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小僧どもよ
小僧どもよ 不細工なのも 造りがいいのも みな等しく切なげな 木漏れ日の餓鬼どもよ お前たちの瞳は木陰のどんぐりの色をしているぞ 小僧どもよ どうかお前たちのたんぽぽの薄い唇を ちちははと おんなじ小僧の友達のほかに 決して明かさないでいておくれ 女色の汚らわしいことを 知りすらせずに 声変わりの哀しいことを 知りすらせずに 蕾を凍らせてしまうように 自涜の罪悪を背負わぬうちに 七月のスクリーンの中で 何かを待ち続けていればいい 小僧どもよ ちび助なのも背えたかのっぽも みな等しく透明な コッド・ネック・ボトルの餓鬼どもよ お前たちの肌は皮を剥いだ若木のなめらかさだ 小僧どもよ どうかお前たちの やさしい骨を包む肉を そのヴァイオリンのつめたい曲線を 年月に歪めないでおくれ 15歳のままならなさに病めることもなく スニーカーの気楽さを恋することもなく ただ空と涼風の恩寵を享受して 自転車のガードレールに寄りかかるように 思い出が痛みにならぬうちに 14歳の傲慢さに高揚して 何かを探し続けていればいい 小僧どもよ ませているのもあまったれなのも みな等しくいたいけなTräumereiの餓鬼どもよ お前たちの髪は冬の海の匂いがするぞ 小僧どもよ どうかお前たちのさざなみのささやかな仕草を 大人たちみたいに草臥れさせないでおくれ 頬を撫ぜるせわしなさに気づくこともなく 袖を噛むさみしさに恥じ入ることもなく 無為であることに大手を振って 寝ぼけて牛乳をこぼしてしまうほどに 00:00をものともせず 何かに焦がれ続けていればいい 小僧どもよ 錆びた反射光に輝く イーハトーブの餓鬼どもよ 俺の忠告をよくよく守っておくれ さもなくば お前たちは小僧ではいられなくなってしまうぞ どうかそれを望まぬように 小僧どもよ ピーターパンやLe Petit Princeの餓鬼どもよ お前たちを扱える標本作家がいれば こんなに麦わら帽のなやましいこともないと言うのに あいにく神すらもが悪趣味で そのうえお前らときたら まるで喜ばしいことかのようにつぎつぎ褪せてゆく みろ 蝶々どもは 飛んで飛んでくたばるぞ 見ろ 桜どもは 惨めになる前に散ってゆくぞ そして画家どもは 永遠の檻を作ろうとしている お前たちがどいつもこいつも永遠ではないから人間は涙ぐましい苦労をしているのだ お前たちだってカリキュラムなど放っておけば幻翅痛になど煩わされずに済むと言うのに 小僧どもよ 名も知れぬ愛しい餓鬼どもよ 一つの音楽のように等しく消えゆく餓鬼どもよ 秋になれば 俺はお前たちを閉じ込めるレンズを探さなくてはならない それが随分な徒労であると知りながら
小僧どもよ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1547.8
お気に入り数: 3
投票数 : 0
ポイント数 : 50
作成日時 2020-05-01
コメント日時 2020-05-14
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 16 | 8 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 8 | 5 |
エンタメ | 2 | 1 |
技巧 | 9 | 7 |
音韻 | 6 | 3 |
構成 | 9 | 5 |
総合ポイント | 50 | 29 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 2.7 | 2.5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1.3 | 0.5 |
エンタメ | 0.3 | 0 |
技巧 | 1.5 | 1 |
音韻 | 1 | 0.5 |
構成 | 1.5 | 0.5 |
総合 | 8.3 | 6 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
荒っぽい呼びかけの中に、繊細で優しくてきれいな表現がたくさんあって、ボリュームがあるけれど楽しく読ませていただきました。個人的なことなので答えるわけにはいかないと思いますが、学校の先生をされているのかな、秋の運動会や修学旅行のためにカメラのレンズを探すのかななどと、微笑ましく思いながら想像いたしました。読み返したくなる作品です。
0小僧どもよ 餓鬼どもよと 言葉の強い入りですがその後に語られる事は優しい。 自分がなりたかった姿、またはなってしまった姿を浮かべて これからの子ども達に語り掛ける、見守っている感じがしました。 なので少し哀愁と言うものも感じました。
0コメントありがとうございます。楽しんで読んでいただけたなら何よりです。何度の読み返したい詩歌は良いものだと思うので、あなたにとってのそれにこの作品がなり得たのなら、望外の喜びです。「個人的なこと」に関しては、別に言ってもいいんですが、むしろいろいろ想像していただきたいのでやはり言わないことにしておきます。
0優しさというよりも、こどもにこどものままでいて欲しい身勝手なんですけどね。 身勝手で汚く不完全なものとしての私=大人=語り部と繊細でけれど力強く完全なものとしての子どもたちという構図が自分の中にあって、だからこそ、変わらないでいてくれと思ってしまいます。 そういう寂しさや愛惜、を哀愁という形で感じ取っていただけたのなら嬉しいです。
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