぜになった気持ちで、呼びかけに応じ不思議な世界の暗闇の中を歩んでいきました。そして街の雑踏の中に戻ってからも、いつかまた呼びかけが聴こえる日を待ち望んでいるのでした。
0今回は「山怪 弐」(田中康弘/山と渓谷社)にいくつかあった「山で聞こえた呼びかける声」と「石仏のある岩塔」から着想を得ました。 この本は猟師や林業従事者などの山に日常的に入る人たちから聞き取った、彼らが体験した奇妙なエピソードを記録したものです。 その中でどういう訳か山で呼びかける声を聴いたという人が別々にいくつか出てきます。 しかも明らかに人が呼んでいるものじゃないのに。しかも危うくその呼びかけに応じて行方不明になりかける人まで。 あと、石仏のある石塔は一度見つけたきり、二度と目にできないとか。最近見た人がいるみたいですがその人ももうたどり着けない。 そんな話からできました。 自分もまたそんな呼びかけを待ちつづけております。
0>この作品の世界を越境して、私たち読者のいる世界にも未知からの呼び声がどこからともなく響いてくるかのようです。 お褒めいただき感謝です。 自分もそんな声を待ち続けていますが、考えてみれば怖くもありますね。 作者ですけども。
0全然異なる印象というのは、予想外でしたが。 そう感じられるのは、こういった呼びかけのせいかもしれませんね。 どこか人の気配がするというか。 呼びかけについていくのは、作者としても少し怖いですけど。
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