(1)鳥
ぼろの背嚢。百万の羽根は吐きだされた汚水と臭気の暗い総量のために重いので、ぶらさがる黒い臓腑のようだ。鳥、老いたひとの顔もつ鳥よ。祝祭のために用意された、われらの日々の供物。青銅製の釜が大口を開けて待っている。やがて磨かれた鎌の刃があなたを吊すロープを切断するだろう。あなたの最期の叫びの赤が夜と星々を呼ぶ時、われらは新しい一日を得る。
夕暮れの鳥よ、鍵かけるように瞼を閉じよ。朝にはまた幼な児の姿として迎えられるだろう。
(2)影
すれ違うもの。狐色のコート、白いセーター、縞のマフラー、眼鏡、また眼鏡、眉間の皺、薄桃色の頬、やぶにらみ、怒り肩、空色の爪、そして、袖のしたにぶらさがる鞄には欲望がごっそりしまわれている。行き交う人びとのはじきあう無数の靴音はビル群の上空で不機嫌に調和する。それは一つの巨大な花冠を形成した途端、火花を放ってもうもうと燃えあがり黒焦げに焦げ、椿のように落ちつつ千の灰になり、気づけば喧騒のたえない街路はもぬけの殻の地下倉庫。埃くさい空気の深い沈黙の奥から靄のような影が覗いている。
(3)牛
静寂を教えるのはどこからとも知れぬ鳥の囀り、虫の羽根、草葉のふるえ、走り去るバス。ささやかな波立ちがとどいてようやく、静けさが今し方破られたことに気づく。その時、遠い場所で止まっていた時計までもが動きだす。透明な蔓のように大気に伸びて混ざり合うあらゆるものの呼吸の底で惑星は回っている。色彩、明暗もまた音であることはそれらが度合いによって示されること、さらに変化への絶えざる運動を含むことによって証される。夜明け近く西に見えた星は消えた。青い暗がりの屋根屋根を眼下に斑の牛は、ゆっくりと草を踏み明るい野へと向かいはじめる。
(4)走る
陽の下では日々獰猛な顎が冷たい牙を鳴らす。伝令は風を孕んだ帆船のように走る。岐路にうなだれて立つ者よ。荒れた土地が均され、石と鉄の建築が地表を覆い、岸と岸とを橋が、町と町とを道がむすんでなお、ひとは人知れぬ谷に堕ちてしまうのか。世界は頑丈な渦巻きによってつくられたすり鉢の底だろうか。出口のない迷路、おお、それはきりのない螺旋階段だ。亡者の面影を宿した藻のように首根っこに絡みつく嘆きの歌。それは恋にも似た昂揚へと突き動かす巧妙な罠である。だがきみを縛りつける帆柱はどこだ。「しばし待て。」 蛇の首を斬り落としながら伝令は走る。すでに二千年紀を超えているので血を塗りたくった悪魔のように見える。「話がちがうじゃないか!」ところがどっこい、彼の名には地獄もあればメスもあるのだ。
詩「ある転生のための」
燃え上がる火のなかへ
一羽 また一羽と
飛びこむ鳥の群れ
陽の下の青銅の 歯の行列
百万の羽根が散る
夜と星々を呼ぶ
祝祭のための供物
夕べの祭壇に 斑の牛の
首はある
(それは一つの巨大な花冠によく似ている)
ほどなく墜ちる椿よ
ぼくたち、 新しい一日を得る
それから多くの一日を失う
かつて
荒れ果てた土地が均され
石と鉄の建築が地表を覆った
岸と岸とを橋が
町と町とを道がむすんだ
それから
無数の靴音と鞄を膨らませた欲望が
不機嫌に調和する雑踏をつくった
獰猛な渦巻きに囲まれた
すり鉢の底
(コレジャア、マルデ、モヌケノ殻ノ地下倉庫ダ。)
どこからとも知れぬ叫びに静けさは
今し方破られた
日暮れ 遠い町の塔のあたり
止まっていた時計が動きだす
透明な蔓のように
混ざり合うものらの呼吸の底で
惑星は回転を取り戻し 冬野に
熊を追う犬の声があがる
ああ、ぼくたち、
ぼくたち、新しい一日を得た
それから多くの一日を失った!
作品データ
コメント数 : 3
P V 数 : 1478.5
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 4
作成日時 2020-05-16
コメント日時 2020-06-01
#縦書き
項目 | 全期間(2024/12/04現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 1 | 1 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 2 |
総合ポイント | 4 | 4 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0.5 | 0.5 |
技巧 | 0.5 | 0.5 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 2 | 2 |
閲覧指数:1478.5
2024/12/04 02時19分44秒現在
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エスキスってスケッチということみたい たしかに反復してるようなイメージがあったのは同じモチーフが何度もでてきているからかな? 詩のためのスケッチというよりは スケッチのための詩のようなかんじ 文体はなんだか古典の悲劇っぽい迫力あり 自然としての山が歌われるように 自然としての街が歌われてるかんじ 力作!!
1こんにちは。コメント、ありがとうございます。長々と書いたものにお付き合いしてくださって嬉しいです。詩の方の漠然としたイメージはあったのだけど、なかなか見えてこなかったので、呼び出すみたいなつもりで書いたのが四つのエスキース部分になっています。それをやっているうちに少しずつ見えてきたのが詩篇になりました。だから、「ほのめかし」に映るのはもっともだと思います。 《古代文明的な供犠と、近代的な都会の光景が、融和しているような世界観》はまさにそうなればと願っていたところなので、嬉しい限りです。ありがとうございます。
0こんにちは。コメント、ありがとうございます。エスキース、そうですね、スケッチとか習作とかいうやつです。沙一さんへの返信にも書きましたが、漠然としたイメージみたいなのがあったのだけど、どうもしゃんと見えてこなかったので、中心にあるイメージにつながることをそれぞれに散文として書き散らしたものです。なので、同一イメージの反復というのは見えやすいですね。見直してみると、五年前に書いたもので、それぞれ一篇を一日ずつブログにアップしていました。そういう仕方で呼び出すみたいなことは少ないし、五年前というほど時間の経過を感じていなかったので、それなりに力を注いでいたのかもしれません。ありがとうございます。
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