十九を迎えると、男も女も揃って髪を染めた。
進学した子らも就職した子らも、久しぶりに顔を合わせた連中ほとんどは、各々に染め上げた茶髪をまるで垢抜けた証拠のように自慢していた。黒い髪の毛はその場を茶髪たちに譲り一歩退いている。そんな風にこの眼には映っていた記憶がある。
記憶……。そう、記憶の中の黒髪で一番強く残るのは、蝉時雨が止んでいるあの夏の瞬間だ。
抉れたアスファルトに溜まった雨水。折りたたみ傘をしまう女性。とても暗い曇り空。そんなすべてを憶えている。
気がつけば音も無いほどに弱まっていた雨足。お互いにそれぞれの傘を閉じて午後の帰り道を歩いていた。何を話していたんだろう。どんな雰囲気だったんだろう。そんなことは忘れてしまったのに、景色ばかりはまだ残っている……。
そう、忘れもしない。
何の前触れもなく突然差し込んだ陽射しで、急激に夏の熱を含んだ湿気に襲われ、眩しさと不快さで思わず目を細めた。
声をかけながらだったか、無言だったか、とにかく隣を歩く彼女に目を向けていた。
校内では常に括っているそれは背中までだらんと伸び、そしてわずかばかりの水気を含んだまま陽射しを照り返す黒い髪。
――まさに濡れ烏であった。
あのとき彼女はどんな表情をしていたのか。きれいさっぱり抜け落ちている。それでも、あの妖しく照る彼女の髪の毛は、今でもはっきりと思い出せる。
雲は間もなくまた太陽を隠し、白昼夢のような瞬間ばかりが海馬に焼き付いた。それだけだ。それ以外のなにものも思い出せやしない。どうして二人で帰っていたのかも、その後どうやって別れたのかも、何もかもが分からない。
……今になって考える。
あの瞬間は、この人生の中で唯一の、純粋な妖麗なんじゃないかと。
作品データ
コメント数 : 12
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作成日時 2020-07-10
コメント日時 2020-07-15
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前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
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技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
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エンタメ | 0 | 0 |
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総合 | 2 | 2 |
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2024/12/22 01時43分36秒現在
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詩というよりは小説の一節を読んだような印象を受けました。 恐らく最後の一文のためにこれは書かれたのではないのかなと思います。 率直に申し上げて好きです。
0どうも、コメント頂きましてありがとうございます。これほど短いものは「掌編」と呼ばれる類の小説になるらしいですね。 今後も、詩よりも掌編を投稿することが多くなると思います(笑)
1すでにコメントされている事ですが、僕も詩というより小説の一節のような感慨を受けながら読ませていただきました。 最初の一節の環境の変化と共に変わっていく友人たちに対する批判的な、でいて世間的に見れば、おそらく別に普通のことである友人たちの行いに対するまなざしを、友人たちを批判せずに批判したというところに非常にうならされた作品でした。 しかも、最初の一節以降の情景はともすればあまりにも純情になりかねない主題だと思うのですが、ちゃんと影があり、ただの澄み切った青春の一風景ではないというのが、なんともすごいとしか言いようのないところです。 いつか、長い小説の一節か何かで使ってほしいなどと、一読者として思ってしまった作品でした。
0どうもこんちには。 「実直な意思」という嬉しい表現にこちらもジーン…と胸打たれております…。ありがとうございました。
0こんにちは、コメントありがとうございます。 相手にどうやって伝わってしまうだろう?そんな風に考えながらいつも頭を悩ませながら書いてます(笑) ですので、考え込まれた感想を頂けると本当に報われた気分です。大切に読み込んで今後の参考にさせて頂きます。 ありがとうございました。
0ぐっと掴まれました……。
0日本人だからこそ、高校を卒業した瞬間、みんなの髪色が変わる事への寂しさや、黒髪に対する思い入れが強くなりますよね。当時の自分の思いと重なる部分や、読んでいると自然と風景が浮かび上がってくる所に胸が熱くなりました。素敵だと思います。
0過去の一瞬の情景が、とても強く心に焼きつくように また今この瞬間も、同時に過去を包み込んでいる、 その一瞬をシャッターで、切りとるような美しさを感じました。
0ぐっと掴みこんでやりました……。 グッド・ラック!
0コメントありがとうございます。 情景描写は普段から1番気にしています。 どう見えたかは分かりませんが、自然と浮かんだというだけで嬉しい限りです。
0シャッターという例えはまさに核心を突いて頂けた感覚です。 ryinxさんの感想もまた美しいと思える文章ですね。 ありがとうございます。
0たった4日間で6つも感想を頂けるとは思っていませんでした。 久しぶりのネット投稿一発目を思いのほか楽しむことでき嬉しく思います。ありがとうございました。
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