日曜日、彼女が目覚めたのは朝の六時。平日だろうと休日だろうと決まって六時には目が覚めるのは美徳だ。しかし、そこからまた眠りに落ちるのが休日というものだ。
次に目を覚ました彼女は、蒸し暑さと眩しさ。寝汗のせいで痒む体にげんなりする。
――だから夏場は早起きの方がいいのに……。
分かっているのに寝てしまう。後悔と自責に苛まれる目覚めは誰だっていい気がしない。スマホをタップし『AM11︰37』を確認すると、寝疲れた重い体を風呂場へと運び込んだ――。
彼女は運転が好きだ。運転という行為より、自分ひとりの車内、空間。誰にも侵されない聖域で移り変わる景色を眺めるのが好きなのだ。子供の頃、非常階段からグラウンドで遊び回る同年代を遠く眺めていたのに似ている。
街に行くわけでもないのにわざわざ鏡の前で服を選ぶ。それなりのメイクをする。自作のミュージックプレイリストがタブレットから流れている。そんな時間が愛おしい。
「アンタって綺麗よね。アタシが男だったら惚れてるわよ!」
スマホと財布だけ掴み取り、机の鍵を握ると彼女は出掛けていった。
――アタシって寂しい人間なのかなぁ。
――命短し恋せよ乙女。……なんだかなぁ。
三桁数字の国道をかれこれ二時間運転し隣県に入った。深緑の山々に囲まれた盆地はまさに田舎だ。前に信号を見たのは十分前だし、目につく家は古き良き日本家屋。今まさに通り過ぎるホームセンターは駐車場に肥料が積まれている。そしてオーディオから流すのはサウンドトラック、『菊次郎の夏』。
いつからか、彼女は自分の休日の過ごし方を人に話さなくなっていた。
いいねそういうの!
えぇ〜、寂しくないの!?
アンタ男じゃないんだからさ!
誰かと遊べばいいのに!男作りなよ!
そんな言葉も、今は窓から流れ込む風が連れ去ってくれる。
「……アタシは楽しいのっ!!」
本心だ。心から彼女は今を楽しんでいる。
自然に囲まれた土地で窓を開けて走れば、蝉時雨と生ぬるい夏風。日本の夏を代表する名曲が流れている。何ひとつ彼女の憩いを阻むものはない。心から彼女は充実している。
……なのに何故。そう感じる瞬間がある。
この充実感の為に支払っている対価は、やっぱり恋愛なのかな。
「……そうなんだろうなぁ」
だからといって、意識して、無理して恋愛を始める理由もないんだから、アタシはまだこのままでいい。母さんも言ってた。孤独な女を、本物の男は見過ごさないものよって。
うん、だからいい。飽きたら止めればいいだけの話。そうでしょ?
だから今は、この空気を感じていたい。
この風景を眺めていたい。この音達を聴いていたい。このメロディを聴いていたい。この風に吹き付けられていたい。
――風に煽られる黒い髪の毛は、制服の頃のまま。
作品データ
コメント数 : 3
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作成日時 2020-07-23
コメント日時 2020-07-27
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2024/12/22 02時11分08秒現在
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みやびさん、こんにちは。 ひとりの時間を楽しみたい女性。 世間様の意見を気にしつつ、イマイチ楽しめきれていない様子が ほんとうにこういう女性いそうだな、という感じがして好感を持てました。 >……なのに何故。そう感じる瞬間がある。 たぶん、作中の女性みたいな方って多いんじゃないかなと思います。 どうして一人が好きなのか、 どうして恋人がいないのか、 どうして今楽しめていないのか、 そこをもう少し聞いてみたい気持ちになりました。 僕は中学生のときにいじめに遭って、 それから女性に話しかけることがとても怖くなった経験があるんですよね。 もちろん僕も一人でいることは好きだけど、 それと同時に、一人でいることを選択せざるをえなくなったような過去が あったということも事実で。 最近はいじめられて自信をなくした自分というものを忘れつつあったので 思い出す良い機会になりました。 ありがとうございます。
1疾走感があって、とてもいい作品でした。小説の終わりあたりに書かれていたら、おおと思ってしまいそうな一節でした。これで完成なのだとは思いますが、ぜひ長い文章にして完成してもらいたいと、一読者として思った感じです。
1小説の様ですね。書かれている心象風景はとても好ましいものでした。しかし、やはり何かが足りないなあと思うのは書かれている通り恋愛なのでしょうか。それ以外の帰結を見てみたいとも思います。
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