それで、佐川さんに学校の廊下で声をかけられた、今日いくらもってるのって。
「えっ?紙芝居ならもってるさ。」
僕は佐川さんはそのことをきいてるんだって疑いもしなかったんだよ。黒山が通りかかったから、おれは呼び止めて、「なあ、そうだろ、紙芝居だっ」っつった。
黒山が言いくるめて佐川さんは紙芝居をすることになった。佐川さんってこういうことにはなんか弱いんだよなあ。あっという間に伝言が拡がって、教室はぎゅうぎゅう詰めで、みんな変に緊張してる。僕はこの御時世、気を付けなきゃいけないと思って、なんで他の誰かが言い出さねえんだという非難もあって、窓開けよーぜーっていったらみんな僕をぎょっと見た。福山が「おい、さすがに佐川さんがかわいそうだろ」っていったのであっそうかーって思った。「ただでさえ男だけの中一人でやるんだぜ」佐川さんは僕をじっとみて震えていた。
「かったるいときにさー、巻き舌になるの変じゃ~ん」
お決まりの文句でも佐川さんではなんかソワソワするなって感じで紙芝居が始まった。と、佐川さんは急にマスクの紐を引っ張ってマスクを顔に食い込ませて観客に突進してきて急に床の上をぐるぐるのたうちまわって、あいつら興奮してわめいてやんの、こいつら(紙芝居の)楽しみ方も知らねえのー思ってぼくはすぐに体育座りをくずして佐川さんに向かって床を転がり始めたさ。ぼくと佐川さんはほこりが舞うなかすぐに衝突してからみあって、床の上で体を押し付け合って、ぼくは佐川さんの顔を間近で見たんだ、最高だったね。食い込んだマスクがちょっとずれて、濡れた口の中にほこりが入っちゃててさ、一番いいのはおでこだよ、マスクの紐で髪が固定されて、汗かいてるとこなんか丸見え。しばらく見とれてたらみんながぼくら二人を取り囲んでるみたいになってたからさ、ぼくは彼女の魅力がわかってんのは確実に僕一人なんだって確信したね。僕一人なんだ。あの黒山ですら知らないんだぜ!そしたら、僕は、ほっこりくせえじゃんっつってあいつらをかきわけてカーテンの中に手を忍び込ませて、鍵を開けたんだ。風がびゅっと入って来て、屈強な男たちと女たちが向かってくるのが見えた。ああ、佐川さん、こいつは素晴らしい。どこまでいい女なんだ。僕は君を犯した罰を甘んじて受けよう、君への思いのために!
先生はこの状況をみて、ぼくら全員に、十分後ピロティーに集まるようにと言った。僕はうきうきしてみんなが呆然としているなかを突っ切って、校舎を飛び出して、(坂を上って)、丘の上の市役所の玄関口を凝視して、炎天直下の中、屹立していたんだ。時間なんてわかんなかった。汗がどんなに流れてむずむずしたって、姿勢を保つことが、どんな身体の欲求を満たすことよりも優先されたんだ、だって佐川さんのことを考えていたんだもの。これについて、嘘じゃない。
みんながわいわいしながらバラバラにやって来たとき、僕は僕の覚悟を見せつけてやろうと思ってより胸を張って待った。やつらは、僕を完全に無視して、丘を東の方から下ってボール遊びを始めやがった。僕ははっとしたね。僕は場所を間違えていて、ピロティーというのは学校のピロティーだったんだ。やつらはとく説教を受けて、3時限目からの予定を消化している。ふと坂の方をみるとひとり黒山がとぼとぼと歩いている。ぼくはすぐに駆け寄って、どうだったかって聞いた。黒山は答えて、「いや、さすがにね、白状したよ。だって、あんまり佐川さんに悪いよ」。こういった言い方をするのは、皮肉なんだって思うかもしれないけど、全然そういうのじゃないんだ。黒山ってのはこういうやつなんだよ。僕なんていうやつも含めて、人を非難しない、そして女にやさしいのさ。僕は黒山の腹に腕で触れて、ごめんねーごめんねーバックレちゃったっていった。黒山はこれらのことがある間、ずっと歩き方を緩めなかったけど、結局ずっとそうだったんだ。丘を登って、また市役所のある左側から下りて行った。ぼくはおそろしくなって立ち尽くしたね。だって、あいつが耐えて、結局ぼくも、佐川さんも傷つけないようにした所を佐川さんは見ていたってことなんだから。黒山は顔がいい。どうしよう、黒山に佐川さんを奪われてしまったかもしれない。僕はとぼとぼと丘を登って、市役所の右脇を通って下りた。
ぼくはとぼとぼ歩くうちに、佐川さんが笑って僕を見上げているのを見つけたんだ。ぼくはとぼとぼ歩いたさ、だって、佐川さんであるものは佐川さんだったものじゃないんだ。いつだってそうなんだ、僕が好きなものは一瞬後にはどんな醜悪なものに変わっているか知れないんだ。ぼくはとぼとぼ坂を下ったよ。佐川さんは笑って僕を待っていて、「今日いくらもってるの」って。
「電気工場に行くんだろ、十分にはあるよ」
僕は高速道路の端っこに居た。佐川さんは善良そうな顔をして隣にいた。風が吹いて飛べそうだった。「大丈夫?マイルは足りるの」
佐川さんの発言はそれっぽいなって思った。僕もそれっぽいことを言おうと思って、「電気が走ってるねー」って言った。本当に高速道路の白線が青白く浮かび上がってパチパチいい始めた。
佐川さんは非常にそれっぽくなってしまったので、今は足元の土くれを粉々にしては、マスクをずらして食べている。実は僕は頭の右上のところではずっと黒山のことを考えていた。すると、黒山が市役所の裏にすわっているのがみえた。
「あいつさぼってやがる」
「え?私、あなたしか見ていない」
「黒山ってさ、風流なやつだよね。そう思わない?」
「あついよね、でも風か」
「風流ってのはさー。あいつ、雲を見てるんだぜ」
「暑いけど、今日は風が吹いているね」
(マスクにさえぎられて聞こえなかったのかな?)
「むし暑いなあ、佐川さん、黒山って風流なやつだよね?」
僕は黒山がいる方を示して、すると黒山が飛んだ。高速道路の下の方まで青白い線が続いていた。
こういったことがかさかきのうた。
作品データ
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ポイント数 : 110
作成日時 2020-08-08
コメント日時 2020-08-13
#縦書き
項目 | 全期間(2024/12/04現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 1 | 1 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 2 | 2 |
技巧 | 101 | 101 |
音韻 | 1 | 1 |
構成 | 2 | 2 |
総合ポイント | 110 | 110 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0.5 | 0.5 |
可読性 | 0.5 | 0.5 |
エンタメ | 1 | 1 |
技巧 | 50.5 | 50.5 |
音韻 | 0.5 | 0.5 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 55 | 55 |
閲覧指数:2527.3
2024/12/04 02時55分26秒現在
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「コミュニケーションなんてありえないんだけど、それでもみんな大体はそれぞれ奇跡的にうまくやってるよね」ってことかなと思いました。
1電流の定義だって導体のある断面を単位時間に通過する自由電子のもつ電気量だし、時間は直接与えられた姿をわからなくしている。 ということじゃないですか?主観的な齟齬をなくすには客観的な齟齬を最大にしなければいけない。断絶するのに連続的ではいけない。 そういう意味では、夢って、とっても合理的ですよね。 と、まあ、こういうことはポリコレの話だと思うんで、問題は技。 題名と本文の差異はそれとは異なる法則で、問題にもできますが、これ、いいでしょ(笑) ・黒山の件。「僕」だけが自我をもつべきであるのに、佐川・黒山に感情を持たせてしまったきらいがあって、黒山が飛ぶのは破綻ですね。 読者がどう読まれたのか気になります。
0原口さん、コメントありがとうございます。 「奇跡的」ですよ。やっぱり、地球があるのと同様に。だからこそ、ちょっと穿った見方ではないですか?僕の考えでは、 恣意的に、うまくやってみせてるというべき、脚本の中の人間みたいに、まごころをなくして。
0※とちゅう、「僕」の表記が乱れていますが、意図したものではありません。結構ちゃんと推敲したはずなのに、初歩的なミスを。
0とても醜く瑞々しい高校生でしょうか。雰囲気がよくあらわされているなあと感じました。あるいは高校生の妄想でしょうか。
1全体を通して、夢を思い出している瞬間のようだなと感じました。 夢を見ているときは、夢の中の人物の言動が意味が通っているように思えるのに、夢から覚めると意味が通っていない。 そんな事を思い出しました。
1学校それ自体に、特定の形をした思い入れがあるのですか。 高校生という語の占める位置の中心的な部分からのベクトルの引かれ方は、 「雰囲気」についてのコメントをいただいたことが以前にもあるのですが、それは僕の立場ですね。つまり、僕は、すでに理解している読者(すなわち僕自身かそれに迫る者)は容易にポイントを捉えるがそうでない読者は「雰囲気」以上のものを自力で感じることができないという問題について、そもそもすでに理解していない読者なんていないし、もしいたとしても命をすべて浪費したような者だろうと思っている。ただ、鍛えなすった読者は妙手な読みを打たれることが常だなという留保はあるけど。 まあ、「そうですか」としておくのがちょうどいいところだと思ってます。
1>僕は佐川さんの顔を間近で見たんだ、最高だったね。 佐川さんは、AV女優の 佐川はるみ さんを中心的なモチーフにしました。 現実において、(奥村さんの、夢においてとは違ったニュアンスで、)意味が通っていないことを、僕は本当に素敵だと思っているんですよ。
0鋭い返信をいただきましてありがとうございます。「学校それ自体に、特定の形をした思い入れがあるのか。」というご質問に関しては「全くもってその通りです。」としかお答えできません。個人的に瑞々しく醜悪な季節であったなあと回顧的に思い出します。何のためにここに投稿をしコメントをするのかということについて言葉にするのが恐ろしく試みてもいませんが一度しっかりと考えてみます。
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