別枠表示
Insane loop
むくり。ベッドが軋み、私の上半身が持ち上がる。時刻は深夜2時であり、どうやら途中で目が覚めてしまったものだと了解する。 しかし……。ここは、確かに私の寝室である事は間違いないのだが……。私の動物的な直感のようなものが、確かに違和感を感じ取っている。暗闇に溶け込んだ空間の輪郭が徐々に冴え始めているが、やはり、何処もおかしな所はない。財布や携帯電話も机にあり、誰かが侵入した形跡もない。 しかし、体中が警鐘を鳴らしている。ここにいてはいけない、ここにいては、良くないような。そういったもの、そういった不快感だ。 *** 気がつけば、私は原っぱで散歩をしていた。黄色い野花や木々の葉が、ゆっくりと風に揺られている。何処か懐かしさを覚える場所だが、記憶の棚の何処を探してもそれらしき映像は見当たらない。 正面をみると《アイツ》が手を振っていた。興味深く思ったので走って駆け寄ったが、《アイツ》の顔をどうしても思い出せない。目の前に《アイツ》は確かにいるにも関わらず、顔を思い出せないので目を凝らしてものっぺらぼうにしか視認出来ない。ただ、《アイツ》が笑っていない事だけは確かであると理解している。 * 《ユキ》……ッ! 「私」の叫びが自室に響き、反射して消失した。気がつけば、「私」は変わらずベッドで横たわっている。どうやら、夢であったようだ。安心感が体を駆け巡る……。 * 《アイツ》は隣で、しずしずと散歩を続けていた。《アイツ》がくれたプレゼントを、今ここで開封しようか迷う。 「私」は舌なめずりをしながら、包装をビリビリに破いて箱を勢いよく開けた。中身は《アイツ》の10本の指だったので、《アイツ》に問いただしたくなった。何故、笑う事を忘れたのかについてと、何故「私」は《アイツ》を興味深く思うのかについてだ。 * 「わたし」は変わらずベッドで横たわっていたままだと了解したが……あろう事か、「わたし」の10本の指全てが跡形もなく消え失せていた。ふと枕元を見ると、明らかに「わたし」のものでは無い、か細い10本の指が散乱してあった。 * 『君は……。そうか、君もここに来てしまったのか。はじめまして、と言うより、久しぶり、と言った方が正解か。前も来たよ。君みたいに、死んだアルパカのような目をしたヤツがな。君も、元の生活に戻りたければ、無茶はいけない。負けちゃいけないし、近づいてもいけない。かく言う俺も、最早元の生活に戻れはしない。……お互い、苦労するよな。』《男っぽい人》は「わたし」にドーナツを差し出した。 * 《やめろ》! 「わたし」の左手には、所以も解らぬドーナツが握りしめられていた。何処から拾ってきたのかは不明だが、取り敢えず、なぜだか10本の指全てが快調に動く事を了解した。 * 『寒い……。1万円があれば、きっと助かるんです…………。』 「わたし」は1万円を差し出した。 『寒い……。多分もう1万円があれば、きっと助かるんです…………。』 「わたし」は1万円を差し出した。 『寒い……。もっと1万円があれば、きっと助かるんです…………。』 「わたし」は1万円を差し出した。 『寒い……。最早1万円があれば、きっと助かるんです…………。』 「わたし」は1万円を差し出した。 『寒い……。更なる1万円があれば、きっと助かるんです…………。』 「わたし」は1万円を差し出した。 『寒い……。やはり1万円があれば、きっと助かるんです…………。』 「わたし」は1万円を差し出した。しかし、《寒がったままの女》は霧のように消えて助からなかった。 * 「あなた」は起床と同時に、ドーナツにむしゃぶりついた。 * こんにちは、三河屋でーす。三河屋っつったって、三河屋でーす。三河屋ってのは、三河屋という名前なのは、三河屋っていう名前なのは、三河屋っていう風に名乗っているのは、それはもう、三河屋っていうことに三河屋が三河屋ってるからでして、三河屋で!す。三河屋!で!す。三河屋 * 《幻覚だ》 * 『挨拶謝罪感謝これらは命を尊重する次に人間関係において大切なものだ人間関係において大切ということは人間関係を構築するコンセプトが当社にない場合に於いて前述3点は形骸化するのであって人間関係を構築する意図を多分にプッシュする当社が挨拶謝罪感謝を蔑ろにする等と云う事態に陥る事はそれ即ち人間関係を構築するという当社のコンセプトそのものを蔑ろにする事に他ならず即ち貴様が人間関係を構築する意図を蔑ろにする外観を呈しているその時点で当社そのものを蔑ろにしているという事に他ならずそれ即ち社会的に排斥されるとまでは言い過ぎかもしれないが会社という一つのコミュニティからは一方的に排斥される余地があるという事に他ならずコミュニティとは実際問題そういうものなのだコミュニティの外側の常識がコミュニティの内側の非常識である事は言うまでもないがコミュニティの内側の常識がコミュニティの外側に持ち運べない事がまかり通るように』 * 《幻覚だ》 * 『こんにちは。私は《アイツ》です。貴方をお迎えする為に参りました。《アイツ》の名前をお書き下さい。』 「あなた」は差し出されたハンカチに、マジックで「あなた」の名前と「ユキ」の名前を書き、相合傘を追記した。 『ありがとうございました。またのご利用、お待ちしております。』 * どうやら、全て忘れてしまったようだ。《アイツ》の名前も、何もかも。 * 突然目の前に、目を失った赤ちゃんが現れた。うあぁぁぁん!うあぁぁぁん!と泣き叫ぶ姿、つるんとした頬、こんなのを何処かで見たことがあるのだが。 しかし、「おまえ」は全てを忘れかけている。思い出せるはずもなく、赤ちゃんは目のあった部分からとめどなく流れる血液によって間もなく絶命した。 * 「おまえ」は、最早人が出せるものとは思えない奇声をあげた。最早「おまえ」は、人である事を忘れ始めているのだ。 * 原っぱに来ていた。何かよく分からない花、何かよく分からない木が目に映り、真っ黒の人物が手を振っている。あそこにいけば、まず間違いなく「おまえ」は助かるだろう。「おまえ」は大急ぎで走りより、最後の記憶で《愛してる》と告げた。 *** *** *** *** *** おかえり。また今度のループも、ダメだった様だね。 え?気にすることなんてないさ。ボクは君の味方だし、君はボクの味方だ。そう、それだけで、私達は事足りるって、君が言い出したんじゃないか。 また、行くのかい?そうか。君は、どこまでも強い、そして最低な人だ。それを全て理解しているから、ボクは君の為に尽くせるんだけど。 うん、祈っているよ。ボクは、君が助かるためなら何人でも犠牲にするし、君は、君が助かるために、何人もを犠牲にする。それでしか、君が助からないのなら、ボクは躊躇しないよ。 じゃあ、もう二度とボクと君が巡り合わないことを祈って。ボクは、いつだって君の味方だからね。
Insane loop ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1400.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 7
作成日時 2020-07-27
コメント日時 2020-08-02
項目 | 全期間(2024/12/22現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 3 | 3 |
前衛性 | 1 | 1 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 1 | 1 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 7 | 7 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1.5 | 1.5 |
前衛性 | 0.5 | 0.5 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0.5 | 0.5 |
技巧 | 0.5 | 0.5 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0.5 | 0.5 |
総合 | 3.5 | 3.5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
評、ありがとうございます。 本作では「わたし」が徐々に「おまえ」と読者目線へ変化していくわけですが、作品に自我が気付かない内に影響を受けるような、そんな状況へ不遜にもチャレンジした結果となっています。 自己から逸脱したような作品を書こうと思っても、当たり前ですが書くものは自己の経験や知識以上のものを発出する事が出来ないと考えられるところ、巷で自己とは別の作品を生み出すと語られていることには理解し難いところがあるのですが、他方で、自分のことを語ろうと思っても当然自己には切迫出来ないところ、文章とはなんぞや?みたいな疑問が生まれてきます。 確かに本作、笑い飛ばしてしまわないと、まともな文章にはなり得ないのかもしれません。もう少し文章構造を練ってみます。
1